1話 魔王、目覚める

 ◇



「…い、おーいお前さん、こんな道のど真ん中で寝っ転がってどうした?」


 声をかけられ瞼を開けると、視界いっぱいに大きな手が広がっていた。


「うわあ?!」

「起きたか? お前さん、誰かに何かされたのか…? 怪我はないみたいだが」


 男が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 人の手が間近にあってびっくりしてしまった。飛び起きて男を見れば、鉄製の鎧を装備して、槍を持ちつつも膝をついて俺の様子を確認してくれているようだ。


「え、誰…?」


 そう口にした途端、男のちょっと右あたりに、文字が書かれた透明な薄い板が現れる。


 俺はなぜかそれが、この男の『ステータス』なのだと直感した。


 ―――

 ガルド

 年齢:47

 ジョブ:警備兵 LV15

 HP1500/1500

 MP25/25

 スキル:槍術25 話術10

 称号:≪気さくな街の相談役≫

 ―――


「オレは警備兵だけど。お前さん冒険者かい?にしちゃあ装備が貧弱だ」

「俺が…冒険者?」


 俺は首を傾げる。俺の呟きが聞こえなかったらしい警備兵も首を傾げるが、すぐに俺の腕を掴んで引っ張った。


「まーよくわかんねえけど、こんな往来で寝っ転がってちゃ馬車に轢かれちまうよ。どこも問題ないなら早くどきな」


 警備兵に腕を引かれて立ち上がる。


「どうも、すみませんでした」

「いやいーよ。困ったことがあったら南門の詰所に来な。警備兵はそこに詰めてるから」

「はい。ありがとうございました」


 俺はとりあえず礼を言ってその場を立ち去ることにする。

 立ち去ると言っても、ここがどこなのかもわからない。自分が何者なのかも…。


 ―――

 ロス・ゼス・アブグランド

 年齢:16(???)

 ジョブ:放浪者 LV1

 HP961846/961846

 MP846000/846000

 スキル:闇1000 聖990 治癒990 雷800

 氷550 水850 火500 土300

 風560 時空1000 重力500

 結界術690 剣術150 槍40 弓60

 射撃290 超鑑定1000 完全隠蔽1000

 改竄550 創造900

 気配探知180 亜空間収納1000

 称号:≪魔王≫

 備考:魔神、≪不滅≫≪*****≫≪*****≫≪魔神族・白狐≫

 ―――


 考えていたら俺のステータスが表示された。

 先ほどの警備兵は俺の名前や職業を知らないようだったし、俺と同じように他人の名前や職業を確認できないようだ。

 ステータスを確認できるのは、そう言ったスキルを持った者だからできるということだろうか。俺のスキルにある「超鑑定」あたりが怪しい。

 それにしてもツッコミどころの激しいステータスだった。年齢の横に「(???)」が付いているのは意味不明だが、俺は十六歳ということでいいのだろうか。備考は文字化けして読めない箇所がある上に、謎の種族名が…。


 そんなことより。


 ……

 …………


 ………………≪魔王≫?



 称号≪魔王≫って何だ。魔王って。


 あの魔王ですか?あの勇者に倒される宿命の人類の敵、あらゆる魔族の長にして災厄の象徴…。


 俺がその魔王だっていうのか!?


「いやぁ…身に覚えがないですぅ…」


 これはまずい気がした。「鑑定」スキルを持っている人がどれだけいるのかわからないが、万が一「鑑定」スキル持ちが俺のステータスを見たら大騒ぎになる。俺だったら叫ぶ。超叫ぶ。ここに魔王がいるぞー!って。


「どうする…?」


 ふと思いついて、俺は俺のステータスの文字列を指でなぞった。要は見せなきゃ良いわけで。

 すると、なぞった文字列が隠れて見えなくなっていく。


 スキル「完全隠蔽」。


 これで「鑑定」スキルでは見られなくなるだろう。上位スキルの「超鑑定」持ちがいたらわからないが。

 ともかくステータス表記から見えなくしてしまえば騒ぎにはならないはずだ。さらに「改竄」スキルを使って、ジョブレベルにふさわしいステータスに書き換えていく。


 隠蔽に改竄って、コソコソと悪事の痕跡を隠そうとするスキルにしか思えないし、俺ってほんと何してた人なんだ?魔王ってそんなコソコソしたりするんだろうか。


 しばらく弄って、ステータスはこんな感じになった。


 ―――

 ロス

 年齢:16

 ジョブ:放浪者 LV1

 HP250/250

 MP300/300

 スキル:雷10 氷10 水20 治癒20

 剣術10 アイテムボックス10

 称号:

 ―――


 なんともスッキリした上にスキル値もかなり低めに設定した。それでも放浪者レベル1のステータスにしては高い方だと思う。

 まあそもそも「ジョブ:放浪者」って何? と言う感じなので、その辺りは適当だが。


 アイテムボックスは、亜空間収納の下位スキルにあたる。

 違いは容量と発現場所で、前者が容量に制限があり(個人差有)、後者には容量という概念がそもそも無い。アイテムボックスは鞄や袋などの物に付与するものであるのに対し、亜空間収納は影のようにどこにでも発現できる魔法陣のようなものだ。


 俺の名前は、さっきの兵士に家名がなかったので、おそらく一般市民に家名はないのだろうと予測して消しておいた。


「……ふむ。スキルについては理解しているな」


 それにしても、自分のことは良くわかっていないが、スキルなどの知識についてはある程度詳しいようだ。自分でも不思議な感覚だが、これはありがたい。

 とりあえずは現状整理をしなければならないだろう。


 大通りを道なりに抜けると、噴水がある広場に出た。

 朝日が差し込む広場は、人気こそまだないものの、陽の光に水がキラキラと反射して中々風情がある。

 水に顔を映して眺めてみたが、なるほど自分の顔にも覚えがない。


 十六歳にしては若干背も小さいし顔も幼い気がするが、こんなものなのか?


 黒い髪に金色の瞳。肌は白いというか若干血色が悪く青白い。さっきはステータスに狐とかいう文字が見えたが、特に獣耳など生えていない。隠しているのだろうか。

 その他は特筆すべきこともなく、まあちょっとは整った顔でよかったな、という程度。

 ただ、あまり勇ましさはなく、やや中性的な顔立ちであるのはいただけないが。もっと堀の深いイケメンとかがよかった。ムキムキの。逆三角形のやつね。

 噴水の縁に腰掛けて、ちょっと現状を整理しよう。


 さて。俺の名前はロス。本名はロス・ゼス・アブグランドという、ミドルネーム付きの長いお名前。ステータスを見る限り、十六歳で放浪者。

 放浪者って、家無し職なしってことだろうが、一体今までどうやって生きて来たんだろうか。


 このとおり、俺には記憶がない。自分の名前すらステータスで知った。

 でもスキルやこの世界の知識は多少あるらしい。


 この世界はアンジェランドと言って、世界の三分の一を魔族に支配された世界だ。人族だけでなく、魔法能力の高いエルフ族や、身体能力の高い兎人族、猫人族などと言った亜人族も存在している。

 魔族の国はアブグランドといって、最果ての向こう側に在る、とされている。なにせ人族が足を踏み入れて生きて帰って来た者はいないと言われているので、人族はアブグランドをよく知らない。

 ただ、人族の住む国にいる魔獣が、魔族の手先だと言われているため、その魔族を束ねる魔王を討伐すれば、世界に平和が訪れる…などと言い伝えられているようだ。


 ロス・ゼス・アブグランドという名前に国名があるあたり、まごうことなき魔王なのだろう。

 だが、魔の国は最果ての海よりはるか向こうに存在している。俺はどうやって遠い人族の国までやって来たというのか。


 これからについてだが、魔の国に帰るかはもう少し情報を集めてからにしようと思う。

 俺がここにいることが誰の思惑かわからない以上、下手に戻っても危険な気がするからだ。


 それに、なんとなくワクワクしている自分がいる。

 冒険者にでもなって、自由な冒険生活を満喫するのも良い気がして来た。

 そのうち勇者が現れても、今のステータスならバレる気がしない。それならついでにちょっと偵察したっていいじゃない?


「冒険者……冒険者かぁ。悪くないな。冒険者登録ならギルドだったか。この街のギルドはどこだろうか…」


 方針は決まったことだし、立ち上がって辺りを見回す。

 するとちょうど広場に面した建物から女性が出てきて、看板を設置してドア横の掛け札を裏返した。

 その店…否、そのちょっと立派な建物こそ、ギルドの建物だった。


「あのー、すみません」


 俺は女性に話しかける。


「はい? なんでしょうか?」


 女性は突然話しかけられても笑顔で答えてくれた。接客スキルが高そうだ。


「冒険者登録をしたいんですけど、ここでできますか?」

「はい、冒険者希望の方ですね。中で伺いますのでついて来て下さい」

「よろしくお願いします」


 女性と共に建物に入る。

 ギルドと言っても、入ってすぐのところは酒場とか食堂みたいになっているようで、テーブルがいくつも並んでいた。

 掃除が行き届いている綺麗な店だった。

 さらに奥へ進むと、酒場のカウンターとは別のカウンターがあり、そこがギルドの受付なのだという。

 女性はカウンターの中に入って、俺はカウンターの前に立った。


「初めてのご登録だと思われますので、この水晶に手をかざしていただけますか?現在のステータスを読み込みます」


 女性がカウンターの端にある水晶がついた魔道具を指差すので、それに従う。

 手をかざすと、水晶がぼんやり光った。少しだけ魔力を抜き取られる感覚がして、水晶の下側に置いてある小さな透明なプレートに光が照射されていく。

 女性がプレートを手に取って、虫眼鏡のようなメンズを通してプレートを見て頷いた。


「はい。もう大丈夫です。…ロスさんですね。このプレートが冒険者であることを示すギルドカードになりますので、無くさないようにして下さいね。お金を預けられたり、身分証の代わりにもなるんですよ。使用者の魔力を読み込んで作っていますので、ご本人様以外はご利用いただけないようにもなっています」

「便利ですね。タダで貰って良いんですか?」


 女性は透明なプレートを一度カウンターの奥へ持って行き、別の魔道具で光を照射して戻って来た。


「はい。ある程度の人柄はステータスに現れますので審査も特にございません。プレートにはチェーンも付けておきましたので、首から下げておいて下さい。冒険者はランクで階級を決めていまして、初心者はFからスタートします。そこからAまで上がったら、その上にSランクまでありますが、Sランクになる人は国に認められたごく一部の者のみとなっています。ということでロスさんの現在の冒険者ランクはFとなります。ランクは魔獣討伐の討伐証明部位の納品や、あちらの壁に貼られたギルドからの依頼をこなすことでギルドへの貢献度が上がりますので、貢献度が貯まった際に、こちらから昇級の打診をさせていただいております」

「つまり、依頼をいっぱい受けていっぱい魔獣を倒せってことですね」

「はい、大体そんな感じです。その他細かいことは、こちらの冒険者ガイドブックに記載してありますので、ご一読くださいね」

「ありがとうございます」


 ギルドカードを受け取って、ついでにこっそりプレートに書かれた自分のステータスを確認する。


 ―――

 ロス

 年齢:16

 ジョブ:冒険者(F) LV1

 HP250/250

 MP300/300

 スキル:雷10 氷10 水20 治癒20

 剣術10 アイテムボックス10

 称号:

 ―――


 ちゃんとジョブが冒険者になっている。よしよし。これならばあまり怪しまれないだろう。


「依頼を受ける際はこちらのカウンターからお願いします。討伐証明部位以外にも、こちらで買い取りが可能な部位などもありますので、換金の際は隣のカウンターをご利用くださいね」

「わかりました」


 俺はとりあえずお礼を行って、酒場の貼り紙を見に行く。さっき開店したばかりだというのに、建物内はすでに他の冒険者でごった返していた。

 カウンターは、俺が退いたところで人がたくさん並び始めていく。

 混雑しているのでしばらく待って、建物内の人が少なくなるのを待ってから貼り紙を見に行くと、残っていたのは常駐依頼と書かれた貼り紙と、要求ランクと危険度がやたら高い依頼だけとなっていた。


「常駐依頼は…薬草の納品とD級以下魔獣の討伐か…」


 冒険者ガイドブックによると、冒険者にもランクがあるように、魔獣にもランクが付けられているらしい。


「D級はワーラビットとゴブリンとスライムなどなど…薬草は絵付きじゃないか。良心的だなぁ」


 ちなみにプレートのステータスはギルドの特殊なレンズに通した時と、本人にしか見れないらしい。個人情報保護の為とガイドブックに書いてあった。

 ひとまずこの常駐依頼をこなすことにして、街の外へ向かうことにする。


「よぉ、さっきの坊主じゃないか」


 南門を通った時、今朝起こしてくれた警備兵に出くわした。


「あ、今朝の。その節はお世話になりました」

「いいっていいって。それより街の外に出るのか?」

「はい。冒険者になったので」


 ギルドカードを見せると、警備兵は頷いて、


「なるほどね。新米冒険者は大変らしいが、若いうちの苦労は金を払ってでもしろっていうしな。ま、頑張りな」


 と言って背中をバシバシと叩いて来た。ちょ、痛い痛い。


「では行ってきます」

「暗くなったら魔獣も凶暴化するから、その前に帰ってくるんだぞー」

「はーい」


 南門を出て、近場の森へ足を踏み入れる。

 普段から沢山の冒険者が来る場所なので、軽く道っぽいものができているし視界も良い。大した広さもないのでこの森ならば早々迷うことはないだろう。

 新米冒険者にはもってこいの狩場と言える。


 俺は少し進んでからすぐに道を外れて森の深くまで足を踏み入れる。人気が無い場所を探す必要があったのだ。


「……この辺りでいいかな」


 しばらく歩いて、ちょっと大きな樹がある根元で立ち止まる。

 何せ丸腰なのだ。せめて武器くらいないとどうしようもない。「気配探知」には何の反応もないので、ここらでいっちょクリエイトしちゃいますか。


「ふー。作りたいものを思い浮かべて…素材を決めて…見た目は安物で切れ味はやや良いものに、刃渡りはそんなに長くなくていいや…よっ、「創造」!」


 俺がスキルを唱えると、近くの足場に真っ黒い魔法陣が浮かび上がる。真っ黒い土がもこもこと盛り上がるように迫り上がったかと思うと、短めの剣を象っていく。


「こんなもんだろ。あとはナイフが欲しいな」


 同じ要領でもう一本短いナイフを作成し、ついでに鞘と革製のホルダーを創造して装備する。

 革製はなぜか黒色以外にならなくて真っ黒だが、その他は新米冒険者っぽい装備になった気がする。ついでに簡単に革の手袋、ジャケット、革製の胸当てを創造する。薄汚れた白いTシャツの上に、真っ黒な装備が光る。いきなりこんな装備をしたらさっきの兵士に怪しまれるだろうが、街に入る前に収納してしまえばいい。便利すぎるぞ、収納と創造…!これからかなり重宝するだろうなぁ。


「薬草を探しながら、魔獣に出会したら倒していくか」


 そう独り言を呟いて歩き出す。ポーションが作れる薬草は狩尽くされているのかあまりない。ただ、解毒薬が作れる草が見受けられたので、少し採取しておく。頭陀袋も創造して、そこにそれっぽい植物があればポイポイ突っ込んでいった。


「…来た」


 俺は近場の草陰にさっと身を隠す。気配探知に魔獣の気配がしたからだ。自分の気配を完全に押し殺して待つこと数分。目の前に猪型の魔獣が現れる。ワイルドボア。確かD級の魔獣だ。


 試し斬りと行きますか。


 俺は即座に草場から飛び出てワイルドボアの背後に回る。奴が気付いて振り向いた瞬間、居合斬りの要領で素早く刃を振るう。

 キィン、と音がして、剣は再び鞘に収まっている。

 ワイルドボアは、その首をズルリ、と落として、ゆっくりと倒れた。


「あれ、切れ味上げすぎたか? 安物の剣じゃこんなスッパリ首落とせないよな……まあいいか」


 ガイドブックには討伐証明部位は牙となっているので、ナイフで牙を剥ぎ、その他換金可能なアイテムである革や肉、骨に解体していく。

 解体はガイドブックを見ながら見様見真似なので、まあお粗末なものだったが、切れ味はいいのでやりやすかった。

 ワイルドボアの内臓は金にならないが、心臓部にある魔石はどの魔獣でも金になる。

 魔石も取り出して、水魔法で軽く洗った。


「ふむ。綺麗な魔石だな」


 魔獣の種類によって色や形、内包する魔素の属性が違うので、分かる人には魔石だけでどの魔獣か分かるらしい。


 宝石のように輝く赤い魔石も袋にしまい、少し移動してから火を起こす。

 ワイルドボアの肉を焼いて昼食タイムだ。

 そういえば亜空間収納に何か入っていないのだろうか。調味料とか…。

 と探っていると、岩塩が出てきた。亜空間収納にはほとんど物が入っておらず、金品の類も一切ない。ポーション三本と硬そうなパンと岩塩が一つずつ。なんだろう、この初期装備感。

 亜空間収納含めアイテムボックスの類は時間も止まるので、生モノが腐ることはない。パンも腐ってはいないので、半分ほど食べることにする。

 焼いた肉にナイフで岩塩を少し削ってかけただけでも、充分ご馳走だった。

 創造スキルでコップを作り、魔法で水を出して飲む。

 水と物に困らないって、最高すぎないか……?


 少し休んでから行動再開だ。火の跡を消して出発する。


「……ん? なんだ?」


 しばらくして、気配探知に魔獣の気配が引っかかる。だが、数がやたら多い。

 ガイドブック曰く、街のすぐ外の森は魔獣も少なく比較的安全…と書いてあったのだが、今わかるだけでも三、四十の気配がある。


 俺は自分の気配を消して近づいてみることにした。


 魔獣の集団は一方向に向かって走っているようだ。

 魔獣が組織的に動くとしたら、かなり高位の魔獣が指揮を執っている可能性がある。だが、この森で?


 木の上に登って枝伝いに近づくと、すぐにその姿が見えた。

 ワーラビットの群れだ。


 ワーラビットはもともと集団で活動する魔獣だが、この数は珍しい。

 しかも何かを追いかけているような…。

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