9話 そこらの他人よりはずっと
◇
「……以上が、俺たちが遺跡で見た事の全てです」
長話をしたので喉が渇いた。テーブルに置いてもらっていたグラスを掴んで水を飲み干す。
「なんて事だ……この街のすぐ側でそんな事が行われていたなんてな……」
ギルドマスターのイグニスが頭を抱える。聞いていた他の面々も皆表情は暗い。
「≪アポカリプス≫残党の情報については、ギルドはどの程度掴んでいますか?」
「確かに、まだ奴らだと決まったわけではないが、前例があるだけに疑っちまうな……奴らは、まだグレイブのどこかにいる……と情報が上がっている」
「この街は門で人の出入りを厳密に管理していますよね? そんな組織がきたらわかるんじゃないですか?」
と俺。毎度南門で出る時も入る時もギルドカードを提出させられている。
「門で確認するのは、身分証にあるステータスだ。ギルドと違って詳しい数値は見れないが、犯罪者なら変な称号が付いているからな。それを確認している。この街の人間には出入りのために専用のカードを発行している。発行に金がかかるし全員が持っているわけではないが、外に出る必要がある仕事のやつは大体持ってるはずだ。そうした身分証を持ってない人が入る場合は、貴族は街の領主の紹介が必要で、一般人はゲストカードを発行するために魔導具を使ってその場でステータスを表示させる。確かに簡単には外部の人間が入ることはできなくなっているな」
市民は専用の身分証、冒険者や商人はそれぞれのギルドカードが身分証らしい。貴族なんかが出入りするときは、領主の許可証を得ているらしい。ゲストカードなんてものもあるのか。
案外出入りについては厳しく管理されているようだ。
「……ただ、そこに書いてあるステータスが本当に正しいかどうかは、門番の警備兵じゃ判断ができねえ」
「どういうことです?」
とパイル。
俺とアムゼルは心当たりがありすぎるので何も言えない。二人して誤魔化すために水を飲んだ。
「世の中にはステータスを弄れるスキルがあるんだとよ。そんで、それを見破るには「鑑定」よりも上位のスキルじゃねえとダメなんだと。これは他の支部のギルマスから聞いた話だから、口外するなよ」
いつ聞いたんだろう……とは聞けないロスであった。
「できません……ステータスが嘘かもしれないなんて、身分証の信憑性がなくなって混乱を招きますよ……」
パイルの危惧はもっともだ。
俺は誰も見てないと思って、さっき爆発と竜巻を起こして戻ってきたが、ステータスには火属性と風属性を表示させていなかった。
ギルドに戻る前にしれっと追加しておいたが……上級魔法のエクスプロードとサイクロンを起こせるスキル値ではないので、何の魔法だったかは話せない。
―――
ロス
年齢:16
ジョブ:冒険者(F) LV22
HP3750/3750
MP4600/4600
スキル:雷17 氷40 水35 治癒50 聖50
火15 風10
剣術15 アイテムボックス15
称号:
―――
俺は一日、二日でころころステータスが変わる男……。イグニスがステータスを好きな時に確認できるなら、この異常さは確実に気付いているだろう。
それにしても「鑑定」より上位って、「超鑑定」のことか?
そういえば、改竄した後に元のステータスを見ようとした事がなかった気がする。
俺はそっとアムゼルの元のステータスを横目で見た。
―――
アムゼル・ハイルベレイン
年齢:17
ジョブ:冒険者(C) LV35
HP13869/13869
MP13500/13500
スキル:火55 光65 聖55 雷40 闇15
剣術65 盾術65 アイテムボックス15
探知65 魔力探知90
超感覚 女神の加護
称号:≪勇者候補≫≪トラブル吸引体質≫
備考:魔人、≪魔王の側近:魔王十二柱の一人≫
―――
おお、見られるようだ。本当、見ちゃいけないものを見ちゃった感が強いステータスだよなぁ。特に最後の二行。
「……ロス。お前のことを全て話せとは言わねえが。一つ答えろ。……お前なら、弄られてない本当のステータスが見られるか?」
俺は来ると思っていたので驚きはしなかったが、隣でドキリとした奴がいた。
おいこらアムゼル顔に出過ぎだ。いっそわざとらしい。
話せないようにしているが、顔に出すなとは言っていない。ルールの穴を突くようなことをしやがる。
俺がジト目でアムゼルを見ると、アムゼルはしまったと言わんばかりの顔をしていた。が、すぐにニコッと笑顔になった。……あれぇ、やっぱりわざとですかねぇ?
この部屋にはギルドマスターのイグニスと、職員のダスター、≪白馬の双翼≫のパイルと俺たちだけ。≪白馬の双翼≫の他のメンバーは休息ということで席を外していた。
イグニスとダスターはギルドの人間なので冒険者の個人情報は滅多に話さないだろうが、パイルにはなぁ……。
「安心しろ。パイル個人はAランク冒険者だ。他の冒険者の情報を漏らしたりはしねえよ。ましてや俺が直々に聞いてる機密案件の話はな」
俺の心情を察したのか、イグニスが言う。パイルも頷いていた。
「……はぁ。そうですね。俺もアムゼルもステータスの嘘を見破ることはできますね」
「あれ、巻き込まれた」
アムゼルがとぼけた声を上げる。
……やっぱりさっきの反応はわざとだな?
「……お前もだったのか…。いや、良い。見られるなら、お前たちに依頼したい」
「門で張り込みですか?」
「それもお願いしたいが、二人いるならどっちかは街の中にいる残党探しをしてほしい」
「じゃあ僕が門で」
アムゼルがいの一番に手をあげる。
そんなに門がいいのか?
「……俺は街か。わかりました。報酬の交渉は全部アムゼルとしてください。俺たち組むことになってるんで」
「ほぉ? じゃあそうする」
「僕でいいの?」
「どの道リーダーはお前にやってもらおうと思ってたしちょうどいいだろ。頼んだぞ、初仕事」
「わかった。頑張ってふんだくるね」
「良い度胸じゃねえか……」
イグニスの凛々しい眉毛がピクついている。
「それじゃ俺はこれで。街は広そうだし先に見て回りますよ」
「ああ。頼んだぞ」
「ロス、夜に昨日の宿屋で」
「おー」
アムゼルは残って交渉だ。パイルは念のため北門の張り込みを行うらしく一緒に部屋を出る。
「それじゃあ僕もこの辺で」
「ちょっと待ってください」
俺が街を回るのはいいが、問題がある。
「何かな?」
「俺、この街に来たばかりなんです。グレイブの主要な施設とか、簡単に教えてくれませんか?」
「あ、そうだったんだ。こっちに地図があるから、見ながら教えるよ」
パイルは快諾してくれた。
ギルドの掲示板の隣に、グレイブの街の地図があって、宿屋や武器防具屋、道具屋など、さまざまなお店の情報なんかが記載されている。遠くの街からやってくる冒険者もいるので、こう言ったガイドマップを用意しているのだとか。ガイドブックといい、親切で助かる。
「今いるのがここ。街の南門からまっすぐ上がってきたとこにある南広場ね。ここにこのグレイブ支部があるんだ」
街は中央広場を境に南北で雰囲気が全然違うらしい。南が庶民の街、北が貴族の街なのだとか。領主の屋敷も北の中心地にあり、商業施設は中央と南に集中している。それでもやはり、北へ近づくほど貴族向けの商店になるようで、一般人は立ち寄らないのだとか。南東にはスラム街があり、冒険者でもほとんど立ち寄らない無法地帯があると言う。ちなみに、森は街を出て南西だ。東は草原地帯、西と南は森林地帯、北は山岳地帯となっている。
「とまあこんな感じかな? 本当に広いから、一日二日でどうにかなるとは思ってない。急ぎたいけど、無理はしないでね。あと他にも困ったことがあったらまた聞いてよ。北門付近にいるはずだから」
「ありがとうございます。お礼は……」
「これくらいでいらないよ。大変な仕事だけど、一緒に頑張ろうね」
「はい」
パイルと別れてギルドを出る。あからさますぎるが、とりあえずスラム街に行くか……? いや、装備返しちゃったし、まずは買い物だな!
必要物資を揃えるべく、俺は商店街へ足を運ぶのだった。
◆
ロスが出て行った後。
ギルドの会議室に残ったのはイグニスとアムゼルの二人きり。ダスターは仕事に戻った。
「アムゼル、ロスのことはどれくらい知っている?」
報酬交渉も必要なことだが、イグニスにはまず聞いておきたいことがあるようだ。ロスという男をどこまで信用して良いのか。
受付のアリサの話じゃ、一昨日冒険者登録をしたばかりだとか。南門に話を聞きに行かせた情報屋の話じゃ、一昨日警備兵に道端で寝ているところを起こされたとか。そして一昨日より以前に、ロスという人間の、街への入場記録は残っていない。元々の市民か、スラムの出身か。前者であればある程度彼についての情報を得られるはずだが、昨日調査させた限りじゃなんの手掛かりもないらしい。後者であっても同様。スラムにもロスという人間はいない。
ならば彼はどこから来て、どのようにしてこの街に入ったのか。
なぜ冒険者になったのか。
彼のステータスもそうだ。最初に登録したステータスから、今のステータスでは大きく違う。使用できる属性がいくつも増えている。レベルの上がり幅についても、一日で20レベルも上がるなど、リッチキングを倒したということにしなければ説明がつかない。
「……ロスについては、話せません。話すなと言われているので」
「話せないってことはないだろう? うらぎりたくねぇってんならまあわからなくもねぇが。……まさか契約魔法まで使えるのか?」
アムゼルは答えない。代わりに、自分の左腕の袖を少し捲った。そこには、茨のようなアザがある。契約魔法は身体のどこかに証を残す。そのアザがそうだと、告げているようだった。
「わかったよ。質問を変えよう。お前はどこまでロスを信用している?」
アムゼルの気持ちのことなら話せるだろう。アムゼルは微笑んで、
「そこらの他人よりはずっと。それに、ロスは僕の命の恩人なんです」
と答えた。
続けて、リーフェの亡霊を見ていたこと、リーフェがリッチキングの封印を解いたことを隠したくて崖から飛び降りたこと、それをロスが助けたことを話す。
「そう言うわけがあって、僕は記憶がないと、ギルドに虚偽の報告をしました」
長い話だったが、話終えると、アムゼルはそっと息を吐いて頭を下げる。
「すみませんでした」
ギルドに虚偽報告をすることは重罪だ。良くて冒険者資格剥奪、悪くて犯罪奴隷送り。アムゼルはそれをわかっているようで、握り締められた手は僅かに震えていた。
ロスの前では、その震えは隠していたのだろう。ロスはアムゼルと冒険者を続ける気満々の口振りだった。その信頼を裏切りたくないと言った心情だろうか。
「……良い。お前は自分で自分の始末をつけた。リッチキング討伐は、お前の功績も大きかったとロスから聞いている」
「ロスが……?」
「他のギルマスがどうかは知らんが、俺はあまり細かく言うつもりはない。結果を残せば、文句はない。ましてやリッチキング討伐なんてお手柄中のお手柄じゃねえか。それにしても…リーフェか……リッチになっていたとはな」
「そのことなんですが、リッチって、自分の遺体使わないんでしたっけ……」
「いや? リッチは生前の肉体そのままだろ。見た目はもちろんミイラ状態だろうが」
「そうですよね。実は遺跡のあの現場にはリーフェの遺体もあって……でもリーフェは僕がこの手で浄化したはず…それなのに遺体が残っていたことが気になっていて……」
「リーフェの姿を借りた偽物だった可能性があるってことか……? だとして、なんでリーフェなんだ? その姿で引っかかるのなんてお前だけだろう? ……いや、まさか……」
アムゼルが頷く。
「これを話すと自分の首を締める気がするんですが……相手がステータスを操れるなら、ステータスを見るスキルも持っていると思うんですよね。だって見れなきゃ偽れない。もし、ロスや僕のように、改竄前のステータスを見られる者がいたとして、僕のステータスを見たことがあるのなら……僕が狙われる理由はあります」
イグニスはギルドマスターの力でアムゼルのステータスを確認する。
あぁ。そうか。お前もだったのか。
一日二日でありえないステータス変動があったのは。
「今のステータスは偽りか?」
「この数値が嘘だったら、僕が困るじゃないですか。今は本当です。一昨日ここへ戻るまでは、レベルに見合った数字にしていました。リッチキング討伐で死にかけたので……その時にかけてたスキルも解けてしまったみたいです」
異常ともいえるステータス変動。レベルはそこまで上がっていないのに、高すぎるHPとMP、特殊なスキルと称号。これはリッチキング討伐だけでは説明がつかない。
≪勇者候補≫は、今世界で三人確認されていて、風の噂でそのうち一人は事故で亡くなったと聞いたことがあった。
その者は隣国の貴族の子だったとか。
アムゼルには家名がある。家名はそれが必要となる商人か貴族でないと持っていない。冒険者は身分を問わず誰でもなれる職なので、家名のない平民がほとんどだ。
これは、ロスもステータスを偽っている線は確定だな、とイグニスは眉毛を掻いた。ため息まで出てしまう。
「とはいえ、一昨日お前が森に調査に行く話は、誰かに話したわけじゃないだろう?」
「……門で話した警備兵に、森の奥に行くという話をしました」
「それは、世間話でか?」
「はい……最近よく話す警備兵だったので」
「お前はその警備兵を疑っている、と」
「どこから情報が漏れたかはわかりません。誰かがその人から同じように世間話をして聞き出した可能性もあります。繋がっていなければそれまでですけどね」
「……ふぅ……とりあえず、お前らは規格外だと思っておくことにする。信用度については、アムゼルはずっとこの街で頑張ってきてくれた実績がある。お前のことは信用している」
「え……ありがとうございます」
アムゼルは意外だと言わんばかりの顔をしている。
ロスのことはわからないが、アムゼルが信用しているなら、その目を見込んで保留にしておいてやろう。
「お前の思うように進めてくれ。こちらからも一人応援を出そう。報酬についてだが……」
今は、二人とはこの件を解決したいという目的が一致しているはずだ。
それなら、それでいい。
将来的に大きな問題になりそうな件を先送りしながら、イグニスはアムゼルと報酬の話を進めるのだった。
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