第3話 命を賭して

「総員窓から飛び出ろーっ!」


 エンゾ艦長が窓ガラスを割り、操舵室に脱出ゲートを作る。クルー達は指示に従って飛び降り、近くの足場までレギオンスーツの力で滑空。最後にエンゾ艦長が窓から飛び出た瞬間、ヤツの触手がロビンソン号を粉砕した。


「間一髪……」



 良かった……。ロビンソンのクルーは助かったみたい……。ソラは一瞬だけ戦いを忘れ、胸をなでおろした。


 ソラはこれからの戦いについて思考を巡らす。


 重量級のポルトス号がやられ、そしてロビンソン号がやられた。残すは三隻のみ。戦力としては十分とはいえない。それにロビンソン号のクルーも武装しているとはいえ、ヤツ相手に外にいるのは危険だ。


 これ以上被害を出さずに撤退する方法……。ソラはひとつの手段を思いついた。


「ユージン先輩! 聞こえる?」


 ソラは青鬼パイロット、ユージン・アーベントロートに話しかける。


『ああ、聞こえる! どうした?』

「そろそろ私達も撤退するよ!」

『奇遇だな。俺もそう考えていた。けどヤツはどうする? まだピンピンしてるぞ』

「私に考えがある! 一度、ヤツから距離を取ってアラミス号に機体を回収してもらってから話すわ!」

『わかった!』


 次に重量級・アラミス号へ無線を送る。


「アラミス号艦長聞こえますか?」

『ああ聞こえていたぞ! ハッチを開けて待ってるからこっちへ来い!』

「感謝します!」


 そう告げると、赤鬼と青鬼は同時に後退を始め、ヤツと約一キロほど距離を取り、マリア号のゾルダ専用ハッチに乗り込んだ。




 ロビンソン号クルーもアラミス号への避難を既に終えていた。ポルトス号にいた隊長がいない今、エンゾが副隊長としてヴセアを仕切っている状況だ。


「よし、二機とも回収できたな。しかし、撤退は手こずりそうだ」


 エンゾがそう呟くと、操舵室にユージンが入って来た。


「心配はいりません。ソラは策があると言っていました。殉職された作戦立案長も彼女の作戦を没にしたことはありません。信頼できるものかと」

「その策って何ですか」


 僕はユージンに尋ねる。知りたかったのは今ソラがどこにいるのかだが、それを先に訊いては不自然に思えたからだ。


「いや、まだ教えてもらってない。アラミスに戻ったら話すと言っていたが……」

「じゃあ、ソラは今どこに?」

「一度、自室に寄っているはず」


 なぜ? 少しでも時間が欲しい時になぜソラはわざわざ自分の船室へ寄っている? 彼女の部屋にその策の鍵となるものがあるというのだろうか?


「目標に発光物出現! 高エネルギー反応!」

「おいおいおい冗談じゃないよな? 総員、近場の物に捕まれ! 面舵一杯!」


 船体が傾き、ヤツから赤紫色の光線が放たれる。それは船体をかすり、大きな揺れがクルーを襲った。


「光線を撃つエレメントなんざ聞いたことがない……まるで特撮映画を見ているようだ……」


 ソーヤ先輩が呟く。


「ん? なぜハッチが空いている? さっき閉めたはずだが……」


 今度は機関士が船体の異変に気づいた。エンゾがそれを聞き、慌ててモニターにハッチの監視カメラの映像を表示させる。


「ソラ!」


 僕はモニターにいる彼女に向かって叫んだ。彼女はハッチのあと一歩踏み出せば空という縁にレギオンスーツを着て立っていた。


「ソラ特務? なぜあんなところに……。しかも何か持っている? おい誰か拡大鮮明化」

「はい!」


 エンゾの指示に従い、映像オペレーターはソラがESを変形させて抱えているドラム缶の様なものを拡大した。


「な、LW爆弾!」


 それは先の戦争での異星人の科学技術を取り入れて作られた、核爆弾以上の火力だが放射能汚染は全く起らないという代物だ。


 ソラの考えていることが数年ぶりにわかった気がした。


 絶対に起きて欲しくなかったことが起きている。そして僕が絶対にしてほしくなかったことを彼女がしようとしている。


「ヤツに飛び込んで自爆するつもりだ……」


 僕のそれを聞いた音声オペレーターがエンゾから指示を出されるより早く、ハッチへ無線を繋ぐ。そしてエンゾが無線越しにソラに話しかける。


「ソラ特務! 何をしている! そんなことをしてもヤツを殺せないことは君ならよくわかっているはず! 今すぐ戻れ! 君がいなきゃ、赤鬼は誰が操縦する? 日本は誰が守るんだ! 君がいなくなっては駄目なんだぞ!」


 ソラはカメラの方を向き、ニコっといつものあの笑顔を見せた。


「わかってます。でもこれをしなきゃ遠征中のヴセアは壊滅。日本を守るとかいう話じゃなくなっちゃいますよ」

「な……」

「明るい未来のためです」


 僕はその瞬間に操舵室を飛び出した。階段を一気に飛んで下りながら最下層にあるハッチへ向かう。


 勢い余って踊り場で一度こけてしまう。痛みなんてどうでもよかった。僕はとにかくハッチを目指して走った。


「ソラ!」


 ハッチへと続く扉を開く。


「ソラ!」


 ソラはまだそこにいた。大きなゾルダキル二機の間のその先に、ソラは立っていた。ソラも僕が来たことに気づき、首だけを動かし僕の方を見た。


「コウタロウ……」

「ソラ! 駄目だ! 戻ってくるんだ!」


 しかし、ソラは空の方へ向き直る。


「ごめんね」


 ソラは一歩踏み出し落ちていった。


「ソラああああ!」


 僕は走り出し、彼女を追いかける。そしてハッチの縁まで来たところで僕を追って来たソーヤ先輩とユージンに取り押さえられる。


「おい、お前がやめろコウタロウ!」

「嫌だ、嫌だ、ソラが!」

「いい加減にしろ!」


 ソーヤ先輩に頬を叩かれ、少しだけ冷静になる。


「お前は本当にヴセア隊員か? ヴセアに入ればいつだって死と隣り合わせ! そして誰かの死を今後につなげていくのが生き残った俺達の役目だろ! お前が今すべきことは何だ!」


 僕はゆっくりと下を見た。ソラがヤツに向かって滑空している。ヤツも触手で彼女を捕まえようとするが、誰にも真似できない機動力でそれらを避けていき、爆発した。あまりの眩しさに目を瞑る。そして爆風がここにまでやってきて、僕とソーヤ先輩とユージンはハッチの奥の方へ転がって行ってしまった。


 体を強く打ち、痛みが襲ってくる。しかし、涙は零れなかった。何も考えることが出来なかった。もう生きていける気がしなかった。


『目標活動停止! 今すぐ撤退! 撤退だ!』

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