6話 ごめんね、ロス
◇
出発が遅くなるとすぐ日が暮れてしまうので、作戦が決まった直後に即出発した。
二パーティ+αが物々しく出て行くので、周りの冒険者達からも注目されていた。
緊張しているのか会話も少なく、しばらく進んで森の最奥地に到着する。
「……これは……酷いね。これがリッチキングの痕跡か」
そう言いながらパイルが荒廃した木々に触れようとすると、
「触れてはダメよ! 枯れた木々には呪いがかかっているの。下手に触ればあなたまで呪いにかかるわよ」
とデフェルが止めた。
「そうなの? すまないね。助かったよ」
「浄化するので少し下がってください」
俺は装備を買う時間がなかったのでギルドから借りた杖を地面に突く。
魔導石が付いた杖は、魔法を増強したり、魔法を発生させやすくする効果がある。
「『ホーリーブレスリング』」
俺は範囲が広い浄化魔法を唱える。アンデットにはあんまり効かないが、とにかく広範囲の汚染された土地を浄化できるのだ。
おかげで、この一度でリッチキング戦の戦地は浄化された。
「へえ、無詠唱か。リッチキングを倒したっていうのは本当なのかもしれないね」
パイルが俺に歩み寄る。
「はは。どうも」
「助かるわ。グレイブには聖魔法使いがほとんどいないのよ。これで調査ができるわね」
デフェルも近寄ってきて話しかけてくる。ついでに後ろの二人にバックを投げて、フラムが受け取る。フラム達はアイテムボックスの鞄から天幕やらポールやらを取り出してテントを設営し始めた。
「デフェルさん達はここで待機ですね。僕たちは奥へ行きましょう」
「わかったわ。戻ってくるまでにテントくらいは作ってあげるから、もし泊まるようならここまで戻ってきなさい」
「ありがとうございます」
パイルはにこやかにそう告げると、パーティメンバーに先へ向かう指示を出した。
「よろしくお願いします」
俺も一応頭を下げておいた。
「ええ。森の浄化は頼んだわよ。期待の新米冒険者さん?」
「はは……過大評価は困りますが…頑張ります」
≪妖艶の花嫁≫を残してさらに奥へ向かう。人が足を踏み入れない場所なので、俺が目視できる範囲を浄化したあと、パイル達が先行して足場を踏み固めてくれた。
おかげですごく歩きやすい。
アムゼルは、街を出てからずっと静かだ。いつもの笑顔すら浮かべていない。白い顔……リッチキングの時に受けた痛みを、身体が覚えているとか?
「アムゼル、平気か?」
ちょっと声をかけてみる。
「……大丈夫だよ。殿は任せて」
そんな今にも気絶しそうな顔で言われても…。
アムゼルもギルドから装備を借りた。剣と盾を持っている。鎧も安い奴だが借りられた。
あのボロボロ装備じゃただの重りだから、借りられてよかった。
……あとでお金取られるらしいけど。
一行は草をかき分け、一刻半ほど歩くと、大峡谷の淵に到達する。
「見えたよ。ここが大峡谷だ。やっぱり、この先から来たんだろうね。ここまでずっと荒廃していたし」
大峡谷は……言うなれば奈落だ。暗くて底が見えない。向こう岸も遠すぎて目視できない。ここで世界が断絶しているかのような気さえする。
世界の果て……ここも、その一つだ。
「なんとか下に行けないかな……痕跡はこの下から来ているようなんだけど……」
パイルや≪白馬の双翼≫の他のメンバーが辺りを調べている間、俺は少し休ませてもらうことにした。
そんなに消耗しているわけではないが、表に出してるステータス的にはそろそろMP切れしていないとおかしいからだ。
「………」
アムゼルは、ずっと大峡谷の淵に立って底を見つめている。
「下に行きたいのか?」
声をかけると、アムゼルはゆっくりと振り返って、こちらを見た。
「……アムゼル?」
「――ごめんね、ロス。僕……君との約束を破る」
「は? お前、記憶が戻って……」
俺が立ち上がりかけた時、アムゼルは一歩、後ろへ下がろうとする。アムゼルは崖の淵に立っている。一歩後ろなんて、奈落以外にない。
「ッ! 待て! やめろアムゼル!!」
「ごめんね。さよなら」
「アムゼル!!!」
落ちて行く時、アムゼルは、これ以上にないほど、スッキリした笑顔だった。
「――あの馬鹿!」
俺は勢いよく駆けて、大峡谷にダイブした。
◆
アムゼル・ハイルベレインは、女神の加護を受けている。
その女神の加護で、彼は、彼のこれまでの人生の全てを覚えていた。
記憶喪失というのは、彼の嘘だ。
嘘をついたのは、リッチキングの封印が解かれた原因を、彼は知っていたから――
もう誰にも、"彼女"を穢されたくなかったから――
アムゼルは、今ロスたちが居るヴァルカン王国の隣に位置する、グレイトクラティア王国という国の、ハイルベレイン侯爵家に庶子として生を受ける。
容姿端麗、武の覚え目出度く、使用人や他の者たちには慕われていたが、家族からは疎まれていた。特に直系の長男に。
理由はステータスに記載されている称号≪勇者候補≫、並びにスキル欄にある「女神の加護」だ。
貴族でも名高い者となれば、王宮の鑑定士に我が子のステータスは必ず確認させる。
アムゼルも生まれてすぐに鑑定を受け、このステータスが判明していた。
そんなわけで長男から疎まれて、地味な嫌がらせを受けていたアムゼル。それでも母親が生きていた頃は、長男も表立って手を出しては来なかった。そんな平穏も束の間。母親が馬車で移動中に賊に襲われて亡くなった。貴族の間では悲劇の侯爵第二夫人として語られるほどで、アジトに連れていかれた後慰み者にされてから虐殺されたとも言われている。
後ろ盾がなくなったアムゼル。味方だった使用人達も次々入れ替えられてしまい、一人になる。
長男は堂々と暴力を振るうようになり、鍛錬と称して丸腰のアムゼルに真剣で攻撃し続けたこともある。
魔法の的にもされていたとか。
新しくきた使用人も、皆長男の息のかかった者。少しずつ効いていく毒を盛られたり、わざと熱湯の入ったポットを倒されたりしたという。
アムゼルの人間不信はこの時大成した。齢十歳だった。
その後人目を忍んで剣の鍛錬をし、十二歳の頃に隣国へ出奔。その際、女神の加護を使って、ステータスを改竄する。高すぎるHP、MPを改竄し、女神の加護や超感覚のスキル、そして称号≪勇者候補≫を隠した。
冒険者になって、たまたま助けた女の子のリーフェとパーティを結成する。それが≪閃光の剣≫の始まりで、活動するうちに、男女四人の追加メンバーが増えた。
その頃からパーティの雰囲気が悪くなる。原因は後から入ってきた男、ストイブが、リーフェに気があったせいだ。アムゼルのいないところで、手出し口出し積極的だったらしく、リーフェは怯えるし、メンバーのグレイヒという女の子や、他の男子達もストイブのやり方に辟易していたためだ。
何年か経って、リーフェがあまりにも自分に靡かないことに限界を迎えたストイブは、魔獣の多い山岳地帯で、リーフェに強硬手段を取ったのだ。
叫び声を聞き、アムゼル達が駆けつける。だが着いた時には既に酷い有り様で、リーフェは大きなショックを受けて言葉も話せない状態になっていた。アムゼルは激昂し、怒りに身を任せてその場でストイブの首を落とそうとしたが、その前に魔獣に囲まれ、ストイブは運悪く魔獣に喰われて亡くなった。
その後すぐに、リーフェが行方不明になった。森の奥に入って行った目撃情報もあり、魔獣に喰われたのでは、と噂された。
こんな状態でパーティが保つわけがない。アムゼルはグレイヒと話し合って、パーティを解散することにした。グレイヒは他のメンバーを連れてウェルダネスへ。
アムゼルは残ってグレイブの冒険者を続けた。リーフェを探すためでもあった。
アムゼルは、助けたいものを助けられなかった己の無力さに打ちひしがれ、それまで以上にがむしゃらに魔獣に挑むようになっていた。元々痛みには強い。屋敷にいた五、六年の歳月と、冒険者として過ごした数年で、アムゼルは痛みによる恐怖を感じなくなっていた。
あるのは、ただただ怒りだけだ。
それも全て、笑顔で隠した。
隠すことが当たり前になっていたから。
パーティは組まないし、いつもボロボロになって帰ってくるので、アリサさんは心配していたのだとか。
この頃からアムゼルは様々なトラブルに見舞われるようになった。
街を歩いていたら痴話喧嘩に巻き込まれるなんて可愛い方で、初心者パーティが無理な冒険をして連れてきてしまった高ランクの魔獣を押し付けられることもあれば、街の裏組織とのドンパチに巻き込まれたりもした。
皆いつしか彼をこう呼ぶようになる。≪トラブル吸引体質≫、と。
そうして数年。
彼はとある依頼を受ける。
以前巻き込まれた裏組織が、森の奥地で不審な動きをしているため、調査をしてほしい、と。
アムゼルは二つ返事で受け、調査に出る。
その当時、街ではこんな噂も流れていた。「南の森の奥地には行かない方がいい、少女の亡霊が子供達を攫って喰ってしまうから」と。
アムゼルは、その少女の亡霊という言葉に期待を抱かざるを得なかった。
森の奥地よりもさらに奥。人が滅多に足を踏み入れない場所。
彼は亡霊を見る。
かつて仲間だった少女の亡霊。
少女は森の奥に隠された洞窟の中に足を踏み入れる。アムゼルも、当然追いかけた。
長い長い下り階段。人工物とわかる磨かれた黒い石材でできた階段を、ひたすらに降る。
たどり着いた先に、大きな遺跡があった。森の奥地のさらに奥、大峡谷の底に、その遺跡はあった。艶のある黒い石材で彫刻された豪華な遺跡だった。こんな場所にあって、経年劣化していないのか、真新しさすら感じられる。
底冷えするような、何人も近づけさせないような濃厚な死の匂いを感じるも、アムゼルは少女を追って中へ入る。
遺跡奥地には、大きなクリスタルがあった。紫色のクリスタル。中に、骸骨のような、黒いボロ切れを纏った何かがいた。
アムゼルはリッチキングを知らなかった。何かが封印されているな、という程度の感慨。
少女は、アムゼルに気付いていた。少女は最後に見たあの時の姿のまま。
亡霊だということは、わかっていた。
けれどもアムゼルは、再会できたことが嬉しくて、一歩、また一歩と近づき
少女に手を伸ばす。
少女は薄く微笑んで、アムゼルの頬に手を伸ばし、顔を近づけ、口づけをした。
リッチの魔法。マジックドレイン。
アムゼルは改竄していたMP分まで、全て吸われてしまう。
抵抗は、しなかった。
アムゼルはここで一度気を失う。
最後に目に映ったのは、少女がクリスタルの封印を解く、その瞬間だった。
目が覚めた時には、リッチキングがこちらを見下ろしており、その手に少女の亡霊を握っていた。
少女は破滅を望み、叫び散らしながらリッチキングを讃えていた。
少女は壊れてしまっていた。亡霊になって数年。恨みは日に日に大きく、歪んでいったことだろう。
アムゼルは持ってきていたMPポーションを全て飲み切る。
そして全ての魔力を込めて、自分に聖属性の強化魔法をかける。
アムゼルが攻撃魔法を使えない? 違う。使えないということにしていただけだ。強化魔法は便利だし、魔力量がバレにくいので、それだけは使えることにしていた。
そうしているうちに、攻撃魔法より得意になっただけのこと。
全ての魔力を乗せて、アムゼルはリッチキング……否、少女の亡霊を一閃するのだった。
少女を浄化した後は、HPも残り少ない上にMPの回復手段がない状態。とてもじゃないがリッチキングに敵うはずもない。
リッチキングは道端の石ころで遊ぶように、アムゼルを上空へ弾き飛ばした。
たまたまクッション(ワーラビットの群れの中)に落ちたアムゼルは、隙をついて逃げ出した。
魔法が使える冒険者を探すために。少女が復活させたとはいえ、少女があのような行動に至った原因は、ストイブだけじゃない。守れなかった自分にもあるのだから。
そこで出会った黒髪の少年。それがロスだった。
「女神の加護」は、所持者の願いをたまに叶えてくれる万能のスキルだ。
ステータス改竄も、その一つ。そして、アムゼルはロスのステータス表示を願った。女神は、ロスによる改竄や隠蔽のない、正真正銘の彼のステータスを映してしまった。
≪魔王≫ロス・ゼス・アブグランド。
アムゼルは警戒心を最大限に引き上げる。こんな時に、こんなところで魔王に会うなんて、と。
だがどう見ても貧弱装備だし、話してみると中々気さくだ。
拍子抜けしてしまう気持ちを笑顔で隠して、アムゼルは確信する。
彼なら、アレを倒せるじゃないか。
なんたって≪魔王≫なんだから、と。
◇
「本当に馬鹿だな、お前は」
声が聞こえたのか、アムゼルがぼんやりと目を開ける。
大峡谷の底にある、古代遺跡。
黒い石材は真新しく見える。だが、ここはとても長い間人間が足を踏み入れなかった場所だ。なんでこんなに綺麗なんだろうか。不思議である。
遺跡の屋根に穴が開いている。アムゼルが寝そべっている場所に瓦礫が散らばっていることから、落ちてきた時に屋根を突き破ってしまったのだとわかる。けれど、身体はどこも痛くないようだ。
「お前は最初から願えばよかったんだ。女神様の御加護とやらがあるのなら」
声の主を、アムゼルの視線がとらえる。
土埃で汚れた衣服を身に纏った黒髪金目の少年。
アムゼルの横に腰掛けて、脚をダラリと伸ばして寛いでいる。
「……な、にを……」
アムゼルの声は掠れていた。
「ここまできてもわかんないんだから、お前は本当に馬鹿だよ。バーカバーカ」
子供じみた罵倒だ。アムゼルは起き上がって俺を見た。
「それなら……っ、一体、僕は何を願えばよかったって言うんだ……?! 生まれた時から、羨望と嫉妬に晒されて、母は惨たらしく殺されて、兄からは散々な仕打ちを受けて! 家を出てからだって、結局……やる事なす事ろくな結果にならなかった! 僕は何を願えばよかったんだ……!」
おそらく、初めての慟哭なのだろう。
彼は、自らの境遇を、不幸を、それに直面した感情を、誰かに吐露する機会がなかったのだろう。
当たり前のように力を持ってしまったがために。
誰よりも、その称号≪勇者候補≫に縛られ、力を正しく使おうと、正義を為すために使おうとしたのだろう。
「それだよ。それを願えばよかったじゃないか」
「え……?」
「力を持って生まれたからってさ、自分を蔑ろにする事ないだろ。お前がお前を守ったって良いはずだ。女神の加護ってやつは、文字通りお前を守るって意味なんだから」
アムゼルが唖然とした顔をしている。
そんなに驚くことかなぁ……。
普通は、己が身可愛さに真っ先に自分を守るものじゃないのか? 少なくとも俺はそうだが。
「自分の幸せを願えば良いだろ?」
俺はそう言ってニカッと笑って見せた。
アムゼルはしばし瞬きを繰り返していたが、深く息を吐きながら目を閉じると、ゆっくりと天を仰いだ。
「そうか……僕は……初めから……」
ぶち抜いた屋根から光が差し込んでいる。背後にあるクリスタルの残骸にもぼんやり反射して、綺麗な光の模様を見せていた。
「――ありがとう、ロス」
震える声を絞り出す彼を見ないように、そっと視線を逸らしてあげることにした。
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