11話 勇者候補、もう一人

 ◇



 女性の後を尾けて数十分。北部地区の貴族街に来ていた。ここに冒険者風情が来ては行けないという決まりは無いが、普段あまり近づかない場所らしい。領主様の御屋敷になんて用ないし。


 オジサンたちの話通り、警備隊の姿も見えず、咎められることなく御屋敷に近づいていく。

 御屋敷の姿が見え始めたところで、女性が細い路地に入った。御屋敷とは別方向だ。


 怪しいので追いかける。

 ……と、角を曲がったところで、女性の姿がない。探知にも引っかからない。

 一体どこに………


「……女の後を尾けるにしては、お粗末な尾行ね、坊や」


 いつの間にか背後に回られていた。俺の首には暗器のような小型の刃物が当てられていた。

 俺はゆっくり両手を挙げる。


「……食堂に居た子ね。私に何の用かしら」

「少し聞きたいことがあったんだ。お前が調べていることについて、な」


 観念してゆっくり振り返ると、そこに居たのは、年端もいかない女の子だった。


「………誰だこのちびっ子」


 深い紫の髪に真紅の瞳。

 ステータスも、このちびっ子がさっきの女性、ソルティ・レグスノヴァだと示している。


「ちびっ子違うわよ! 失礼ね!」


 ペチーンと軽い音が辺りに響くのだった。



 ◆



 一方その頃。

 ロスが少女に引っ叩かれるより少し前、アムゼルは南広場の噴水に腰掛けていた。

 イグニスが応援を遣すというので、待ち合わせ場所で待っているのだ。


「あー! お待たせしましたぁ〜!」


 パタパタとかけてくる音の方へ目をやれば、軽装備を身につけたショートヘアの女の子が走ってきたところだった。

 薄くピンクがかったブロンズヘアに、新緑の森のような瞳。背は高くないが、スラッとした体型には不釣り合いに見える武骨な鋼鉄製の胸当て。革グローブをつけた手を振りながら駆けてくる。

 だが、アムゼルの側に来たところで、石畳に足を引っ掛けてずべしゃあと華麗なスライディングを決めてしまった。石畳に頬擦りする羽目に。


「だ、大丈夫?! ごめん、今ポーション持ってなくて」


 アムゼルは慌てて駆け寄るが、治癒も出来ないしポーションも持っていない。助けられなくてシュンとしてしまう。ロスがいればなあ。

 女の子は涙目になっていたが、かばっと起き上がると、


「わたし持ってます! いつもの事なので大丈夫です!」


 と言ってポケットからポーションを出して飲み干した。良い飲みっぷり。キュロットのポケットがアイテムボックスになっているようだ。

 ポーションのおかげで、肘と顔についた擦り傷はスゥ、と消えていく。


「ぷは……あはは……いきなりすみませんでした。ギルマスに依頼されて来たんですけど、アムゼルさんでお間違い無いですか?」

「うん。僕がアムゼルだよ。君は……」

「はい! わたしはメルです! Bランク冒険者で、スカウトやってます!」


 スカウトは、罠の探知や探索能力が高く、斥候や偵察などを得意とする冒険者職業だ。


 アムゼルは悪いとは思ったが、為念でステータスを確認するため、女神に祈る。女神様女神様、この子のステータスを見せてください、と。


 ―――

 メルヴェイユ・フェレス・ヴァルカン

 年齢:15

 ジョブ:冒険者(B) Lv41

 HP2508/2508

 MP3240/3240

 スキル:風59 土45 精霊魔法64 弓60

 探知68 魔力探知65 回避65 諜報60

 罠34 地図作成40 鑑定53

 アイテムボックス15

 称号:≪情報屋≫≪勇者候補≫

 備考:ヴァルカン王国王位継承権第五位・第三王女

 ―――


 本当にBランクなんだ…この年齢で。と言う前に、僕、また見てはいけないステータスを見てしまった気がする。


 アムゼルは笑顔で動揺を隠しつつ、


「すごい、僕より若そうなのにBランクなんだ。改めまして、僕はアムゼル。僕の方がランクも低いし下っ端だから、敬語は使わなくて良いよ」

「え? あ、いえいえ! わたしのこの口調は癖ですので気にしないでください! それに、ランクのことも気にしてませんので。さて、早速行きましょうか!」


 メルは立ち上がって軽く土埃を叩き落とすと、南門を指差す。


 元気が良い子だなあ、とアムゼルもそれに続くのだった。


 南門に併設されている警備隊の詰所に向かう。


「おおよその話は聞きましたけど、アムゼルさんはここへ誰に会いに来たんですか?」


 詰所の前で、メルに話しかけられる。


「まずはガルドさんに会いたいんだ。警備隊の中でも顔利きだから」

「あー、ガルドさんですね。確かに今頃なら詰所に居るはずです。すみませーんガルドさんいませんかー」


 メルはさっさと詰所の中に入っていく。顔馴染みなのか他の警備兵からも挨拶されていた。普通用件も言わずに詰所に冒険者が入り込むなんてことないのだが、彼女は顔パスだった。


「おう、なんだ? メル坊じゃねえか。どうした? 事件か?」


 ガルドが上の階から降りてくる。

 詰所の二階は隊長の執務室があるらしい。ちなみに、ガルドは隊長ではない。


「今日用があるのはわたしじゃなくてこっちです」


 メルは後ろにいたアムゼルをずいっと引っ張る。


「っと……アムゼルです。お忙しいところすみません。なんだかお久しぶりですね、ガルドさん」


 アムゼルはガルドに挨拶した。≪閃光の剣≫だった時によくお世話になっていたのだが、脱退してからはタイミングも合わず、あまり会わなくなっていた。


「アムゼル……なんだ、元気そうじゃねえか。噂は聞いてたんだがよ、姿を見なかったから気になってたんだ」


 ガルドは感慨深そうにアムゼルを眺めて、その肩をバシバシと叩いた。深く聴かないかわりに肩を叩くのは、この人なりの気遣いだった。


「ご心配をおかけしました。それで、今日は少しご協力頂きたいことがありまして……」

「わかった。上に案内する。ここでする話でもないだろ?」


 ガルドはすぐに察してくれた。二階の隊長の執務室の隣に応接室があるようで、そこに通された。


 部屋に入ってから、ガルドは部屋の隅にある魔道具に小粒の魔石を嵌めて起動させた。盗聴防止のための魔道具だ。


「さて。んで? 何があった」

「はい……実は……」


 アムゼルはリーフェとリッチキングに関わるここ数日の経緯を説明した。


「……リーフェちゃん……そうか……見つかったか」


 ガルドは深刻な顔をしていたが、聞き終えると顔を覆ってため息をついた。

 行方不明となった冒険者の遺体が見つかることは極めて稀だ。見つかっただけ良かったのだが、事が事なので手放しには喜べない。


「それで……その日お前が森の奥に行くと話した警備兵がいた、と。誰だ?」

「コルネルという方です」

「コルネルだと?!」


 アムゼルの言葉に、ガルドが腰を浮かせて驚きを示した。


「はい。彼に何かありましたか?」

「あいつは昨日から無断欠勤してやがるんだ。まさかあいつ……」

「コルネルさん? ああ、去年から南門の門番だった方ですね。気さくな性格で、冒険者に限らず出入りされる方と親しげにされていたという。ふむ。確か彼にはご病気のご家族がいらっしゃいましたよね?」


 メルがどこからか出した手帳を眺めながら尋ねる。情報屋というだけあって、この街の警備兵程度なら押さえているのだろうか? あの手帳に一体どれほどの個人情報が詰まっているのだろう…アムゼルは思わず息を呑んだ。


「ああ、さすが情報屋。あいつの嫁さんがな。ちと難しい病で寝たきりでな、この街の神官の治癒魔法じゃ治らねえんだと。エクスポーションは高すぎてすぐに買えねえから、警備兵として人一倍働いてお給金稼いでたんだよ。あいつがそんな裏組織と繋がってるなんて……信じたくねえな……」


 頭を振りながらガルドは呟くように言う。コルネルを信じたいようだった。

 だが、アムゼルは思う。

 そういう、如何にも付け入れられそうな弱点があるのなら尚更怪しい、と。

 我ながら腹黒いな、とアムゼルは心の中で自嘲する。


「お家は確かスラム街のすぐ側ですよね? アムゼルさん、行ってみます?」


 メルが手帳をパタン、と閉じて尋ねてくる。


「うん、行こう」


 アムゼルは雑念を振り払うように頷いて、立ち上がった。


 グレイブの街の南東。スラム街との境目は、旧外壁跡の深い堀だ。

 堀を渡るための橋は壊れかけの板橋一つしかない。

 その堀のすぐ手前の集合住宅に、コルネル宅があった。

 スラム街の隣なので、この辺りもあまり治安が良くない。もう少し内地に入らないと警備兵もいないし、昼間は皆働きに出ているので人出も少ない。


「コルネルさんのお宅は三階ですね」

「よく知ってるね……」

「情報屋ですから!」


 メルが集合住宅の一つにズカズカと上がっていき、三階のドアをドンドンと叩く。


「すみませーんコルネルさんのお宅ですよねー? いらっしゃいますかー?」


 しばらくして、ゆっくりとドアが開かれる。メルはドアが少し開くや否や、腕を差し込み、強引に中に押し入ってしまう。


「「え? ちょっ」」


 出てきた人と一緒にアムゼルも声を上げた。無理もない。その動きはあまりにも迷いがなかった。制止も間に合わず、中に入って次々と扉を開ける。


「あの?! 誰ですか?! やめてください!」


 出てきたのは女性だったらしく、慌てて中に戻りメルを追いかけていく。

 仕方ないのでアムゼルも追いかける。

 だが、アムゼルは気になっていた。コルネルの奥さんは難病で、床に伏せっているはずではなかったのか。この女性は、とても元気そうな上にメルの腕を掴んだりして抵抗している。


「やめてください! なんなんですか?!」


 メルは叫ぶ女性の腕を振り払って寝室に入ると、クローゼットを開けて漁り、何も無いとわかると躊躇なくベッドを横にずらした。


「……逃げられましたね」


 ベッドがあった場所には、下の階へ続く縄梯子が垂れていた。メルがそこから下へ飛び降りる。


 メルの一言を聞いてアムゼルは即座に動いた。

 ナイフを投げようとしていた女性を後ろ手に拘束し、女神様にお祈りする。どうかこの女性のステータスを見せてください、と。


 ―――

 セイラ

 年齢:25

 ジョブ:暗殺者 Lv23

 HP1234/1234

 MP123/123

 スキル:風10 弓25 隠密54

 称号:

 備考:≪アポカリプス≫構成員

 ―――


「≪アポカリプス≫……!」


 アムゼルが声を上げると、その動揺を突いて女性が身体をくねらせて拘束から脱し、続け様に暗器を投げつけてくる。アムゼルは近くの椅子を盾にしてナイフを受け、そのまま脚の部分を向けて突撃する。


「ぐぁっ」


 女性が窓から逃げる前に壁に叩きつけ、椅子の脚に巻き込みながら引き倒す。

 アイテムボックスから縄を取り出して両手を縛り、悪いと思ったが衣服に手を突っ込んで、仕込んでいる暗器を全て外していく。靴にも何か仕込んでそうなので、とりあえずブーツは脱がして投げておいた。


「レディの扱いがなってないわね……!」

「ナイフを投げつけてくる人を丁重に扱える程、肝が座ってないんでね」


 女性が負け惜しみに悪態をつくので、その首筋に手刀を落として気絶させる。万が一にでも抵抗されるリスクを減らすためだ。


「よっ……わぁ、さすがですね。手際が良いです」


 メルが縄を使って上に戻ってきた。

 アムゼルによって気絶させられている女性を見ながら、メルが感想を述べる。


「下は?」

「もぬけの殻でした。近くに住んでる人にお金渡して聞いてみましたけど、随分前から数人の人が出入りしていたらしいですね。コルネルさんもそうですが、奥さんはどこへ行ったんでしょう?」

「この人は≪アポカリプス≫の構成員だったよ。連れて行かれたのかも」

「なるほど……わたしには彼女のステータスが普通の冒険者にしか見えません。ステータスが改竄できるという話は本当のようですね。出入りしていた人たちも≪アポカリプス≫でしょう」


 メルは女性の衣服をさらに調べる。もう武器はないと思っていたが、アムゼルが躊躇って探せないような場所から次々と暗器が出てくる。


「まだあったんだ……」

「装備がアイテムボックスかもしれないので、見える武器だけ外しても本当は意味ないんですよねぇ。魔法も使えるかもですし。普通だったら身ぐるみ剥ぐしかないんですよ。女性ですけど。ただ、今回は警備兵に引き渡せば良いので、起きる前に連れて行きましょうか」


 メルがそのあたりに打ち捨てている暗器を回収する。アムゼルは女性を肩に担いで集合住宅を後にした。


 アムゼルは、メルの迷いの無さに驚いていた。十五歳で、情報屋で、Bランク冒険者……彼女の素性や称号が嘘のようだ。一体どんな人生を歩んだらこんなことになるんだろう。それに彼女は自分のステータスを偽っていないのか? あんなステータスを大っぴらにしていたら、「鑑定」持ち全員素っ頓狂な声をあげてしまうだろうに。


「ちなみに、下の階はしばらく使われていないようでした。……この女性、捨て駒かもしれませんね」


 帰りに、メルがそう呟く。

 その呟きを聞きつつも、女性よりもメルの方が気になってしまう。


 この国の第三王女メルヴェイユ・フェレス・ヴァルカン。


 冒険者兼情報屋のメル。


 "アムゼルが改竄を見破れる"ということを、どれほど脅威に感じるのか。


 ロスの件があっただけに、アムゼルは笑顔の下で、警戒心を高めるのだった。

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