5話 純正な取引と言うんだ

「ほう。その荒れた森に、何か落ちてはいなかったか?」


「はい、ここに入っています。アムゼルのものなので、起きたら渡そうと思っていたんです」


 俺は肩にかけていた頭陀袋を出して、中から大量のアンデットの魔石と、リッチキングの魔石をテーブルに山積みにした。


「……これは……! 本当にそこに落ちていたものなんだな?!」


 イグニスが身を乗り出してリッチキングの魔石をみる。他のアンデットの魔石よりずっと大きな魔石だ。紫色の水晶体の中に、ゆらゆらと赤い炎が燃える、幻想的な魔石だ。


「アムゼル。すまないがギルドの職員を呼んできてくれ。換金カウンターに座っているダスターという男だ」

「は、はい!」


 アムゼルがぱたぱたと駆け出していく。

 あれ? なんで俺が残された?


「……ロス」

「……はい」

「確認するが、お前はリッチキングの姿を見ていないんだな?」


 イグニスの鋭い視線が俺を射抜く。引いたら嘘がバレるので、俺も努めて冷静に、それでいて事態がわからず困惑する新米冒険者を演じて……イグニスの威圧に怯えながらうなずいた。


「アムゼルが記憶喪失だというのだが、心当たりはあるか……?」

「えっと……見つけた時には倒れていたので……」


 俺が首を振ると、イグニスは唸りながら呟く。


「記憶喪失はリッチキングの呪い攻撃か……? そんなことは聞いたことがない。奴の呪いはアンデット化のはずだ。そもそも、アムゼルの実力でリッチキングを倒せるか……? アムゼルは、聖魔法を"使えない"と聞いているが……」


 俺は内心ギクリとした。アムゼル、聖魔法使えなかったのか。先にリッチキングと戦っていた時、少なからず聖魔法を使っていたのかと思っていたが、単純に攻撃を受けて削られていた……?

 MPは別の魔法で消費したんだろうか。


 リッチキング戦で見た限り、アムゼルは防御が得意な剣士だと感じた。盾があれば、呪いを受けることすらなかった可能性すらある。……すぎた話ではあるんだけど。


「ロス。アムゼルは、大怪我を負っていた、と話したな。そして診療所に運んだと」

「はい」

「実はお前たちが来る前に、足の早い者に診療所と南門に話を聞きに行かせていたんだ」


 俺は、え? と顔を上げる。

 俺がアリサにアムゼルの話をしてから、診療所とギルドを行き来する間にもう聞き込みを終えていた?

 それをなぜ今俺に言う?


「診療所の医師は、こう言っていた。――アムゼルが運ばれてきた時には怪我は治療されていた、呪いはかかっていなかった、と」


「俺は治癒魔法が使えるので……」

「そういえば治癒魔法は聖属性だなぁ」

「そうですね」

「リッチキングに限らず、アンデットを魔石化する方法は聖魔法以外にない、というのは知っているか?」


 これは……慣れない嘘はつくもんじゃないな。イグニスの瞳は確信を持ってこちらを見ている。

 そうだった。アンデットって聖魔法でしか倒せないじゃん。

 "アムゼルが聖魔法を使えない"という事前情報がなかった俺は、嘘のつき方を間違えてしまったらしい。


「それでも、アムゼルがいなければ、こうしてここに魔石があることはあり得ませんでしたよ」


 決して一人の功績ではない。特に最後はアムゼルの機転がなければ俺も無傷ではなかった。

 俺は、良い笑顔のイグニスと一緒に、にこりと微笑むしかできなかった。


「失礼します。ギルマス、お呼びでしょうか?」


 ちょうど良いタイミングで、換金カウンターに座っていた男性職員が入ってきた。背後に心配そうな顔したアムゼルもいる。


「ああ。この魔石を調べろ。おそらくリッチキングだ。あとこいつらに換金することになるから精算もしておけ」

「な、リッチキングを倒したんですか?!」


 男性職員……ダスターがギョッとしてアムゼルと俺を交互に見る。

 アムゼルはへらへらと笑って「僕は覚えてないんですよー」とか言ってる。


 俺はダスターの方を見ながらも、さっきから俺を射抜いたままの鋭い視線に冷や汗を流し続けていた……ギルドマスター……せめて瞬きして……!


 ダスターはさっさと魔石の山を盆に乗せて運んで行った。アムゼルが俺の隣に座り直す。


「アムゼル」


 イグニスが俺を見たままアムゼルに声をかける。


「はい?」

「お前、ここで聖魔法を使ってみろ」

「聖魔法……ですか? えっと……」


 イグニスがノールックで背後の本棚から本を一冊抜き取ってアムゼルに投げた。アムゼルが開くと、聖魔法の初級魔導書だった。


「お、詠唱も載ってるんですね。……コホン」


 アムゼルが立ち上がって壁に向かって手をかざす。


「聖なる魔素よ、穢れを浄化せよ――『ピュアサークル』」


 シン、と鎮まった。何も起きなかった。


「あれ? 僕、魔法使えないみたいです」


 俺はアムゼルの魔法に違和感を覚えた。アムゼルの体内に循環する魔素は、詠唱に従いきちんと作動していた。ただ、体外に排出されなかったのだ。もしかして、と俺はアムゼルから本を借りてパラパラめくる。


「こっちならできるんじゃないか?」


 俺は目的のページを開いてアムゼルに渡した。


「ん? 強化魔法? やってみるよ!」


 アムゼルなんだか嬉しそうな顔で再び手をかざした。


「この身は穢れを祓う剣。穢れを受けぬ純白の鎧。我に力を……『フォトンメイル』」


 ブィィン、と共鳴音のようなものが鳴って、アムゼルのボロボロの鎧にヴェールのような淡い光が展開された。手に持っていた魔導書も同じように淡く光っている。


 フォトンメイルは強化系聖魔法で、装備に聖属性を付与して呪い耐性を上げる魔法だ。初級なので威力は無いが聖属性攻撃も可能となる。

 今は剣ではなく本を持っていたので本に付与された形だ。


「あ、使えたー! 使えましたよ! ギルドマスター!」


 アムゼルが満面の笑みでイグニスに本を返した。

 効果時間があまりないので光はすぐに消えた。


「聖魔法……使えなくはないようですよ」


 俺はそっとイグニスに言ってみたが、ギロリと睨まれた。ひぃ、怖い!


「元々攻撃魔法は苦手だと聞いている。確かにさっきのような強化系で戦うことは可能だっただろうが、俺はすでに確信している」


 リッチキングを倒したのは、お前だろう? と言わんばかりの視線だ。


「……根拠は、なんでしょう」

「フッ。簡単な話だ。ギルドマスターは確認しようと思えば、冒険者のステータスを見ることができる」


 そんなことができるのか!!


 イグニスは続けて、俺が今日登録されたレベル1の冒険者であったこと、帰ってきた今、たった一日でレベル20まで上がっていることを指摘。アムゼルも多少上がっているし、俺に治癒魔法の素質があるということで、二人で倒したのだと結論付けたらしい。この会話中に。


 ということは、最初から隠しても無駄だったのでは……。むしろ隠そうとしたので心象最悪じゃないか……。

 俺はガックリと肩を落として、観念したように、


「それで、俺たちが倒したと知って、ギルドマスターは如何されるんですか……?」


 俺のステータス詐欺の糾弾か……スキル全開示の要求か……とイグニスを見る。


 イグニスは、少しの間があって、俺たちに向かって頭を下げた。


「……え?」


「リッチキングを倒してくれて、ギルドを、いやこの街を代表して感謝する」


 イグニスの口から出たのは……感謝だった。



 ◇



 翌朝。俺とアムゼルは再びギルドを訪れていた。

 リッチキングが倒されたことはその夜中に広まり、きちんと倒されたかの確認のため、荒廃した森に調査隊を出すことになった。そこに参加してほしい、とギルドマスターに頼まれたのだ。そしてこの件がきちんと解決されるまで手伝ったら、俺が頑なに話そうとしなかった理由は聞かないでおく、と言われてしまったので、俺は逆らうことができなかったのである。アムゼルは「楽しそうだから僕も行くよ」とのこと。覚えてないからって気楽なもんだ。


 昨日と同じ会議室には、俺たちの他に二つのパーティが来ていた。

 イグニスが入ってきて、先に自己紹介の場となる。


 始めに、白を基調としたコートを身に纏った男性が前に出る。爽やかな笑みに、清潔感のある髪型をした男性だ。


「はじめまして。僕はBランクパーティ≪白馬の双翼≫のリーダー、パイル。剣士だよ。後ろにいるのが、同じメンバーで、魔道士のジャスミンと、スカウトのデイジー。今日はよろしく」


 彼の後ろで、彼と似た基調のコートを着た女性2人が頭を下げる。藤色のゆるふわロングヘアーの方がジャスミン、明るい茶髪のサイドテールの方がデイジーだそうだ。


 次に、隣のやたら胸の開いた服を着た女性が一歩前に出る。


「私達はBランクパーティ≪妖艶の花嫁≫よ。私がリーダーのデフェル。調合師。後ろのひょろっこいのがフラム。槍使い。ちっこいのがサブレ。戦士よ。よろしくね」


 デフェルと名乗った女性は耳が尖っていた。この特徴的姿はエルフのものだ。

 その後ろにいたフラムという背の高い男性は、線は細いがフルフェイスメイルを身につけているので顔が見えない。サブレは、身長は子供くらいで、人懐っこそうな笑みを浮かべてみんなに手を振っている。その耳の形状と、短い尻尾が生えているところから、亜人族なのだろうと察せられた。


「あとはこいつらだな」


 イグニスが俺とアムゼルの肩に手を置いた。俺がちょっとビクッとなったことは内緒だ。背後からの圧がすごいんだよなぁ……。


「こいつらが今回、リッチキングを倒した冒険者だ。金髪がアムゼル。黒髪がロスだ」


 イグニスの言葉に、一同がどよめいて俺たちを見た。

 たった二人で……? という疑問が透けて見えるようだ。


「まあ信じられないのも無理はない。だが確かに魔石はギルドに届けられた。鑑定の結果、きちんと本物のリッチキングのものだということもわかっている。だが、倒したと聞いただけでは終われないのが俺たちだ。そうだろう?」


 イグニスが全員を見渡す。皆、頷いて答える。


「本当に脅威が去ったのか? その確認をせずしてこの街を守る冒険者とは呼べねえよな。じゃ、作戦を軽く説明する。ダスター」


 一同が机に広げられた地図を見る。イグニスがダスターに説明するよう指示を出す。

 ダスターは細長い棒で街の南側の森林地帯を指さした。説明役らしい。


「今回、南側の森の最奥地にリッチキングが出現しました。ロスさんの話によれば、森の荒廃はこの辺りで止まっているようです。リッチキングは足跡こそなくとも、通った場所は必ず荒廃しますので、その足取りは遡れるはずです。皆さんには、この荒廃地の調査と、リッチキングが何処からやってきたのか。その調査を依頼します」


「リッチキングは封印されてたって聞いたわ。こんなに近くに居たなんてね。この街の近くに遺跡なんてあったのかしら?」


 とデフェル。


「さあ。僕もここにいて長いけど、そんな話は聞いたことがないね。ただ、この境界線の向こう側には、行ったことがないけど」


 そう言いながら、パイルが指差すのは、南側の森林地帯の南西部。地図上に点線が引かれており、その先は真っ黒に塗り潰されている。


「この先には何があるんだ?」


 俺はつい気になって聞いてしまった。パイルは気にした風もなく教えてくれる。


「この先は、とっても深い大峡谷があるんだ。向こう岸まで数百キロあると言われているし、大峡谷は底が確認できなくて、誰も近づかない場所なんだよ」


「へえ、ありがとうございます」


 誰も近寄らず、何があるのか誰も知らない……お誂え向きな場所すぎないか。

 俺はふとアムゼルを盗み見た。

 アムゼルの表情は、固い。笑顔は消えて、青を通り越して白い顔をしている。


「アムゼル?」


「! …何かな?」


 気になって小声で声をかけると、アムゼルがハッとなってこちらを見た。もう笑顔になってるし、顔色も戻っている。


「まだ本調子じゃないなら、お前は残ってていいんたぞ」

「いや、僕も行くよ。思い出せるかもだし」

「……そうか」


 アムゼルが平気だと言うので、視線を地図に戻した。

 俺たちが話している間も作戦会議は続き、おおよそ以下に決まった。


 森の荒廃地は浄化が必要なので、浄化しながら痕跡を辿っていく。聖魔法の使い手が俺しかいないので、俺が担当。アムゼルはその際魔獣に襲われないように護衛すること。≪妖艶の花嫁≫は荒廃した森を戻せないか調査するため、森の奥地で待機しつつ調査。≪白馬の双翼≫が俺たちを援護しつつ、リッチキングの足取りの調査を行う。今回の隊長は≪白馬の双翼≫のパイルが担当する、とのこと。

 つまり俺は聖魔法を絶えずぶっ放しながら前進しろ、と。


「俺の役回りデカくないですか……?」


 こっそりイグニスに尋ねればとっても良い笑顔で背中を叩いてくる。


「ハッハッハ!! リッチキングを倒せる聖魔法の使い手だ、浄化は一人で問題なかろう」

「そーゆー意味ではなく」


 ジト目を向けると、イグニスは俺に耳打ちする。


「それに、今回の作戦が成功すれば、お前のランクアップ査定は大いに評価される。一気にD……いやCまで行くかも知れん。そこまでは昇給試験もないしな」

「知ってます? 癒着って言うんですよ」


「純正な取引と言うんだ」


 屁理屈だぁ……。


 俺はガックリと肩を落とした。

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