8話 まだまだだなアムゼルよ

 ◇



 見事に道に迷ったが、分かれ道の先でちょうど行き止まりとなり、そこがちょっとした部屋のようになっていたので休憩することにした。

 部屋は、テーブルや本棚があるが、黒石以外は経年劣化しており、今にも崩れそうな程風化が進んでいた。


「遺跡にだけ時間停止かなにかの魔法がかかっているのかもな」

「うん。本はだいぶ年季が入っているけど読めそうだよ。あ……読めないや」


 アムゼルが適当に開いた本をこちらに見せてきた。


「あぁ、古代文字だな。疫病についての論述…医学書だ」

「え? 読めるの?!」

「……読めるなぁ……なんでだろうなぁ?」

「便利な記憶喪失だね」

「全くだ」


 とりあえず貴重な資料かもしれないので、本は全部アイテムボックスである頭陀袋に突っ込んだ。


 少し開いているスペースに、アムゼルが天幕を敷いた。


 俺は離れた場所に昨日拾っておいた枝を組んで焚き火を起こす。


「食糧は売らないでおいたワーラビットとボアの肉しかないからな」

「僕は鍋持ってるよ。あとちょっとだけど野菜もある」


 二人ともアイテムボックスがあるのでこの辺りは楽だ。

 アムゼルから鍋を借りて、鍋をかけられるように枝を組んで、魔法で水を生成する。


 そこに適当に切った野菜と肉を突っ込み、岩塩を削って…。


「これも入れよう」


 アムゼルが持ってきていた香草の類と調味料で味を整える。


「完璧じゃないか?」

「パンとか買っておけばよかったね。僕のアイテムボックス、容量が少ないから食糧をそこまで入れてないんだ」

「まあ今日は良いさ。もし明日も迷って出られなかったら屋根ぶち抜くから」

「わぁ、強者の余裕」

「お互い様だな」


 食事を済ませた後は軽く睡眠を取る。魔獣の気配も無いし、バリアを張ったので俺はさっさと寝っ転がった。


「お前も気にせず寝とけ。バリアに何か触れれば俺はわかるから」

「良いのかい? じゃあ任せるよ」

「そうしとけー」


 ひらひらと手を振って目を閉じる。

 寝て起きたら…全部思い出していたらどうしよう。

 昨日の夜もそんなことを考えていた。


 魔王としての記憶が戻ったら、俺はどうするんだろう。どれくらい今の人格に影響を及ぼすのか読めないのが少し怖い。どうする? ヒトへの怨みでとんでもないことになって「人間は鏖殺だ!」とか言い出したら。そんなの勇者に討伐される未来しかないじゃないか。


 ちょっとした不安を抱えながら、俺は今日も眠りに落ちるのだった。


 ……まあ、何も思い出さないんだけど。


 少し休んで、体内時計的には朝になった。日が見えないので正確ではないが。

 また適当にスープを作って朝食を済ませて、出発する。


 迷っているので、もう諦めて全部の道を進むことにした。進んだ道には、わかりやすいように俺が「創造」で作った置き石をぽいぽい捨てていく。


「創造があったらパンも作れちゃうんじゃ……」

「そんなパン食べたいか? 味気なくない?」

「確かに」


 そんなに会話も多くないが、たまに軽口を叩きながら進み、部屋に当たれば金目のものを強奪……回収し、少しずつ行ってない道が絞られていく。


「あとはこの道だけだな」


 どれくらい進んでいたか時間の感覚も無くなってきているが、大体二刻ほど経ったところで、道が一本に絞られた。奥に大きな扉が見える。


「いかにもって感じだね。じゃ、開けるよ」

「おー」


 締まりがないなこのパーティ(仮)。

 俺は一応杖を構えて、最悪即バリアを張れるように意識しておく。


 ギイイィィ……

 とふるめかしい木の音と共に扉が開く。

 アムゼルは盾を構え、俺はその後ろからちょっと顔を出して中を見れば……だだっ広い空間に繋がっていた。


 その空間はほとんど明かりがないので暗い。アムゼルが光源を中に送る。


 そうして見えた景色は。


「………これは…」


 広い空間には、そこら中に檻があり、ヒトが乱雑に縛られている。天井から吊るされている者や、床に立てた柱に括り付けられている者、簡易的な台に横たわっている者など、ざっと見ただけでも数十体の死体があった。奥には死体の山らしきものもある。

 そのどれもが身体のどこかを欠損しており、首が無いもの、腕が無いもの、目が無いもの、腹を開かれて内臓が無いもの、頭が半分無く脳が無いもの……本当に惨たらしい死体が、そこにはあった。


 景色と共に臭いを知覚する。むせ返るような血の臭いと、放置されて腐敗した死体の臭いだ。


「……っ」


 中に入るのも躊躇われるが、入らないことには何もわからない。


「入るよ」


 アムゼルも考えは同じだったようで、声をかけられる。


「……わかった。入ったらもうちょい全体的に明るくしてくれ」

「任せて」


 中に入って、アムゼルが光の玉を五つほど打ち出す。

 それを四方と、中央の天井に飛ばす。


 明るくなって全体像が見えると、よりひどい有様を目にしてしまう。

 顔の残っている遺体の全てが、苦痛の表情を浮かべたままなのだ。痛みに喘ぎ苦しみながら絶命したのだろう。


「一体なんのためにこんな事……ギルドに報告したら、必ず弔おう」

「……うん」


 他に気配がないので、手分けしてみて回ることにした。遺体は子供のものよりは、若者の方が多い気がした。装備を付けたまま縛られていたりするので、彼らが冒険者だったのだろうとわかる。

 遺体に拷問された様子はなく、生きたまま縛られて身体を切断されたように見える。

 ただ、遺体には違和感がある。


「……なんだ……?」


 床を見ると、それがわかった。


「アムゼル、遺体の出血量が異様に少ない。そっちはどうだ?」


 アムゼルに声をかける。


 反応がない。


「アムゼル?」


 俺は慌ててアムゼルに駆け寄ると、アムゼルは膝をついてある一点を見ていた。


 遺体を乱雑に積み上げられた山があり、そこにいる一体の女性の遺体を見つめていた。


「リーフェ……」


 アムゼルの記憶の中で見た、リーフェという少女のそれだった。

 リーフェと思われる遺体は、両足が根元から切断されていた。


 俺は創造で布を作ってリーフェにかける。布は黒色しか作れないので真っ黒だが、無いよりはマシだろう。


「……こんなことをしている何者かがいるな」


 俺がそう呟くと、近くで闘気のような殺気が湧いた。アムゼルだ。


「絶対見つけよう。ひとまずここを出るぞ。この遺跡には人の気配がない。ここのことも報告しなきゃ、この人たちを弔うこともできない」


 アムゼルの肩に手を置いて諫める。アムゼルは、手で顔を覆って、少しの間があってから顔を上げた。


「……わかったよ。でも、リーフェを置いて行きたくない……」

「もちろん連れていくよ。収納しておこう」


 少女をきちんと布で包んで、少女がいる位置に黒い魔法陣を出現させる。亜空間収納だ。ズブズブと沈むように収納されると、アムゼルも少し安心したように息を吐いた。


「帰りはめんどくさいから無理やり帰るぞ」


 俺はアムゼルの腕を引っ掴む。


「え?」


 二人の周りにバリアを張り、足元に赤色の魔法陣を出現させる。


「『エクスプロード』!」


 爆音が鳴り響いた。天井に大きめの穴が開く。瓦礫が降り注いでくるが、バリアがあるので当たることはない。一応、遺体にも当たらない場所を選んだ。


 続いて緑の魔法陣を出現させ、魔法を唱える。


「『サイクロン』!」


 ゴォ!!とこれまた凄まじい音と、爆風の渦を湧き起こして、球体のバリアごと上空に吹き飛ばす。


「ぅわあああああああ?!?!」


 バリアと言っても、揺れるし重力は受けるので、バリアに乗ったまま高速でぐるぐる回転しまくった。(さながら遊園地のコーヒーカップ(透明版)である。)


「あはははは!! やべーこれ楽しー!」

「と、めっ、あ、ダメだこれ酔ってきた」


 崖の上に着弾したときには、アムゼルは目を回して気絶していた。


「フッ、まだまだだなアムゼルよ」


 アムゼルを地面に打ち捨てて、高笑いをする俺。


「……………」


「……………? ん? なんでこんなにいっぱい人が?」


 その様子を、武器を構えた冒険者集団が唖然とした表情で見ていたのだった。



 ◇



「あー……それで、みんなが来たところで下から爆音が聞こえたってことで、戦闘態勢取ってたんですね」


 パイルとデフェルが中心になって、ギルドから追加の調査隊が派遣されてきたことと、俺たちが行方不明になったことで一時騒然としていたことを知らされる。


「大ッ変! お騒がせしました!!」

「……すみませんでした」


 アムゼルも目が覚めたので、一緒に謝罪ポーズ。土下座だ。


「いいわ。生きてて良かったわよ」

「ははは。デイジーなんて足跡見た途端顔真っ青にして悲鳴あげちゃったんだから。本当、無事で良かった」


 デフェルとパイルが言う。デイジーはパイルの暴露に顔を赤くしながらも、


「やーめーてー! ……でも、本当に肝が冷えたんだから……! 一緒に行動してるときに勝手にいなくなるのはやめてよね!」


 と心配してたと話してくれる。


「お二方が無事で本当に良かったです。奈落の底から帰ってきた冒険者はいないと言われていましたし、もうダメかと思いました」


 とジャスミン。


「ところでロス、アムゼル。貴方達…奈落の底を見てきたのよね?」


 デフェルの言葉に、アムゼルが俯く。

 俺は頷いて、遺跡のことを全て話した。


「……遺跡で一体何が行われていたというの……?」


 話し終えたあと、デフェルは気分が悪そうに口元を押さえている。サブレが寄り添って慰めていた。


「グレイブでそんな数の行方不明者が出ているなんて聞いてないから、他の街からも集められているのかも」


 と深刻な表情を浮かべるパイル。背後でジャスミンが具合悪そうにしているので、デイジーが介抱している。


「若い冒険者の遺体も多かったから、探索中に未帰還者になった冒険者のうち何人かは当てはまると思います」


 とアムゼル。リーフェの件で落ち込んでいるかと思ったが、ちゃんと切り替えられているらしい。


「俺が気になったのは、身体の切断も同じ場所で行われたように見えるのに、血痕が異様に少ないことでしたね。人間を食べたり、生き血を啜ったりする魔獣に心当たりはありますか?」


 ちなみに俺は魔獣についての知識をほとんど持っていない。"知らない"と言っても良い。メジャーな魔獣は冒険者ガイドブックに載っているので、それで知った程度だ。当然あの本にリッチキングなんてレアケースは載っていない。


「人を食べる魔獣は珍しくないからね……B級以上ならゴロゴロいるよ。ただ、そういうのは一部だけわざわざ切って食べるなんて、そんな無駄なことしないはずだよ……もしかしたら、相当知能の高い魔獣か、あるいは……」


「人ね」


 パイルの言葉に、デフェルが続く。

 俺もこんな事ができるのは人だろうと思っていた。


「そういやアムゼル、街の裏組織とかいう奴がこの辺りをうろついてるって噂あったんだよな?」

「うん。痕跡らしい痕跡は見つけられてないんだけどね」

「裏組織って……≪アポカリプス≫のこと……?! まだグレイブに残っていたの?!」


 デフェルが驚きの声を上げる。

 俺がきょとんとしていると、パイルが説明してくれた。


 ≪アポカリプス≫とは、グレイブがあるこのヴァルカン王国に関わらず、世界中で暗躍している組織のことで、救済を求めて世界の果てに到達する…が基本理念なのだという。そのために魔王復活や、それに準ずる魔族の擁護なんかを行おうとしているらしく、各地でそれはそれは悪逆非道を働いているらしい。ただ、どんなに当事者を捕まえても、幹部はおろか、その組織を率いている者の名前すら不明なのだとか。

 以前グレイブでも何人も子供を攫って儀式とやらの生贄にしたらしく、ここにいるほとんどの冒険者が≪アポカリプス≫のグレイブ支部基地掃討作戦に参加したらしい。それはもう、さながら戦争だったらしく、死傷者もかなりの数が出たのだとか。グレイブはわりと大きな街なので冒険者も多いが、その内の四分の一は戻らなかったという。

 アムゼルはその作戦に直接参加したわけではないが、別働部隊とたまたまエンカウントしてしまい、捕縛するなどして功績を挙げていたらしい。

 本人は巻き込まれただけだと言っているが、称号≪トラブル吸引体質≫がそんな大きなトラブル放っておくわけがないよな、と苦笑いを浮かべてしまった。


「もしそいつらだとして……基地はもうないんですよね? 切断した部位がどこに行ったのかも気になりますね。他の場所にあるか……?」

「あの遺跡には魔獣も人気もなかったし、必要なものだけ別の場所に運んだとか?」

「あり得るわね。遺跡の調査は後から来てくれた調査隊に任せましょう」


 俺の疑問に、アムゼルとデフェルが答える。


「あ、リッチキングが入ってたクリスタルは回収しちゃいました。あと、その奥がものすごい迷路で、迷ったんで置き石たくさん置いちゃってます」

「伝えておくわ。あっちは迷宮探索に強いスカウトも狩人もいるし、問題ないと思うけど」


 デフェルが下がって、待機していた調査隊に事の次第を告げる。アムゼルが階段の先は遺跡に続いてることを伝えたので、調査隊は階段へ向かって調査を開始した。


「私たちは一度キャンプ地まで戻りましょう。あそこにも少し人を残しているのよ」

「荒廃した森の再生はできそうですか?」

「まだなんとも言えないわね。リッチキングに侵食された森はそう簡単に再生しないと聞いた事があるけど……百年以上も昔の話だから詳しい情報が無いのよ。魔法と薬でなんとかなるなら私の領分なんだけど。そういうわけで、時間がかかるからあの場にはテントじゃなくて小屋を建てる事になりそうよ」


 デフェルは本格的に腰を据えて研究するつもりらしい。調合師ってあんまり聞かないが、デフェル的には魔法薬学の研究家らしい。エルフは長命な上探究心が強い傾向にあるらしく、研究者になる者が多いのだとか。

 しょっちゅう引き篭もって研究に明け暮れてしまうので、パーティとしての功績が上がらずにBランク止まりなのだとか。


 そんな話をしながらキャンプ地に到着する。


 控えていた冒険者たちに、デフェルとパイルが事情を説明して、彼らと≪白馬の双翼≫は一度ギルドに戻って事情説明をするらしい。


「君たちはどうする? できれば一緒に戻って当事者に事情説明してもらいたいところなんだけど」


 俺はアムゼルをチラ見する。リーフェを早く弔いたいかと思ったので。


「戻ろう、ロス。≪アポカリプス≫のことについても、街に戻った方が情報を集めやすいよ」

「お前がそれで良いなら」

「彼女のことは……この件が片付いてからゆっくり送りたいんだ」

「それもそうだな」


 ということで俺たちも戻ることにした。

 ≪妖艶の花嫁≫はこのまま森の調査をしながら、調査隊とギルドとの中継地を担うらしい。フラムとサブレが張り切って宿所を建築していた。二人とも丸太三本くらい平気で持ち上げてしまうほど力持ちだし、手際が良かった。これならそうかからずに拠点が出来上がりそうだ。

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