第35話 再会

「ただいま。千鶴さん」


 夜の十時過ぎ、玄関の扉が開いて桜さんが帰ってきた。魔法少女の格好をしているけれど、ドレスはボロボロで肌だって傷だらけだ。きっと厳しい戦いだったのだろう。でも桜さんは私を選んでくれた。私のために頑張ってくれた。


 ぎゅっとその小さな体を抱きしめる。


「会いたかった。会いたかったよ……」


 ずっと我慢していた涙をあふれさせると、桜さんは微笑んだ。


「もう。大げさなんですから」

「大げさなんかじゃないよ。私、わたしっ……」


 涙が止まらない。年上としてだめだって分かってるのに、甘えるみたいに桜さんの胸元に顔をうずめてしまうのだ。もう二度と、こんな目には会いたくない。桜さんと離れたくなんてない。


「桜さんっ。これからは私とずっと一緒にいてっ」

「ずっと一緒ですよ」


 私の頭をよしよしと撫でてくれる桜さんの声は、どこか寂しそうだった。理由なんて分かってる。お母さんではなく、私を優先したせいだ。


「傷が治ったら、一緒にお風呂入ろうね?」

「……もう。千鶴さんはえっちなんですから」


 私をぎゅーっと抱きしめてくれる桜さん。でもやっぱりその仕草はどこかぎこちない。そんな桜さんのために私ができることは、なんだろう。考えてみて思い浮かぶのは、たった一つ。いつも通りの態度を取ることだけだった。


 私と桜さんは恋人つなぎをしてリビングに向かった。手を繋いでテレビを見る。ちらりと桜さんの方をみると、視線が合う。気付けば私たちは唇を触れ合わせていた。


 目を閉じて桜さんの温もりを味わう。一度は失ってしまった温かさだ。もう二度と失いたくなんてない温もりだ。確かめるように何度も何度も唇を触れ合わせる。


「千鶴さん。幸せですか?」

「幸せだよっ」


 桜さんがそばにいてくれるだけで幸せだ。心がぽかぽかしてくる。


「桜さんも幸せ?」

「……幸せですよ」


 私たちはぎゅっと抱きしめ合う。きっと桜さんは落ち込んでる。私にして欲しいことがあるのなら、何でも聞いてあげたい。


「桜さん。なにか私にして欲しいこととかない?」

「……して欲しいことですか?」

「なんでもいいよ」


 桜さんは顎に手を当てて考え込んでいた。じっと横顔をみつめていると、桜さんは困ったような顔をして「お風呂入ってる間に考えます」と笑った。


 魔法少女は傷が治るのが早いから、桜さんはもう白くて綺麗な肌になっている。


「お風呂、そろそろ一緒に入ろっか」

「……そうですね。というか、本気で一緒に入るつもりなんですか?」


 桜さんがじとーっとした目でみつめてくる。


「昨日のこと覚えてないの? 我慢できません! って桜さんが突撃して来たのに」

「……だって昨日は」


 どうしてか言い淀む桜さん。


「昨日はえっちな気分だった?」


 問いかけると桜さんは顔を真っ赤にする。


「そ、そんなわけないです! いや、そんなわけないことないんですけど……。千鶴さんはとっても魅力的ですから、そばにいるだけでえっちな気持ちになるのは事実ですけど……」


 さりげなく恥ずかしいことをつげる桜さん。私はぎゅーっと桜さんを抱きしめる。


「こうしてそばにいたら、もっとえっちな気分になってくれる?」

「……はい」


 耳の先まで赤くしながら、桜さんは頷いた。


「それじゃあ一緒にお風呂いこっか」

「は、はいっ……」


 私が桜さんと一緒にお風呂に入りたいのは、目を離したくないからなのだ。もう消えることはないって分かってる。それでも今朝のことを思い出すと、どうしようもなく不安になってしまう。


 脱衣所に向かうと、桜さんはじーっと私をみつめてきた。服装は相変わらずひらひらの魔法少女姿だ。小さな女の子たちの夢と希望が詰まったその格好で性欲をむき出しにされると、なんだか興奮する。


 って、私は何を考えているんだ。首を横に振ってから心を無にして、服を脱ぐ。下着姿になると桜さんはますます私を凝視してきた。そのせいで全身が熱い。


「……別に好きなだけみればいいとは思うんだけど、桜さんは服、脱がないの?」

「あっ。ご、ごめんなさい。思わず見惚れてました」


 ロリコンさん、と私を蔑んでいた頃が遠い昔のようだ。今の桜さんは私にデレデレで砂糖よりも甘い。そうだよね。……お母さんより、私を優先するくらいだもんね。


 どんな手段を尽くしてでも、絶対に幸せにしてあげないと。


 もじもじと恥ずかしがりながら変身を解いて、服を脱いでいく桜さん。どうやら魔法少女のドレスは脱げないみたいだ。相変わらず桜さんはぺったんこだけれど、そのぺったんこさにすら私は魅入られている。


 桜さんの全てが好きだな、と思った。


 

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