第25話 抱きしめてもらいたい魔法少女
桜さんは私の灰色のパジャマを着て脱衣所から出てきた。相変わらずパジャマが大きいせいで萌え袖になっていて、ちょこんと指先だけが出ている。可愛い。
私が立ち上がってお風呂に向かおうとすると、桜さんはじっと私をみつめてくる。もしかして、桜さんの残り湯で私が何かしないか心配しているのだろうか……? 流石にそこまで変態じゃないよ? というかそもそも変態じゃない。
「大丈夫だよ。ちゃんとお湯は入れ替えるから」
すると桜さんは私の袖をぎゅっと掴んだ。
「……入れ替えて欲しくないです」
「えっ」
桜さんは顔を真っ赤にしながらつげる。えっ。なに、その反応。むしろ桜さんの残り湯で積極的に何かして欲しいとか……?
「だって水道代かかりますから」
「……そ、そうだよね」
私としたことが、なにやら桜さんがいやらしいことを考えているのではないかと勘違いしてしまっていた。そんなわけないよね。思い込むのはよくない。なんだか今日の桜さんはえっち度があがってるような気がするけれど、脳内全てがピンク色というわけではないのだ。
というか私だって結構やばくなってる感じがある。ちゃんと律しないと。いくら可愛い女の子と同じ屋根の下で暮らしているからって、そういうことを考えるのはよくない。相手が中学生ならなおさらだ。
私は深呼吸をしてからお風呂に向かった。
脱衣所で服を脱ぐとひどい火傷の痕が鏡に映る。桜さんの裸、綺麗だったな。
出来るだけ鏡を見ないようにして湯船につかった。
特になにごともなくお風呂を上がる。髪の毛を乾かしたりしてからリビングに向かうと、桜さんがじっと私をみつめてくる。私も桜さんとお揃いの灰色のパジャマだ。
「千鶴さんにはもっと可愛いパジャマが似合うと思うんですけど、それしかないんですか?」
桜さんは不満そうにしている。
「パジャマだからね。誰かにみられたりするわけでもないし、デザインにはこだわってないというか」
するとますます桜さんはむすっとした。
「私がいるじゃないですか。もう千鶴さんは一人じゃないんですよ?」
ぷんぷんと腰に手を当てて怒っている。
「……それなら大学やバイトがない日にでも買いに行く? また一週間後になると思うけど、それでよければ桜さんのも買いに行こうよ」
「行きましょう!」
桜さんはニコニコ笑顔だ。そんなに楽しみなのだろうか。一般的には好きな人とならどこに行くのも楽しく感じる人は多いみたいだし、桜さんは私を好きでいてくれているのだろう。
でも私はまだ桜さんを恋愛的に好きになれてはいない。性欲はあるけれど、それと恋愛感情は違う。ずっと一人だったから、恋愛感情がいまいちよく分からないのだ。ぽっかりと胸に空いた穴を一方通行の風が吹き抜けていく。そんな感覚だった。
「それで、千鶴さんへのお願いなのですが……」
むっ。覚えていたのか。まぁ都合よく忘れてはくれないよね。なんでもする、なんて約束してしまったのだから。果たして何を求められるのだろう。私は桜さんをみつめて身構える。
でも意外なことに桜さんは肩をすくめて、どこか心もとなげにしている。
「……覚えてますか? 豊岡お姉さんに舞台のチケットをもらったときに「豊岡お姉さんのお願いを聞く」って約束をしたの。そのお願いを聞かないようにしてください。私、千鶴さんに他の人とキスして欲しくないです……」
桜さんは私の手を両手でぎゅっと握りしめた。
そういえば豊岡さんは桜さんに妙な忠告をしてたね。早めにキスしておいた方がいいとか何とか。そのせいで桜さんは不安に思っていたのだろう。でもそんな不安はいらない。いくらお願いされたからって、桜さんと付き合っているのだからキスなんてしないよ。
「お願いされなくても、しないから大丈夫だよ?」
「……本当ですか?」
「うん」
私が微笑むと桜さんは嬉しそうに私に抱き着いてきた。そして上目遣いで「だったら他のお願いを考えないとですね」と微笑んでいる。
いったい私は何をされてしまうのだろう。そんな風に不安に思っていた私だけれど、就寝間際になって告げられた桜さんのお願いは意外なものだった。
「こ、今度は私が千鶴さんを抱きしめるのではなくて、千鶴さんが私を抱きしめて眠ってくれませんかっ?」
寝室。桜さんはベッドの上に寝転がって、顔を真っ赤にしていた。隣で横になる私に対して両腕を伸ばして、抱きしめられる準備をしている。
「えっ。そんなことでいいの?」
「どんなこと願われるって思ってたんですか……? 千鶴さんはえっちなんですね」
じとーっと見つめてくる桜さん。図星だった私は顔を熱くしながら視線をよそに向けた。そのままでいるのも気まずいから、桜さんの背中にそっと腕を回して、抱き寄せる。すると間近に桜さんの顔がやってくる。赤らんだ頬に長いまつげ。ゆらゆらと揺れている黒い瞳。そして可愛いちっちゃな唇。
桜さんは本当に可愛い。
私は微笑んでから目を閉じる。それにしても今日は疲れた。自転車にあんなに乗ったのは久しぶりだ。全身が疲労しているから、思ったよりも睡魔が早くやって来る。
「おやすみ。桜さん」
そう告げると、私の意識はあっという間に闇に飲まれていく。でもその寸前、唇になにか柔らかなものが触れる感覚があった。
なんだろ? なんて薄れていく意識の中で考えてみるけれど答えは出なくて。
「おやすみなさい。千鶴さん」
その優しい声に私はまどろみに飲まれていくのだった。
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