第5話 東北地方はこんな感じ
「人はなぜ自ら命を断つのか……それは、命に意味を持つことを諦めたからだ。そうは思わないか?
生きていても意味がない、死んだことの方が意味がある。そう思うのではないか?」
「うーん、僕にはわかんないや!」
青森の哲学的な質問に対し、岩手はあっけらかんと答えた。
お寺の中で命について話す青森は、決して気が狂ったわけではない。これが平常運転だ。その難しい質問に対して軽いノリで答えた岩手も、これが普通なのである。
「青森ってすごいこと考えてるんだね! なんで? やっぱり昔お坊さんだったから?」
岩手は笛をいじりながら質問した。ぶかぶかの制服の端は、使い込まれているのか糸がほつれている。
「そうだな……それは、私が人間じゃないからだろう」
「僕も人間じゃないけど、そんな難しいこと考えたことないなー」
「友人の影響なんだ。岩手がおかしいわけではない」
青森はなぜか誇らし気に言った。
「なんでかわからないけど、青森すっごい変わったよねー!」
「もう何十年も前だろう。お前はそれしか言えないのか」
「昔があって今があるんだし、当然だと思うよー?」
「なるほど……昔を今と考えるか」
彼は岩手の言葉について、深く考え込んでしまった。
「僕、お仕事があるから早めにここを出るね! 元気そうでよかった!」
「心配してくれてありがとう。けど大丈夫だ、きちんとご飯は食べている」
「カップ麺ばっかりじゃない?」
「りんごも食べている」
「ならよかった! じゃあまた今度ね!」
岩手は青森のいるお寺から出て、空間をつかんで裂け目を作った。そして、その中に飛び込んで、中にある汽車に乗った。宇宙空間に漂う汽車には、何人かの人が乗っている。
すると、一人の少女が岩手の前に現れた。少女は少し悲しそうであったが、幸せそうでもあった。
「この鉄道に乗る人ですね?」
「んだ。切符たがいでぎだ」
秋田弁でそう答えた少女は、赤く染まった切符を岩手に渡した。岩手は切符を受け取り、少女を列車に乗せた。
「それでは運転再開します!」
岩手は遠くの銀河を目指し、汽車を走らせた。
花笠を被り、誰かを探しているツインテールの少女は山形である。彼女は福島を探していた。家を訪れたところ、不在だったのだ。
「福島ー!」
そう叫ぶがなかなか見つからない。普段は山形のことをかわいがっている福島は、山形に呼ばれたらすぐに駆け付けてくれるのだ。しかし、今日は違うようだ。
「どうしたんだろう……」
「福島ちゃんいない? 困ったね、こっちにもいねがったわ」
反対の道を探していた秋田が戻ってきた。秋田犬の嗅覚を使い福島のにおいを辿っていたが、最近の福島はにおいをよく消しているので、秋田は探すことができなかった。
「ねー! せっかく宮城が七夕の短冊の色を特別に先に選ばせてくれるのにー」
「私は何色でもえんだども、願いが叶いやすそうな色がえわ」
七夕では、秋田は毎年『秋田県の人口が増えますように』と願っている。全力で願っている。
「私赤がいいー! 赤い短冊を髪の毛に着けて、サクランボみたいにしたい!」
「山形は髪の毛染めだらねの?」
「福島が、私の髪の毛綺麗って言ってくれたから染めない!」
すると、空から福島を探していた宮城が戻ってきた。頭に乗せている短冊が揺れている。
「二人ともー! 福島見つかったよー!」
「わっ、ほんと!? どこにいたのー?」
「ジムで筋トレしてた」
福島は昔から何かと修行をしたり、筋力を鍛えたりしている。
「福島力持ちだもんね!」
「お米の収穫の時は秋田県民も助がってらよ」
「仕事柄、体は引ぎ締まってる方がかっこいいっつってだがらね」
そもそも人間よりも多少地位が高い都道府県が、働かないと食っていけない話もどうかと思うが。
「ほら、先に好ぎな色一個選んで。山形好ぎなの選んでいいよ」
「うん!」
山形は赤い短冊を手に持った。その短冊には『山形』と名前が記載された。
一方秋田は何色にするか悩みに悩み続けた。時々唸り声を上げるくらいだった。その数十分の間に、福島は自転車で急いでやってきた。
「ごめん遅れだ!」
「あ、福島来てくれたー!」
「ねえ聞いでけろ福島、秋田短冊の色決めるのにすごい悩んでるんだっちゃ?」
福島は宮城の冠と睨めっこする秋田に声をかけた。
「大丈夫か?」
「福島、どの色がえで思う?」
「私は赤が好き」
福島は山形と同じだが自分の肌の色とは少し違う、赤い短冊を手に取った。
「やった! 私とお揃いだー!」
「秋田も、三人でお揃いにする?」
「んだな、そうするべ!」
「ようやく決まったな、協力どうも! これがら青森ど岩手にも聞いでくる!」
「宮城もありがとー!」
宮城は空を飛び、さらに北へと向かって行った。
(なすてごうなった……)
宮城は正座をして青森の話を聞いていた。
「願いとはすなわち、欲望と同じである。人間はその欲望を叶えたい、いや、絶対に叶うはずだと安心する材料が欲しかった。
だから、そのような願い事をすれば願いが叶うという奇行に走ったのではないかね?」
「そ、そーだな、あはは……」
宮城は青森との関わりがあまりなかった。福島の方が無いだろうが、福島ならまだ正面から受け止めて、この哲学授業を考えていただろう。
「……ところで、このような催しは案外面白いと、私含めた我々化身も感じる訳だ。なぜ人間はそのような楽しみを、何百年と続けていけたのだろう……おい、聞いているのか」
「お、おう! 聞いてるよ! 時間は時計だっちゃな!」
「違うのだが……まあいい、時間という概念は実に興味深い。しかし、時計というのは少しばかり違わないか? 時計は時間を細かく刻んで表している媒体にすぎない。
私は今まで時間は今まさに、この瞬間のみのことを表すと考えていたが、岩手が言うには今は昔と関係していて……」
そのような難しい話が延々と続く。宮城は死にそうになった。
すると、これまた突然岩手がやってきた。
「青森ー!」
「なんだ、お前か。今日二回目だぞ」
「いや、乗客の一人に青森県出身の人がいたんだ! 昔の青森にそっくりで……」
「ほう……」
宮城は岩手に感謝した。ようやく話を戻せる。
「岩手もちょうどいいところに! 今、七夕の短冊の色決めでもらうべど思ってさ!」
「え、早くない?」
「毎年色決める時間がねぁーがら、東北だげ先さ決めでもらおうって思ってさ」
青森は話すのを中断し、短冊の色を決め始めた。
「うーん、これ全部の色使える?」
「ぜ、全部? 考えだごどねがったな……」
「まあ赤が好きだから赤にするんだけどね!」
「なら私も赤にしよう」
「お前らもかい」
宮城は先ほどの三人を思い出しながらそう言った。
「赤い色に意味はあるのか」
「赤は火の意味があるよ! あど、ご先祖様や親さ感謝する気持ぢ表すみでえ」
「赤色がいいけど僕らに親はいないね。誰に感謝すればいいんだろう」
「なら私に感謝しろ」
青森はドヤ顔でそう言った。
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