四年後

エピローグ

 目覚まし時計がうるさく鳴る。半分眠りながら、音を止めた。


「ふわぁ……」


 あくびをしながらふかふかのベッドからおりる。大きく伸びをしてから、すぐにリビングに向かうとそこには姉さんがいた。


「おはよう。千鶴」

「おはよう。今日も下手だねぇ……」


 今日は姉さんの番だから、机にはいびつな朝食が並んでいた。まぁ私も上手には作れないんだけどね。桜さんの手料理が恋しい。


「ちょっと。今日はせっかく元大女優の私が作ってあげたのに、その言い草はないでしょ?」


 姉さんは不満そうに頬を膨らませている。


「感謝はしてるよ。慣れないなりに頑張ってくれてるからさ。でもそれにしたって、不器用すぎるでしょ。もう二年だよ? 姉さん。料理以外は完璧なのにもったいないよねぇ」

「……早く食べなよ。あと、いい加減「姉さん」じゃなくてお姉ちゃんって呼んでよ」

 

 私は顔をしかめて首を横に振る。


「いやだよ。なんか気持ち悪いし……」

「お姉ちゃん、悲しいよ……」


 流石元女優なだけあって、演技力が高い。目をうるうるさせて私をみつめている。私はため息をついて、ぼそりと告げた。


「……お姉ちゃん」


 その瞬間、姉さんは目を輝かせた。私は顔を熱くしながら、もう一度ため息をつく。


「これで満足?」

「うんうん! 満足だよ! 大満足! これからはずっとお姉ちゃんって呼んでね!」


 やれやれと苦笑いしながら朝食を食べ終えると、仕事にいく時間がやって来た。私が身支度を整えて玄関に向かうと、姉さんは不満そうにしている。


「別に働かなくたっていいのに。お金ならたんまりあるんだから」


 姉さんは俗にいうニートだ。大女優として稼いだお金を株式投資などに回しているらしいから、一般的なニートとは違うらしいけれど、それでもなんだかなぁと思う。


「姉さん、最近太って来たんじゃないの? ちょっとくらい運動したほうがいいよ。仕事したら適度にカロリー消費できてスタイルも維持できるんだから。働けばいいのに」

「嫌です! お姉ちゃんは千鶴と一緒にいる時間がたくさん欲しいんです! 千鶴イズプライスレスなんです!」


 まぁそんな意味わからないこと言う姉さんにも恋人がいるらしいけれどね。この間会ったのだけど、可愛い女性で結構有名な女優さんだった。姉さん、見てくれだけはとんでもなく良いもんね。普段は怠け者だけれど……。


 まぁでも女優として活動していたおかげでその人と巡り合えたのだから、姉さんの女優業も幸せのためには必要なことだったのだろうなと思う。


「それじゃあいってきます」

「いってらっしゃい。早く帰って来てね!」

「はいはい」

 

 そうして私は姉さん所有の大きな家を出た。青空が綺麗で、思わず深呼吸をする。しばらく歩くと桜並木にやって来た。桜の花びらが舞い散るその下を歩いていると、桜さんのことを思い出す。


 桜さんは私たちの家の近くの大学に入学したらしく、今日の夕方ごろから家にやってくるのだそう。この四年間、連絡は欠かしていないけれどやっぱりまた同じ家で過ごせるとなるととても楽しみだ。


 私は軽くスキップをしながら、会社に向かった。



 仕事を終える頃になると、夕方になっていた。くたくたに疲れ切った体を引きずりながら、帰路につく。仕事をするのは辛いけれど、でも仕事をするからこそ、幸せを幸せだと感じられるのだろうなと思う。


 不幸は忌み嫌われるけれど、それなしに人の人生は成り立たない。昔の私は不幸一色の自分を嫌っていた。けれど今は、過去のことも肯定できるのだ。


 家に帰るとチャイムを鳴らす。姉さんの運動不足を少しでもましにするための習慣だ。だけど扉を開いたのは、見慣れた可愛らしい姿。初めて出会ったときと少しも変わっていない桜さんだった。


「おかえりなさい。千鶴さん!」


 そのニコニコ笑顔に、私はキスをした。すると桜さんはあわあわと慌てている。


「ちょ、ちょっと。いきなり情熱的過ぎませんかっ……?」

「……嫌だった?」


 私が不安そうな声をあげると、桜さんはぶんぶんと顔を横に振る。


「嫌なわけないですよ! 嬉しいです!」


 そうして今度は桜さんが私にキスをした。


 お互い顔を真っ赤にしていると、玄関の奥からにやにやとした表情の姉さんが覗き込んでくる。私が軽く睨みつけると「お姉ちゃんにもちゅーしてよ」と目を閉じた。


 桜さんは不満そうに私を睨みつけている。


 な、なんで私を睨むの……。


「私、姉妹百合は好きですけど、流石に浮気は許しませんからね?」

「そ、そんなことしないよ。姉さんには彼女いるし」

「姉妹でのちゅーは別腹だよ?」


 なんて馬鹿なこと言うものだから、私は姉さんのほっぺを両手で挟んでタコみたいな口にした。流石の大女優フェイスでも面白い顔になっている。くすりと笑うと、姉さんは不満そうに私のほっぺを挟んできた。


 突然現れた二匹のタコに桜さんは笑いをこらえきれないみたいだ。


「こんな幸せな毎日がこれからは当たり前になるなんて、なんだか夢みたいです」

「夢じゃないよ」


 桜さんも辛い過去を送ってきた。けれどだからこそ、今の幸せを誰よりも幸せだと思えるのだ。どんなに辛い過去だって、いらない過去なんてない。


 私は桜さんと恋人つなぎをして、リビングに向かう。姉さんも物欲しそうな目をしていたから、仕方なく繋いであげる。


「そういえば今桜さんって何歳?」

「十八歳です」


「おお。若いねぇ」と姉さんが笑う。でも正直、姉さんも十代後半くらいに見えるけどね。もうアラサーなのに、流石元女優だ。


「そういえば、桜さんって寿命はあるけれど年は取らないんだよね」

「……まぁ、神様が言うにはそうみたいですね。魔法少女をやめさせてほしい、と願うべきだったかもしれません。私、千鶴さんと一緒に老いていきたかったのですが……」


 桜さんは悲しそうにうつむいている。


 でも私は確信している。私たちの関係は、どれほど見た目の年齢が離れてしまったとしても、途切れることはないと。


 だから私はぎゅっと桜さんを抱きしめる。


「大丈夫だよ。私は人目とか気にしないし、いつかお祖母ちゃんと孫みたいになっちゃうのかもしれないけれど、それでも桜さんが私を好きでいてくれるのなら、それでいいんだ」


 私が微笑むと、桜さんは嬉しそうに私にキスをした。


 ニヤニヤと姉さんが見つめてきている。私は顔を赤くして、姉さんを睨みつけた。


「見ないでよ。姉さんは他の部屋行ってて」

「はいはい。どうぞ好きなだけいちゃいちゃしてくださいね。二人とも」


 なんて笑いながら、姉さんは自室に消えていった。


 私はまた桜さんにキスをした。何度も何度も唇を触れ合わせて、終わらない幸せを味わう。とろんとした表情で桜さんが笑った。


「大学を卒業したら、すぐに結婚しましょうね」

「待ち遠しいよ。桜さんが私のお嫁さんになるなんて」

「千鶴さんも私のお嫁さんです」


 くすくすと笑い合ってから、二人で夕食の準備をする。そうしていると匂いに誘われてきたのか、姉さんが戻ってきた。桜さんの手際の良さに目をまん丸にして驚いている。


「おぉ。凄いね。桜さん。私のお嫁さんに欲しいくらいだよ」

「ちょっと。姉さん?」


 私が睨みつけると姉さんは「冗談だよ」と笑っていた。桜さんも「申し訳ないですけど、私が好きな人は千鶴さんだけなので」とぺこりと頭をさげていた。


 料理ができると、三人で笑い合いながら食事をとる。


 今は特別なこの瞬間だって、やがては当たり前になっていくのだろう。でもきっと幸せだけは色あせない。そんなことをしみじみと思いながら、私は姉さんと桜さんに笑顔を向けるのだった。


 おわり


〇 〇 〇 〇


 ここまで読んでいただきありがとうございました。本編はこれで終わりです。あとは番外編として二人がいちゃいちゃするだけの話を四話投稿して完結です。

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