7話 君を殺せば、本当に世界に平和は訪れるの?

 ◇



 鼻を啜る音が聞こえなくなったので、アムゼルも落ち着いたようだ。


「ところでアムゼルや」


「……なんだい?」


 声音は普通だ。泣き止んだようなので、俺は無言でヒールをかけてやる。ヒールが顔の赤みを消してくれるから。


「お前……俺が"何者"か知ってたな?」


 大峡谷に向かって紐なしバンジージャンプをした時。

 俺は気を失っているアムゼルを引っ掴んで自分たちの周りにバリアを張った。

 そのあとは隕石のように落ちて、遺跡の屋根をぶち抜いて底に落ちた。衝撃でバリアは壊れたが、怪我は大したことなかった。無意識に二人に上位の治癒魔法をかけて、俺も少しの間気を失っていた。

 その時にアムゼルの記憶が流れ込んできて、アムゼルのこれまでを見てしまったのだ。


 魔王の配下とした時に、魂の一部を分けたので、そのせいで見えてしまったのかもしれない。


 アムゼルは俺が魔王だと分かった上でリッチキング討伐に力を貸してくれと言ったのだ。だから二人だけでも行ける! とか思ったのかな……。


「……そうだね。ちなみに、僕の"今"のステータスも知っているよ」

「そうか。説明は必要か? 俺の言い訳にしかならないんだが」

「いや、良いよ。代わりにひとつだけ聞かせて欲しい」

「いくらでも聞けばいいさ」


「それなら……ロス。君を殺せば、本当に世界に平和は訪れるの?」


 こちらを見るアムゼルはとても真剣な表情だった。

 俺は、首を横に振る。


「わからない。確かに俺は魔の国を統べているらしい。だが、魔獣を産み出しているのは俺じゃない。魔王が消えても、魔獣は消えないし、人間が魔の国にたどり着けないことには変わりない。それに」


 俺は立ち上がってクリスタルの残骸を拾いながら、自嘲する。


「魔王って言われても、何も覚えていないんだ。俺の記憶は昨日から。知識はあるけど記憶がない」


「なんだって……?」


 俺は記憶喪失だとアムゼルに話す。アムゼルは驚いていたが、すぐに、


「ひょっとしてステータスの……」


 と言ったので俺の元のステータスを確認する。


 ―――

 ロス・ゼス・アブグランド

 年齢:16(???)

 ジョブ:冒険者(F) LV22

 HP961846/961846

 MP846000/846000

 スキル:闇100 聖99 治癒99 雷80

 氷50 水85 火50 土30

 風60 時空100 重力50

 結界術90 剣術50 槍40 弓60

 射撃90 超鑑定100 完全隠蔽100

 改竄50 創造90

 気配探知80 亜空間収納100

 称号:≪魔王≫

 備考:魔神、≪不滅≫≪*****≫≪*****≫≪魔神族・白狐≫

 ―――


「ステータスにそれらしい記載は無くないか? 読めないところがあるんだが……」

「読めないの? 僕は……多分全部読めてる……」


 今度は俺がびっくりする番だった。


「備考のとこか? なんて書いてある?」

「不滅、消滅の呪い、忘却の呪い、魔神族白狐…だね」


「呪い……だと……?! 『セイクリッドブレス』!」


 俺は即座に自分に解呪をかける。


「効いたか? なんも感じなかったんだが……」


 眩しかっただけで何の変化もないように思える。

 アムゼルも首を振った。


「消えてない、ね……。解呪できないってこと? ロスはステータスが読めるのにそこだけ自分じゃ確認できないってのも気になるね」

「ふむ。……まあ今はいいや」

「良いの?」

「記憶がなくてもそんなに困ってないからなぁ。今は自由に冒険したいだけなんだ」

「そっか。君がそれで良いなら、良いんじゃないかな」

「おう。で、俺のことだけど……」

「分かってるよ。誰にも話さない。契約魔法切れてないから、どのみち話せないけどね?」


 アムゼルは笑いながら左腕のアザを見ていた。

 そういやそんな魔法もかけていたっけ。


「そっちもだけど、俺の配下って扱いだし、しばらくは一緒に行動してもらうつもりなんだが……それでいいか?」

「ははは。良いも何も、僕は君に三回も命を救われてる。もうこうなったら腹を括って、魔王の手先でも何でもやるよ」

「そうかい。じゃ、これからよろしく」


 俺はアムゼルに手を差し出した。目が覚めてから、初めての仲間ってやつだ。


「ああ。よろしくね、ロス」


 握手も交わしたところで、改めて現状を確認しよう。


「クリスタルも回収したし、もうちょっと遺跡調べていくか」

「そうだね」


 遺跡にはいつの間にか光が差し込まなくなっていたので、もしかしたら日が暮れてしまったかもしれない。

 突然どっか行ってしまったから、パイルたちに迷惑かけてしまっただろうな。


 明かりがないのでだいぶ暗い。


「僕に任せて。光よ……『フォトンフラグメント』」


 アムゼルの手のひらに、小さな光の玉が三つほど出現する。


「魔法はどのくらい使える?」

「うーん。強化魔法は知ってる中では大体。攻撃魔法は最近使ってないのと、魔導書も高くて買えなかったから中級魔法が少しまでかな。使える属性は火、光、聖、雷でステータス通りだよ」


 強化魔法は、身体・魔力・防御・攻撃のそれぞれの強化があり、あとは属性付与の魔法と、耐熱・耐冷・耐震・耐雷・耐呪・耐毒などの耐性強化魔法が主な魔法だ。つまりバフだな。


 アムゼルは盾で耐えながら自分にバフを大量にかけまくって戦えるのでかなり便利なんじゃないか?


「魔導書か……俺が知ってる範囲で教えられそうなら教えるとして……ひとまずアムゼルが前衛でいいか?」

「僕も一応盾職だから、その方が良いと思うけど。ロスはこのまま杖持ち? 普段は剣と魔法?」

「んー。二人だとバランス悪いよなぁ。パーティって三人はいるイメージあるわ」

「大体三人以上だね。たまに二人しかいないパーティも見かけるけど、Aランクパーティとか、強い人たちだけだよ」


 理想としちゃ、俺は魔法中心で後衛火力の方がバランスは良い気がする。


「その辺も追々だな。とりあえずはお前が前、俺が後ろな。今は杖借りてるから杖で。普段は剣だな。魔力消費抑えられるし」

「わかった」


 パーティとしての戦略を決めたところで、遺跡を進む。どうも今いるクリスタルの間が最奥だと思っていたが、アムゼル曰くここはほぼ入り口付近らしい。奥に道が続いていたので、さらに進む。


「リッチキングのクリスタルを守り神にして……一体奥で何をやっていたんだか……」

「そういえば、最近街でも色々な噂があるんだよね。ギルドからは、街の裏組織が森の最奥を出入りしているから調査して欲しいって依頼されてたし。……リッチキングの件でうやむやになってたけど。あとは森に少女の亡霊が出て、子供を攫うって話もあって……」


 アムゼルは口籠る。アムゼルの記憶で見た女の子を思い出してるんだろうな、と俺は思った。


「子供を攫うってのがよくわからないな。リッチキングに限らず、リッチって別に子供だけを狙ったりしないだろ?」

「そうでもないよ。生前の恨みによって対象が違うから……でも、"彼女"が子供を攫っていたとは思えなくて……」

「別の何かがいるか……裏組織とかいう奴らと繋がってる可能性もある、か……。この遺跡もやたら綺麗だし、なんらかの魔力が働いてるのかもな」


 俺は通路の壁をぺしぺしと叩いてみる。黒いし、大理石のように磨かれているので、自分の顔が映る。


 通路は一本道かと思ったが、途中何回か分かれ道があり、かなり入り組んだ迷路のようになっていた。


「割と適当に進んできたけどさ。俺……マッピングとかできないんだが」

「えっ、僕もなんだけど」


 俺たちは顔を見合わせる。間抜けな顔だ。多分俺も同じ顔をしている。


「……帰り道、わかるか?」


「………」「………」


 二人で笑顔を浮かべるばかりだった。



 一方。



「大変だ!」


 森の最奥地。テントが数個貼られており、その中心に焚き火を起こして鍋をかき混ぜる女性、デフェルがいた。

 胸元と脚元が大きく開いたイブニングドレス風の衣服に身を包んだ彼女は、パーティ名≪妖艶の花嫁≫をそのまま現しているかのよう。花嫁…かはわからないが。


 そんな彼女の元に、慌てた様子でかけてくるパーティがいた。

 基本的に白コートで統一しているキザなパーティ≪白馬の双翼≫。パイルの顔立ちは爽やかな好青年だ。後ろからついてくる女性二人も、一人は健康的な肉付きと、活発そうな顔立ちをしており、薄茶のサイドテールがチャームポイントのデイジー。薄紫色のゆるふわロングヘアーのジャスミンは、デフェルに負けないくらい豊かな身体付きをしているが、露出はほとんどない。手袋をしている上に、タイツまで履いているので首から上しか出ていない。服装はデフェルと正反対だった。


「どうしたのかしら? そんなに慌てて。あら? あの坊や二人は?」


 最奥地のキャンプに戻ってきたのは≪白馬の双翼≫だけ。あと二人、少年たちが居たはずなのだが。


「そのことなんだ! 二人が突然居なくなってしまって……日が暮れるまで探していたんだけど……」

「大峡谷についてからの様子と足跡は?」


 デフェルは三人に魔法で用意した水を渡す。

 三人は休憩も取らず走り続けていたようで、良い飲みっぷりだった。


「助かるよ。大峡谷についてから、ロスくんはずっと浄化をし続けていたから休んでもらっていたんだ。アムゼルくんはその護衛ってことで側についててもらったんだけど……」


 パイルの横からデイジーが、


「足跡はあったよ。ただ……」

「どうかしたのかしら?」


 デイジーは青ざめた顔で、言う。


「まっすぐ崖に向かっていたんだ……」

「……なんてことなの……」


 これにはデフェルも驚愕を隠せない。


「あと、デイジーが下に続く階段の入り口を見つけたんだ。もしかしたらその階段を下れば、大峡谷の底に着けるかも。でも、もし違うところに繋がっていたら……」

「私たちだけで行くのは危険ね。せめてギルドには知らせないとだわ」


 デフェルは首から下げていた笛を吹く。ガサッと音を立てて、草陰から影が飛び出す。


 突然のことに≪白馬の双翼≫は戦闘態勢を取ってしまう。


「あぁ、驚かせてごめんなさい。これは私の仲間を呼ぶための笛なの。ちょっと今、周囲の森がどこまで侵食されているか確認させていてね……」


 草陰から出てきたのは子供くらいの大きさの少年。耳が獣のそれで、顔つきや体もほとんど獣のそれなので、彼が亜人族だとすぐにわかる。長い耳は兎人族のそれだった。


「デフェルさま。どうしたの? 敵?」


 ≪妖艶の花嫁≫メンバー、サブレがデフェルを見上げる。デフェルはその頭を優しく撫でて


「ちょっとギルドまでお使いに行ってきて欲しいのよ」


 と言う。サブレは嬉しそうに目を細めていた。


 少し遅れて、森の入り口の方向からひょろ長いフルフェイスメイルが現れる。≪妖艶の花嫁≫のメンバー、フラムだ。


 フラムは言葉を発しないが、雰囲気でデフェルを心配している様子が伺える。


「フラムも一緒に行ってきて頂戴」


 デフェルは二人に、大峡谷への入り口かもしれない階段の話と、ロスたちが崖に落ちたかもしれない話をギルドに伝えるように指示する。


「私と≪白馬の双翼≫はここに残って夜を明かすわ。もしかしたら、ここまで戻ってくるかもしれないし。私は研究室を移せないから」

「うん、わかった。行ってくるね!」


 サブレとフラムが頷いて、ギルドへ走っていった。


「それじゃあ私たちは、お夕飯にしましょうか」


 デフェルはさらりと笑って、≪白馬の双翼≫に薬膳鍋を振る舞うのだった。


 それから一刻半ほどで、ギルドに知らせが届く。


 大峡谷への入り口が発見されたこと、冒険者二名が行方不明になったこと。


 夜明けを待って、追加の調査隊が派遣されることになるのだった。

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