3話 魔王、戦う

 契約魔法は、そんなに難しいものではない。相手の身体のどこかに刻印を刻むことになるが、その刻印に、求める条件と魔力を込めるだけ。破れば刻印に仕込んだ術が発動し、相手を死に至らしめたり、大怪我を負わせたり……破った際のペナルティも自由に指定できる。術師が自ら解くか、術師が死ぬことで解除できる。


「俺について、他者に話さないこと。破ったらペナルティがあるからな。死ぬ場合もある。くれぐれも注意することだ」


 ペナルティの内容は詳しく伝えない。殺すつもりはないからだ。だが命を奪える魔法だということは伝えておきたい。

 実際はせいぜい刻印がある位置が吹っ飛ぶ程度にし、発動したことが俺に判るように設定する。

 吹っ飛んでも、この世界はポーションや魔法があるので、完全に切り離されなければ簡単に回復できる。


 刻印を刻んでいい場所を聞くと、アムゼルはにこやかに左腕を差し出した。


「かっこいいのでよろしく」

「刺青じゃないからな…」


 俺は心の中で『ギフト』と唱える。

 アムゼルの左腕の肘から手首まで、チリチリと焼きながら茨のような刻印を刻んだ。中心は炎のような模様で、周囲を茨が守るように囲っている。


「……刻印を刻むのって、結構痛いんだね。でも、これでリッチを倒せる!」


 アムゼルは左手の感触を確かめるように手を開いたり閉じたりした後、グッと握り拳を作ってこちらを見た。焼きごてでなぞっているようなものなので、かなりの痛みを伴うはずなのだが。


「全然痛そうじゃないのな……やっぱ怖いわ、お前」


 俺は呆れながらも、気合い十分に森に分け入っていくアムゼルの後を追うのだった。



 森の最奥に到達する頃には、空はオレンジから藍色に染まりつつあった。

 夜になれば魔獣が凶暴化するとかで、一度街に戻るべきじゃないかとアムゼルに聞いてみたが、リッチは生者の魂を求めるらしく、この距離だと夜のうちに街に到達するかもしれないからこのまま行く、とのことだ。

 夜に倒すにしろ、もっと助けを呼ぶべきだと思うのだが、アムゼルはかなり無鉄砲なのかもしれない。まあ、人が少ない方が俺は動きやすい。


「……いたよ」


 草陰に隠れて、アムゼルが指差す方を見ると、枯れ果てた森の奥、アンデット集団の中に、ぼんやりと黒い煙を纏った亡霊が佇んでいた。汚れきって崩れ落ちそうな黒い衣を頭からかぶった骸骨姿は、さながら死神を思わせる装いだ。

 俺は黙ってステータスを確認する。


 ―――

 リッチキング Lv508

 HP98564/114514

 MP378888/450000

 スキル:呪599 悪399 闇380 怨399

 腐399 死者操作399

 称号:≪破滅をもたらす者≫

 ―――


 あかん。無理だコレ。強すぎる。

 近寄ったら即死級の魔法放ってくるタイプだこれ。呪いって俺でも解呪できるのか? 治癒魔法や聖魔法で何かあっただろうか…肝心なことは記憶にないんだ。嫌になっちゃう。


 キングらしいところは、頭に被った赤黒い茨のような冠だけでなく、その全身から溢れ出る、底冷えするような魔力の気配からもあの魔獣の強さを感じさせた。


「……アムゼル。お前は戻ってギルドに伝えろ」

「ロスはどうするんだい?」

「俺がヤツを足止めする。時間稼ぎくらいならできるだろう」

「君を置いていくなんてできない!」


 一応叫んでいるが小声だ。リッチキングは気付いてないのかぼんやり空を見上げている。隙だらけに見えなくもないが、多分あれ、誘ってるんだろうなぁ。


「力量差を考えろよ。あんなヤバいやつ、俺たちだけでどうにかできるわけないだろ。街に近づけさせたくないなら、俺が時間を稼ぐよ」

「だったら僕が残る。君がギルドに行くべきだ」

「お前、一度アイツから逃げてきたんだろうが……MPなしじゃ魔法も使えないだろ? 剣だけじゃ、俺がギルドに着くまでの時間すら稼げそうにないぞ……」

「それでもだ!今日冒険者になったばかりの君に危険な役はやらせられないよ!」


 さっきは冒険者歴もランクも関係ないって言っただろうが!とツッコミそうになったが、堪えた。代わりに。


「あーもー、めんどくせえな。俺が出した条件、忘れるなよ」

「わかってる。君は僕が守るよ」


 コイツもう忘れてるな?

 俺はついため息をこぼす。アムゼルは剣を抜いた。今にも折れそうな奴を。


「待て。これを使え」


 見かねて自分の剣を渡す。


「君の剣がなくなるじゃないか」

「俺は基本魔法で戦うからナイフで充分だ」


 アムゼルは腑に落ちないようだったが、押し通して立ち上がる。


 助けを呼べなくなったが、仕方がない。正義バカはいつか分からせるとして、今はアイツだ。


 リッチキングはこちらに気付いているようだ。空を見上げているようで、殺意はこちらにビシビシと向けてきている。


 俺は草場から出て、ナイフを構える。

 アムゼルもゆっくりと少しずつ距離を詰めていく。


 勝てる気はしないが、勝たなければならない。


 ある意味初の、冒険をはじめようじゃないか。


「……シテ…ル……スベテ……シダ…」


 リッチキングがぶつぶつと何かを呟くと、地面からボコボコと死体が湧き出てきた。森の動物たちの死骸や、魔獣の死骸が次々と湧き出てくる。中には人骨のようなアンデットもいた。元々彷徨っていたアンデットたちも一斉にこちらを向く。

 死屍累々…長閑な森は見る影もなく、アンデットと腐敗の森と化している。


「はあ!」


 アムゼルが次々とアンデットをなぎ払う。Cランクなだけあって剣捌きはなかなかだ。だが、奴らは剣で斬られても崩れるだけで、再生して再び攻撃を繰り出してくる。アンデットは聖魔法でなければ倒せないのだ。


「『ホーリーサークル』」


 アムゼルが砕いたアンデットを、光の輪で囲む。サークルがある場所ごとアンデットを浄化する中級魔法だ。

 聖魔法は他の魔法よりMPの消耗が大きく、また消費MPの半分のHPも対価として支払う。

 さっきアムゼルのHPがやたら減っていたのは、聖魔法での消費もあったのかもしれない。


 この魔法は範囲魔法なので、サークルに入った分だけまとめて一掃できる。アムゼルも分かっているのか、なるべく一箇所に溜めるように動いてくれていた。


 とはいえ、ちまちまかけるのも面倒だし……リッチキングが動かないのが気になる。


「……アムゼル。面倒だから一気に片付けるぞ」


「? ああ!」


 アムゼルが周りに散らばっているアンデットを集めるべく、わざと近いて引きつける。リッチキングの周りをぐるりと一周して、ほぼ一箇所に固まったところで。


「『ホーリーサークル』!」


 光が先程より大きな円を描いて柱を作る。さっきのが半径一メートル程度だとすれば、今のは十五メートル程の大きさだ。

 アンデットたちが次々と昇天していく。アンデットになった魔獣は素材を残さない。唯一魔石を落としていくので、あたりはアンデットの魔石だらけになった。

 リッチキングも範囲内に入っているが、全く効いている雰囲気がない。


「さすがに効かないか!」


「はああ!!」


 アムゼルがリッチキングに斬りかかる。


「コロシテヤル!!」


 リッチキングは軽く手を払って、見えない力でアムゼルを弾き飛ばした。


「『ヒール』!」


 俺はアムゼルを軽く回復させて、リッチキングを見る。


「ミナゴロシ……スベテ……スベテホロボス…ホロボスホロボスホロボスホロボス」


 ヤツの顔は骸骨なので表情は見えないが、心なしか口角を上げてせせら嗤っているように見える。

 余裕綽々。そんな感じだ。


「さて、どうしたものかね」


 ちらりとアムゼルを見れば、立ち上がって剣を構えていた。アンデットを相手にして消耗しているようだが、まだ戦えそうだな。


「アムゼル! しばらく俺の盾になってくれないか?」


「任せて!」


 アムゼルは二つ返事で俺の前に立つ。

 リッチキングは俺が何かしてくるとわかってか魔法攻撃を仕掛けてきた。素早い魔法弾を、アムゼルが剣で切り裂いたり弾き返したりしている。アムゼルは下手に攻めることはせず、防御に徹していた。盾スキルが高かったので薄々感じていたが、アムゼルの基本戦闘スタイルはタンクなんだろうな。


 これなら……。


「……この光は深淵を刺し穿つ。この光は全ての邪悪を滅する。聖に属する魔素よ、粒子よ、今ここに集え。邪悪を反転し昇華する光となれ……」


 普通、魔法は詠唱を必要とする。同じ魔法でも人によって詠唱のワード数が違ったりするが、より強力な、上位の魔法となるとその詠唱はとても長くなる。それこそ魔導書を作っておかないと、覚えられないくらい長かったりする。

 俺は使い慣れているものなら基本無詠唱で打てるが、この魔法は得意じゃない光属性との複合なので、どうしても発動に詠唱が必要だった。


「顕現せよ……『セイクリッドソード』!」


 いつの間にか覆われていた分厚い雲を切り裂くように、一本の光の柱が真っ直ぐに地上へ突き刺さる。それは大剣のような形を模して、リッチキングの身体を捉えた…が、リッチキングは大剣に身体を引き裂かれつつも後退り、闇属性の魔力弾を撃ち込んでくる。


「な、効いてない?!」

「いいんだ。あれで倒せるとは思っていない」


 リッチキングが地面に触れると、地面が赤黒いヘドロ状に変形し出した。

 とっさに二人で飛び上がって避ける。ヘドロはリッチキングの周囲を侵食した。触れたら即効で呪いにかかるヘドロだ。これで近づき辛くなった。

 さらにリッチキングはどこからともなく赤黒い有刺鉄線のような触手を次々と出してはこちらに放ってくる。

 アムゼルも必至に剣で弾くが、触手に剣が絡めとられて飛ばされてしまう。


「アムゼル! アレを使え!」


 俺は先程落とした大剣を指差す。ヘドロの中でも、あの剣が刺さっている所だけは地面のままだった。あの剣は、術者が魔力を注ぎ続けている限り存在し、折れることはない。剣そのものが聖属性なので、剣の使用者にMPがなくてもアンデットに有効な攻撃が可能となるのだ。


「『アイスブロック』」


 加えて氷のブロックをヘドロに落として大剣までの足場を作る。

 アムゼルはそれを見てすぐに動いた。リッチキングが掴ませまいと触手を放つが、後から放ったアイスブラストが全てを弾く。


「おおおおおお!!!」


 アムゼルは光る大剣を手にしてリッチキングへ特攻する。俺はブロックで道を作りつつ、触手や魔力弾を相殺して援護する。

 セイクリッドソードを落とした目的は元々これだ。アムゼルに武器を用意したかった。


「喰らえ!!」


 大剣の一閃。しかし浅い。

 氷のブロックを足場にしている上に、下がヘドロだから踏み込みが甘かったのか。

 その隙を突いてリッチキングがアムゼルの首を掴んだ。掴まれたところから、アムゼルが赤黒い煙で包まれていく。


「ぐああああ!!」


 呪い攻撃らしい。すぐに俺が飛びかかってその腕を切り落とす。

 剣は、さっき触手が投げ飛ばしたやつを亜空間収納でキャッチしておいたやつだ。


「助かる!」


 アムゼルはすぐに立て直してリッチキングに猛襲する。休む間も与えず大剣を振り回す。その膂力はさすがとしか言いようがない。俺は足場をどんどん凍らせてより踏み込める足場にしていく。滑り防止で表面をヤスリみたいに変形させることも忘れない。転けたら最悪だが。


 アムゼルの顔色はかなり悪い。青いというか緑だ。呪いに掛かっているせいだろう。


 ―――

 アムゼル・ハイルベレイン

 年齢:17

 ジョブ:冒険者(C) LV26

 HP460/2580

 MP0/452

 スキル:火50 光60 聖50 雷30

 剣術56 盾術60 アイテムボックス10

 称号:

 備考:≪腐化の呪い≫

 ―――


 腐化とは所謂ゾンビ化……アンデット化のことを指す。今ヒールをかけたら逆にダメージを受けてしまう……いや、待てよ?


 治癒魔法も一応聖属性の派生系だ。


「アムゼル、一旦離れろ!」


「! わかった!」


 アムゼルがサッと後方へ飛ぶ。途中追撃してくる触手を大剣で弾きながら、ヘドロ状になっていない場所まで後退した。


 誤魔化しが効かなくなるので、これから打つ魔法をアムゼルに見せたくなかったが……。


「背に腹は変えられないか……じゃあな、アンデットの王!」


 リッチキングが総攻撃を俺に仕掛けてくる……が、攻撃はあらぬ方向へ飛んでいった。アムゼルが、十メートルは離れた位置から大剣をぶん投げたのだ。聖なる大剣はリッチの腹に深々と突き刺さっている。腐化が進み、ほぼ意識も飛びかけているというのによく投げられたものだ。


「……やっぱ怖えわアイツ。『リザレクション』!!」


 リッチキングを中心として、半径五メートルほどの魔法陣から、聖属性の光が強く沸き起こる。風のように舞い上がった光の粒子が、ある一定の高さまで登ったところで急降下し、範囲内にスコールのような勢いで降り注ぐ。


「――スベテ…スベテ…アア…ヤット…」


 一発で威力が足りなかったので三発叩き込んだ。MP消費が多く、HPも削るのであまりうちすぎると俺が危ないが、ステータス的にまだまだ余裕だ。

 しばらく目も開けられないほどの光を浴びて、リッチキングが粒子に飲まれて消滅した。ゴト、と大きな音を立てて魔石が落ちる。ヘドロはいつの間にか元の土に戻っていたが、周囲の森は枯れたままだった。ホーリーサークルで多少浄化しておいたし大丈夫だろう……多分。


 俺は大剣を消して、急いでアムゼルに駆け寄る。

 アムゼルは剣を投げた後倒れたようで、地面に伏していた。

 かなり危険な状態だが、まだ息はある。


「……ろ、す……」


 アムゼルが薄く目を開ける。意識があったようだ。


「喋るな。体に障る」

「あ、り…がと……」

「馬鹿だなお前……。本当は、アイツを倒すところまで依頼されたわけじゃないんだろ? 勇敢と無謀を履き違えてるよ」


 俺がそういうと、アムゼルは薄く笑った。


「はは……ロス、には、全部見透かされてる、みたい……だね……ガハッ」


 笑いながら血を吐いた。内臓が腐食し始めているようだ。もう時間がない。


「……目に見えない誰かのために、命を投げ出す"正義"は、やっぱ嫌いだなぁ」


 アムゼルを転がして仰向けにし、頭陀袋を枕にして、その額に手をかざす。


「さて。アムゼル。俺が出した条件三つ目。忘れたとは言わせないぞ」


 アムゼルの手がピクッと動いた。


「まず、己の身を守れるようになれ。お前は決して弱くはないのだから」


 かざした右手から、ぼんやりと青く光る魔素が流れ出す。


「『セイクリッドブレス』」


「ぐ…っ」


 アムゼルがぼんやりとした光に包まれていく。アムゼルは少し苦しそうに呻くが、暴れはしなかった。


 さっき思い出した聖属性の解呪の最上位魔法、セイクリッドブレス。

 ゾンビになりつつある身体を元に戻していくのだが、これが結構苦しいらしい。身体を掻き毟って叫んでしまうくらいだとか……。だがアムゼルは苦痛に顔を歪ませてるだけ。なぜかアムゼルは痛みに耐性がありすぎるようだ。


 緑に変化していた皮膚が少しずつ元の色に戻っていく。この時に呪力を物理的にも燃やすため、肌に火の波が走る。これが、激痛の原因でもある。


「クソッ、間に合わない……! 思ったより呪いが強すぎたな……」


 解呪しきるまで呪いの効果は続くのだ。呪いに苛まれている間、アムゼルのHPは減少していく。アムゼルの残りHPは140。今も減り続けている。治癒はアンデット化が完治してからでないとかけられない。ポーションでも同じだ。

 このままでは、治りが遅すぎて間に合わない。非常にまずい。


「重ね掛けするか……? いや、今の段階ですでに相当な負荷のはず。これ以上の苦痛は……」


 アムゼルの表情は苦悶に歪んでいるとはいえ、暴れてはいない。もう少しなら耐えられるか……?


「悩んでる暇はないな。本当にアンデットになるよりはマシだよな? 耐えろよアムゼル」


 アムゼルにもう一度、同じ魔法を重ね掛けする。


「ぐあああああああ!!!! あああああああ!!! ああああああああああああッ!!」


 やはり耐えられなかったか……。アムゼルが怪我を増やさないように四肢を土魔法で拘束した。アムゼルは暴れ、叫び、苦痛から逃れようともがいている。

 わぁ、痛そう……とやってる俺が言うのも酷い話だが、治すためだ。許せアムゼル。俺は絶対に経験したくないけど。


「だけどこれで最悪は免れたぞ。よく耐えたな――『リザレクション』」


 ゆっくりと目を閉じるように、アムゼルは意識を失った。

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