第33話 膨れ上がる罪悪感
「豊岡お姉さん……?」
私が振り返ると豊岡お姉さんは慌てて駆け寄ってきました。そして何も言わず、抱きしめてくれました。でも豊岡お姉さんの体は同じ魔法少女だからか、千鶴さんと違って冷たくてなんだか落ち着きませんでした。
「千鶴ちゃん、桜ちゃんのこと見えなくなっちゃったんだね?」
「……はい」
私は涙声で伝えます。すると豊岡お姉さんはなおさらぎゅっと強く、私を抱きしめてくれました。私は豊岡お姉さんの恋敵だというのに、本当にいい人です。
「だから私、でも……」
感情が揺れ過ぎて、上手く言葉が出てきません。それでも豊岡お姉さんは私が落ち着くのをじっと待ってくれているみたいでした。優しく背中を撫でてくれます。
「私っ、お母さんを生き返らせるために頑張ってた。でも、千鶴さんのこと大切で。そんな自分が、気持ち悪くてっ。これまでずっとよくしてもらえたのに、お母さん見捨てるとかあり得ないって思ってっ」
「大丈夫。私も分かるよ。その気持ち。桜ちゃんは一人じゃない」
豊岡お姉さんの声を聞くと、少しですが心が楽になりました。
「……私、どうすればいいんでしょう? 神様になにを願えばいいんでしょうか」
私が涙をぬぐいながら問いかけると、豊岡お姉さんは慈しむような笑顔でつげます。
「私からは何を願えばいいのかなんて、アドバイスはできない。それは桜ちゃんが考えることだから。でも一言言わせてもらうとね。自分の幸せを優先するってのは悪いことじゃないよ」
「……でも」
脳裏にはお母さんの笑顔が浮かびます。女手一つで私を育ててくれたお母さん。疲れているはずなのに休みの日は私を遊びに連れて行ってくれるお母さん。千鶴さんを選ぶということは、それを全て裏切るということなのです。
ですが。
「桜さん! 桜さん! すぐに不幸になるから戻ってきて! いなくならないで!」
千鶴さんの、その涙に染まった声を聞いた瞬間、私の心に強い覚悟が芽生えていきます。例え私が罪悪感でぐちゃぐちゃになってしまったとしても、千鶴さんを不幸にするわけにはいきません。
「豊岡お姉さん。私は千鶴さんを選びます」
「……それで幸せになれそう?」
「たぶん、どっちを選んでも私は幸せになれないと思います。それなら私は千鶴さんを選びます。千鶴さんを幸せにします」
私が真剣な声でそう告げると、豊岡お姉さんは私を優しい笑顔で撫でてくれました。
「よく頑張ったね。偉いよ」
まるで子供を褒めるような口調に、私は思わず微笑みます。きっと豊岡お姉さんからすると、私はただの子供なのでしょう。そんな私を好きになるなんて、本当に、千鶴さんはロリコンさんです。
「……本当に千鶴ちゃんのことが好きなんだね」
豊岡さんは優しく笑います。
「はい。大好きです」
私は涙を拭って笑顔を浮かべます。そして豊岡お姉さんに頼みます。
「千鶴さんにこう伝えてください。『今夜、私は願いをかなえます。千鶴さんを幸せにしてみせます』と」
「分かった。そう伝えるね」
豊岡お姉さんは微笑んで、千鶴さんに声をかけました。私は千鶴さん達に背を向けて、私が自殺したあの橋に向かいます。強い風がごうごうと吹きすさぶ場所です。夜になれば怖い場所でもあります。
ここで私と千鶴さんは出会ったのです。一人で佇んでいると、思い出すことはたくさんあります。千鶴さんと過ごした毎日は幸せでした。迷いがないと言えば嘘になりますが、それでも私は千鶴さんを選んだのです。
お母さんを見捨てたのです。
そのせいでしょうか。声が震えます。言葉が無意識に零れ落ちていきます。
「ごめんなさい。裏切ってごめんなさい。お母さん。私、一生苦しむつもりです。絶対に幸せになんてなりません。だからどうか親不孝な私を許してください。……許してください」
涙をこぼしながら、たった一人でそうつぶやくのでした。
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