第27話 どんな手段を使ってでも
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい! 千鶴さん!」
桜さんは楽しそうだ。その笑顔に誘われて、私も微笑みながら玄関の扉を開く。すると相変わらずのからっとした青空が広がっている。でも遠くにはもくもくとした入道雲がみえているから、もしかすると急な雨が降るかもしれない。
「大丈夫です。折り畳み傘持ってますから」
まるで私の心を読んだみたいに桜さんが笑う。私は「ありがとう」と頷いて階段を降りた。自転車置き場で自転車にまたがると、桜さんがいつも通りぎゅっと後ろからお腹に手を回してきた。
大学に近づくにつれて人通りが多くなるから、私たちは自転車を降りて歩いていく。自転車置き場に自転車を置いてから、講義を受けに行く。教室には豊岡さんがいた。
「こんにちは豊岡さん」
「あっ。千鶴ちゃん!」
豊岡さんはとても嬉しそうに私に抱き着いてきた。その大きめの胸がぎゅうぎゅうと押し付けられて、ちょっと恥ずかしい。桜さんがほっぺを膨らませているから慌てて離れようとするけれど、豊岡さんの力が強くて離れられなかった。
「どうだった? 舞台。面白かった?」
「は、はい。面白かったですよ。桜さんなんて感動して涙流してたもん。ね?」
問いかけると桜さんは「その通りですけど、いい加減千鶴さんから離れてもらえませんか?」と豊岡さんをみつめている。
「あっ。ごめんね。千鶴ちゃんを見ると抱きしめたくなっちゃうんだ」
「千鶴さんも千鶴さんですよ。浮気とか許しませんからね?」
「そんなのしないよ。私が好きなのは桜さんだけだから」
そう告げると豊岡さんは「きゃー」と笑っている。
「遂に二人は付き合ったんだね?」
「そ、その通りです。千鶴さんは私の彼女です!」
桜さんは顔を赤くしながらも、背筋を伸ばして堂々としている。
「でもお母さんを甦らせるのは諦めたんだね」
豊岡さんは寂しそうな声でそんなことを口にする。だから私は即座に否定した。
「そうじゃないですよ」
「えっ?」
豊岡さんは不思議そうに首をかしげている。
「そもそも私が幸せを感じない。それだけで丸く収まる話じゃないですか」
私は当たり前のことを言い放った。それでも豊岡さんは不安そうな表情を浮かべるばかりだった
「そんなこと、本当に可能なの?」
その言葉を聞いて、桜さんまで不安そうにしている。豊岡さんは私がどういう人生を送って来たか知らない。桜さんだって知らない。だから疑問を抱くのだろう。
でもだからって私の過去を伝えるわけにはいかない。
「大丈夫です。絶対に幸せになんてならないですから」
「でも、もしも幸せになっちゃったらどうするの? だって好きな人と一緒にいるんだよ? 幸せにならないほうがおかしいよ」
もしも豊岡さんの言う通り私が桜さんを本当に好きになって、万が一にも幸せを思い出してしまったら、どうするべきなのだろう。いや、考えるまでもないか。
「そのときは、どんな手段を使ってでも不幸になります。だから心配してもらわなくても大丈夫です。私は絶対に桜さんのそばを離れないので」
真剣な表情でつげた。豊岡さんは複雑そうな表情をしていた。桜さんはその表情に喜びを足したような、何とも言えない顔をしている。だけどすぐに暗い表情に変わってしまって。
「桜ちゃん。本人はこんなこと言ってるけどね、千鶴ちゃんのことを思うのなら、よく考えた方がいいと思うよ?」
豊岡さんのその言葉に、小さく頷いていた。
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