2話 魔王、出会う
「……何かが追われている?」
ワーラビット集団の先頭へ向かうと、一人の少年が追われているのが見えた。少年の装備はマントで見えないが、手にする剣は真ん中あたりで折れていた。あれでは戦えない。
「俺と同じ新米かな? だとしたら危険だなぁ……」
とにかく見てしまったからには捨て置けん。動くしかないだろう。
俺はひとっ飛びで少年とワーラビット集団の間に降り立った。
「えっ?!」
少年が驚いて振り返る。
俺は剣を抜かずに手を前に突き出す。
「『アイスブラスト』」
魔法を唱えると、手の周囲に氷の礫が百個ほど出現し、ワーラビットに向かって高速で射出される。
アイスブラスト。氷属性の初級魔法だ。
ワーラビット集団は氷の礫で全て撃ち抜かれたようで、辺りはシン、と鎮まり返る。
「……怪我はないか?」
俺は気配探知で他の魔獣がいないことを確認してから、振り返って少年に話しかける。
少年は唖然とした表情でこちらを凝視している。マントのフードがはらり、と落ちて、その素顔が晒される。
金髪碧眼。傷だらけだがかなり整った顔をしていた。
―――
アムゼル・ハイルベレイン
年齢:17
ジョブ:冒険者(C) LV26
HP50/2580
MP0/452
スキル:火50 光60 聖50 雷30
剣術56 盾術60 アイテムボックス10
称号:≪トラブル吸引体質≫
―――
ステータスを見るに、この数でもワーラビットに負けるようには見えないが、やけに消耗しているようだ。装備はボロボロ。先ほども見たように剣が折れており、盾は持っていない。
……称号については、ノーコメントで。
「き、君は一体……いやそれより、ありがとう。助かったよ」
少年は剣を鞘に収め、礼を述べた。俺はなんて事はないと言う風に軽く手を振って答える。
「それにしても、この数を一撃で……? すごいね、君は」
俺の背後の死体の山を一瞥して、少年は感嘆する。ついでにマントについた葉っぱなんかを手で払ってから、俺に向き直った。
「僕はアムゼル。アムゼル・ハイルベレイン。改めて礼を言うよ」
「……ロスだ。俺が勝手に割り込んでしまっただけだ。普通だったらこれは横取り行為というやつだろう?」
「いやいや、気にする事ないよ! むしろ助かったよ。僕も危なかったんだ。見ての通り、ボロボロでね」
アムゼルがマントを軽く捲ると、その身体は想像以上に傷だらけだった。鎧は見る影もなく、横腹の傷が大きい。むしろなんで今こんなに笑顔なのこの人?ってレベルの大怪我だ。
「……ポーション持ってないのか?」
「あいにくさっき切らしちゃって。まさか街の近くでこんな苦戦するなんて思わなくってさ。あはは」
「………『ヒール』」
見かねて治癒魔法をかけてしまった。だってまだ出血してるのにこの笑顔なんだもの。いっそ怖い。
とりあえず大きな傷に何度か魔法をかけて治した。一度に治す『ハイヒール』や『パーフェクトヒール』という中位・上位魔法や、欠損すら治してしまう『リザレクション』も使えるのだが、俺は詐欺ステータス上ではLv1なので自重した。
「わぁ、治癒もできるのかい? ありがとう! 本当、助けられてばっかりだね。お礼……参ったな、今は持ち合わせがないんだ。街に戻ってからでいいかな?」
「礼? それならあの山捌くのを手伝ってくれないか? それでいい」
横取り行為にならないなら、換金素材は貰っときたかった。ガイドブックには換金素材もランクアップ査定に関係すると書いてあったので、ちょっとでも足しにしたい。
ちなみに、ランクはCかBくらいまではあげたいと思っている。それ以上は柵がありそうなので避けたいが。
「え? そんな事でいいの?」
「充分助かる。捌き慣れてないんだ」
「ふーん? じゃ、早速取り掛かろうか! このままだと日が暮れちゃうよ」
アムゼルの手際はかなり良かった。さすがランクC。冒険者はランクCで一人前、Bで上級扱い、Aから上は国から重宝されて尊敬される部類らしい。
ワーラビットの討伐証明部位は小さな角だ。雄雌問わず生えている。
換金素材は魔石、肉、革だ。爪はほとんど生えてないし牙も小さすぎて素材にならないのだとか。
内臓はアムゼルが焼却してくれた。
「ふー! 小さいけど数があると大変だね! 結構かかっちゃった」
全部で三十八匹いたワーラビットの解体は、小一時間ほどかかった。
これからまた探索するには日が暮れてしまうだろう。成果は充分だし街に戻るとするか。
素材は全て頭陀袋(アイテムボックス化済み)にぶち込んで、立ち上がる。
「助かった。じゃあ、俺は街に戻るから」
「あ、待って」
アムゼルが俺の腕を掴む。
「何だ?」
「あの、僕がなんでボロボロなのか……聞かないの?」
「興味ないが?」
アムゼルの称号と合わせて、どうせ碌な理由じゃない。君子危うきに近寄らず、だ。うん。
「そんな!」
アムゼルは目に見えてショックを受けた顔をしている。いや、野郎のトラブルに興味ないですし危険に巻き込まれたくないですし。俺はそっとアムゼルの手を剥がそうとする、が……うっわ、めっちゃ力強く握られている。逃さない気満々なんだが。
「助けてもらっておいてこんなこと言うのもおかしいんだけど……君を強者と見込んで頼みがある!」
「断る」
「早いよ!」
勢い余ったアムゼルがさらに強く握り込む。いたたたた……。
「……俺は今日冒険者になったばかりのランクFだ。お前が言う強者ではない」
「冒険者歴もランクも関係ないよ! 君の魔法は新米冒険者のそれをずっと凌駕していた!だって、下級の『アイスブラスト』があんな球数になるわけないもの! 声に出してないだけで上位の魔法を使ったか、MPがよっぽど多くないとああはならない!」
嘘だろ、自重が足りなかった?
百発はまずかったか。二十発とかにしておけば良かったのか?
「……参考までに、普通は何発なんだ?」
「え? これまで見たことあるのは多くて五発程度だったと思うよ」
全然自重できてなかった。
大人しく中級魔法使っていれば良かった……と反省するのは後にするか。
「……はぁ。わかったよ。話を聞くからとりあえず離してくれないか……腕が痛い」
アムゼルはホッとした顔を浮かべたが、手の力は弱まっていない。放した途端に逃げると思われているな? これは。……逃げるけどね?
「僕は依頼を受けて、この森の最奥を調査していたんだ。もしギルドが考えていた通りのことが起きていたら、その原因を排除すること……までが依頼の内容なんだ」
「一人で受けたのか?」
「あはは。僕、意外と人望がなくって。パーティを組んでたこともあったんだけど、すぐ解散しちゃった。……僕だけ」
俺はこめかみとえくぼが引きつるのを感じていた。
アムゼルよ、それはきっと解散じゃない……追放だ……間違いなくお前の称号のせいだ……なのにこの笑顔。この爽やか好青年くんは一体どんな闇を抱えてるって言うんだ? 帰りたい……。
「だからってそんな危険そうな依頼、一人で受けるなよ……」
ギルドもギルドでそんな依頼をたった一人に任せたりするんだろうか。Aランクならまだしも、Cランク冒険者だぞ? 元パーティからの信頼はゼロだったとしてもギルドからの信頼は厚いとかなのか?
「放っておけなかったんだ。だって、もし本当に危険なものがいたとして、ここは街のすぐ側だよ? 森の手前くらいなら、冒険者じゃない一般人だって足を踏み入れるんだ。守りたいと思ったんだよ……」
「それでお前が死んだら元も子もないだろ」
「その通りなんだよねぇ! 返す言葉もないよ!」
このイケメンスマイルが段々怖くなってきた。なんだ? この正義病患者……守りたいものを守るためなら自分の命なんかどうだっていいとか言い出すんじゃないだろうな……。
「それで、その脅威とやらはあったのか?」
俺のその質問に、アムゼルは笑顔を消して真剣な表情になった。空気の変わりように、俺は思わず息を飲む。
「居たよ。しかも、とんでもないやつ。A級、いや、S級魔獣だと思う」
「どんなやつだ?」
「リッチなんだけど、ただのリッチじゃない感じだった」
リッチとは、元魔法使いの人間とも云われており、生前の強い恨みや執着心から、魔獣に身を落としてしまった成れの果て……と云われている。珍しい魔獣だが、その魔法攻撃の強さからA級魔獣に指定されている。それに、リッチは生き物の死体を操る。アンデット魔獣をバンバン生み出してくるので、見つけたら即排除、が冒険者の中での鉄則らしい。
「ただのリッチじゃないって、何をもってそう思ったんだ?」
「アイツの周囲……森が、枯れていくんだ。アイツがいるだけで、森が死んでいく。そんなの普通のリッチじゃあり得ないんだよ。森に生きる生き物も死んでアンデットになってしまったんだ。MPもポーションも使い切ってしまって、一旦引こうとして、ワーラビットの群れに当たっちゃって……君に会わなかったら、僕はワーラビットに殺されていたかも」
「それはもういい。リッチか。俺に倒しに行けってことね」
「もちろん僕も行くよ! 盾くらいにはなれる。アイツを……君の魔法で倒せないかな?」
俺は少し考える。アンデットは基本的に聖魔法でなければ完全には倒せない。
幸い、俺は聖魔法が使える。
魔王なのにな、というツッコミはさておき、おそらくそのリッチにも負ける気はしない。
だが、こいつの前でそんな上級魔法を使っていいのか? アムゼルがどこまで信用できるのか読めない。ギルドに俺の話をされるのも困る……。
そもそもまずギルドに報告して討伐隊を出してもらうべきでは? なんて、この時の俺は思いつかなかった。
「三つ。条件がある」
「飲むよ!」
「中身を聞いてからにしてくれ。一つ、その依頼はお前が中心となって倒し、俺は手伝っただけということにすること。二つ、俺の魔法、能力、装備を含む俺の全ての情報の口外を禁止する。これは契約魔法を結んでもらう。三つ、これが一番重要だ」
アムゼルは首を傾げている。
構わず俺は告げる。
「三つ。アムゼル、誰かや何かを守りたいと言うのなら、まず自分の命を守れ。自分の命を守れるなら、余った力で助けたいものを助けろ」
「え……」
記憶はないが、一つだけわかっていることがある。
俺は、"正義"というやつが大っ嫌いなんだ。
正義を振りかざして私利私欲に走る者も、己可愛さに正義を盾に他者を虐げる者も、正義っていう、曖昧な定義を理由にして簡単に命を捨てる者も。みんな、大っ嫌いだ。
「お前は、まずお前自身を守れ。俺も、俺を守るためにお前にこの条件を飲んでもらう。いいな?」
アムゼルはぽかんと口を開けていたが、反芻して、飲み込んだように頷いた。
「ありがとう。君は優しいんだね」
と微笑んで、
「わかった。全部飲むよ。まずはその契約魔法ってのを結べばいいんだね?」
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