第2話 エレメント

 二〇四七年冬。旧タイ国外遠征。


 たとえ研究課とはいえ、ほとんどの国外遠征には参加しなければならない。目的はフィールドワークと船医の仕事をするためだ。研究課は訓練学校在学時に一般的な生物分野や医療分野も履修するため遠征時は船医の仕事も務めなければならない。


 しかし、実際に救護室へやって来るのは船酔いの者くらいだ。それも一回の遠征に一人出るか出ないかの割合。


 国外遠征は空飛ぶ船・航空戦艦で艦隊を編成し行われる。各船に一人の船医がいるが、僕はまだ見習いのため、先輩船医の助手をしながらこの船・ロビンソン号に乗船しているのだ。


「お前もこの船に乗ってもう二年か。どうだ大分慣れたか?」


 と、先輩船医・和田ソーヤに尋ねられる。


「まあまあです」


 慣れたかどうかと言われると、慣れてはいないだろう。まだ二年だ。それに国外遠征に出れば嫌でも兵士の死を目にしなければならない。年々数は減ってきているとはいえ、国外遠征での殉職者はゼロではないのだ。皆それを覚悟してきているのだろうが、僕には怖くて仕方がない。研究課は戦闘に参加しないので危険は低い。しかし僕が心配しているのは戦闘課のソラだ。彼女はただ戦闘課なだけでなく、前線に出るゾルダキル・赤鬼のパイロットである。ゾルダキルは人類の最新科学技術の結晶と言われているが、それでも心配なものは心配だ。


 ソラは赤鬼パイロットに就任してから、前任以上の功績を出していた。エレメントの最短殲滅はもちろん、被害は最小。赤鬼が戦闘に参加すると、兵士の殉職率はとんでもなく下がる。最近は彼女がここに来るのは必然だったのではないかと思う。しかも、訓練学校に入ってから彼女が僕に涙を見せることがなくなった。本当に強くなり、随分と遠い所に行ってしまったように感じた。


 そんな彼女の事を考える度に、自分も頑張らなくてはと思えるのだ。


 その刹那、艦内にエレメント出現を知らせるサイレンが響き渡る。


『エレメント出現。総員各操舵室に集合せよ。繰り返す。エレメント出現。各操舵室に集合せよ』

「よし行くぞコウタロウ」

「はい!」


 ソーヤ先輩の後を追いながら、僕らは救護室を出た。操舵室に入ると、ほとんどのクルーが揃っていた。皆、長机を囲むようにして立っており、上座にエンゾ・デュモア艦長が仁王立ちをしている。


 ソーヤ先輩がそのエンゾ艦長を見る。


「今回のエレメントは?」


 確かに研究課としては一早く知りたいところである。殲滅後に死体からサンプルを取るのが楽しみという研究課クルーは多いはずだ。ソーヤ先輩はその一例だが、僕は例外だ。まったく興味がない。


「それが今回一番の問題だ」

「そんなやっかいな個体なんですか?」

「いや……」


 とエンゾは少し言葉を濁らせた。


「どうしたんです?」


 ソーヤ先輩がその先の言葉を促す。


「……種族が不明なんだ」

「っ、それはどういうことですか?」


 エレメントには種族という物がある。人間がエレメントの身体的特徴から区別したものだ。最も多く発見されているのが再生種。もともと再生速度が速いエレメントだが、この個体がその再生速度が通常の何倍も速い。次に多いのが飛翔種。その名の通り、空を自由に飛行できる。飛行機能がないゾルダキルにとって少々やっかいなエレメントだ。最後は最も発見例が少ないうえ、最も強力と言われる模倣種。自分が受けた攻撃をコピーし、自らの攻撃手段にできる。そして、今回のエレメントはどの例にも当てはまらないというのだ。


「つまり新種?」


 僕は思わず口にする。それにエンゾは首を振った。


「それはまだわからん。とりあえず、これも見てくれ」


 エンゾはがモニターのスイッチを入れると、今回のエレメントの姿が映し出された。一同に衝撃が走る。とんでもない大きさだった。体高は軽く四〇メートルはありそうだ。一般的なエレメントの約二倍。さらに多くのエレメントは人型や獣型なのだが、このエレメントはいずれにも当てはまらない奇妙な形をしていた。ウニのよう、という表現が一番近いかもしれない。真っ黒で無数のトゲを持っている。異形と呼ぶのがふさわしい。


「何だこれは……」

「目標は動かず鎮座したままだ。心原子(エレメントに致命傷を与えられる部分)が中央部に確認されていることはわかっているので、赤鬼と青鬼がグランデランチャーによる接触を行う。それまでは皆待機だ」


 胸騒ぎがした。相手は未曽有のエレメント。何が起きるかわからない。


 僕には頑張れソラと祈ることしかできなかった。


 やがて、モニターにグランデランチャーを持った二体の鬼、赤鬼と青鬼が姿を現した。何度見てもロボットには見えない容姿はやはり筋組織装甲のおかげだろう。人間の筋肉を忠実に再現した装甲で、従来の人型ロボットより耐久・機動力をぐんと上げた人類の英知の結晶だ。


 今、ソラはどんな気持ちだろうか。それを確認する術が僕にはない。無線はあるが下っ端の僕が私情で使っていいわけがない。


 これまでにないやる気で満ちているのか、不安を感じているのか。随分と変ってしまった彼女の心を察することが出来なくなった自分に嫌気がさす。


 そんなこと思っちゃだめだ。ソラならできる。今はただ見守ればいい。


『ランチャー発射十秒前、九、八、七、六、五、四、三、二、一』


 ゼロという声と共に、ランチャーから二つの閃光が放たれた。その光は綺麗な線を描いてエレメントに直進。モニター画面が真っ白になり、遅れてスピーカーが壊れるほどの爆音がやって来る。命中はしたはずだ。一発で仕留めたのだろうか?


 画面が暗くなり、砂煙が晴れる。


「!」


 赤鬼と青鬼が倒れていた。二体ともアイカメラは点灯しているということは起動不能状態にはなっていないようだ。


『赤鬼、青鬼応答せよ!』


 すぐに母船からの無線が赤鬼と青鬼へ飛ぶ。


『なんとか……』 

『ええ……私たちは問題ありません』


 と帰って来た。


 良かった。生きていた。僕は安堵の溜息を漏らす。


『しかし……』


 ソラの声はまだ聞こえていた。しかし? しかし何だと言うんだ。


『非常に危険です。赤鬼と青鬼が気を引いている隙に撤退を!』


 轟音と共に画面が揺れる。「何か」がコンクリートに叩きつけられると同時に赤鬼と青鬼は左右に回避する。


「何だ?」


 エンゾが無線でソラと青鬼に尋ねると、すぐに答えが返って来た。


『触手です! トゲが形を変形させている、ヤツの触手です!』


 徐々にモニターがエレメントの全貌を映し出す。なんと、あのウニの球体から数本の巨大かつとんでもない長さの触手が生えていた。


「ありえん! 質量保存の法則に反している!」


 エンゾが無線マイクを床に叩きつけた。そんなエンゾを副艦長が諫める。そしてソーヤ先輩は言った。


「エレメントはいつだって我々の常識が通用しない。だからこそ思考は柔軟にすべきです。ヤツはどんな形・大きさにもなれる。『異形種』とでもいいましょうか」


 母船にいる隊長が赤鬼と青鬼に無線を送った。


『ヤツがいかに危険かはわかった。しかし撤退するにも赤鬼と青鬼を置いていくわけにはいかない。ゾルダキルを失っては我々ヴセアの戦力はゼロに等しくなる。だからお前たちは戻れ』

『わかりました。それでは、赤鬼、青鬼でヤツの気を引いているので先に軽量級以下の船の撤退をお願いします! 私たちは艦隊より安全なゾルダキルの中にいるから大丈夫です! しかし、重中量級は撤退準備が整うまで援護をお願いします!』


 ソラは何を考えているんだと思った。危険すぎる。犠牲を出してでも、ゾルダキルは先に撤退すべきだ。こんな状況になってもまだ生存者をできるだけ増やそうとしている。


『わかった……。重中量級は砲撃で援護! それ以外は撤退!』


 隊列の後方にいた艦隊が方向転換をしていく。


 ヤツから一本新たに触手が伸びた。その先には軽量級のガリヴァー号があり、叩き落された。爆発が起き、不完全燃焼の朱色の炎が上がる。


「ガリヴァー号は攻撃をしていないのに! まさかヤツはこちらを皆殺しにする気か?」


 僕は自分で呟いて後悔した。なんてマイナス思考だ。もしそうだとしたら、これから援護に入る重中量級は真っ先にやられてしまうではないか。


「総員、レギオンスーツを着ておけ! 非戦闘員もだ!」 


 エンゾの指示に従い、僕らは各自室に戻りレギオンスーツを身に着けてから再び操舵室に集合した。このスーツを使わなくていいようにしたいのだが……。



「それではロビンソン号、一斉砲撃開始!」


 艦隊からの砲撃がヤツになされる中、ソラは自分の戦闘に集中をしていた。こういう実戦では他のクルーのことは信じて置き、自分とエレメントと戦うと決めている。


 正面からヤツの触手が飛んできた。回避運動ばかりしていては駄目だと、今度はその触手を両腕で掴む。赤鬼と両腕に備え付けられているアームチェーンソーで触手に傷を入れていく。すると、ヤツは痛がるように奇声を上げた。


「でかい体のくせにこのくらいで泣かないの!」


 赤鬼はそのままヤツの触手を切り落として見せた。


 しかしヤツは仕返しをするかのように母艦に触手を伸ばす。砲撃は全く効いてなかった。


「ちょっと! やり返すならこっちへしなさいよ!」


 重量級のポルトス号は叩き落され、ガリヴァー号のように爆発した。


 そしてさらに、もう一本の触手がコウタロウの乗るロビンソン号へ伸びていた。

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