魔法少女とのデート
第19話 初めてのキス
「わぁ。ここがカラオケですか……!」
桜さんは薄暗いカラオケルームに入ると、興味深そうに見渡していた。
「クラスの人たちがたまに話してたんですよね。私は毎回断ってばかりだったので、次第に誘われなくなりましたけど」
桜さんは母子家庭だ。きっと桜さんのことだからお金の無駄遣いはできないとか、自分だけ楽しむわけにはいかないとか考えていたのだろう。
「今日はたくさん楽しもうね。桜さん」
「……はい!」
私はとりあえず飲み物を頼んでから、タッチパネルをみつめる。
何を歌おうか。私も友達なんていなかったし、カラオケになんて来たことはほとんどないのだ。とりあえず机の上のタッチパネルで操作するってことは分かるんだけど、持ち歌なんてものはない。
悩んでいると私の隣に座った桜さんがタッチパネルを触った。
桜さんは子供向けアニメの主題歌を入れた。桜さんは結構大人びてる雰囲気だから、意外だと思う。みつめていると、桜さんは「なにか文句でも?」と恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「お母さんが仕事から帰ってくるのは夜遅くだったので、それまで一人でアニメをみて過ごしてたんです。そしたらハマってしまって」
「そっか」
桜さんは料理とか掃除とかできるし、私よりもずっと大人みたいだって思ってた。そんな桜さんに子供らしい趣味があるのは良いことだ。だけど、その趣味の理由だってどことなく仄暗くて。
私は明るいポップな曲を歌う桜さんをみつめる。
神様は幸せを義務にしているらしいけれど、神様自身はそのために何かしらの努力はしているのだろうか? 義務だけを押し付けるのはなんだか気にくわない。
車に轢かれそうになって、お母さんに庇われて、きっと桜さんは私には想像もできないほどの罪悪感を感じているはずなのだ。そのせいで自ら命を絶って、魔法少女になってしまったのだ。ほとんどの人からみえなくなってしまったのだ。
それでも桜さんは私の隣で幸せになろうと努力している。私なんかに恋をして、私なんかとデートをしてくれて、私なんかを大切に思ってくれてる。
「千鶴さん! 次は千鶴さんが歌ってください!」
「……あ、うん。そうだね。なに歌おっかな」
私は口元を緩めて、タッチパネルを触る。一番記憶に残っている曲といえば、最近見た魔法少女のアニメの主題歌だ。私はそれをタッチしてマイクを手にする。
その歌は幸せを願う少女たちの歌だった。それを幸せの分からない私が歌うのはなんだか皮肉だけれど、桜さんはキラキラと期待する視線を私に向けてきている。
歌はそんなに下手じゃない。むしろ音楽の授業のときとか、名指しで褒められていたくらいだ。画面には誰かの幸せのために戦う魔法少女たちの映像が流れている。
幸せになることが良いことだとされるこの世界で、私は幸せの感じ方を忘れてしまった。両親に浴びせられた罵倒。そして体に癒えない傷として残ってしまった熱湯の痕。孤独な学校生活。
でもそのおかげで桜さんを知覚できるのだ。もしも私が普通に幸せを感じられる人間なら、もうとっくに桜さんと会えなくなっていたことだろう。
「千鶴さんって、歌、上手なんですね!」
「桜さんだって上手だったよ。可愛い声だからずっと聞いてたいくらいだよ」
桜さんはもじもじとしながら私をじとーっとした目でみつめてくる。
「やっぱりロリコンさんは幼い感じの声が好きなんですね。一応聞きますけど、豊岡さんと私の声、どっちが好きですか?」
なんて問いかけてくるものだから、私は答える。
「豊岡さんは清楚って感じの大人びた声だよね。でも桜さんはちょっと幼い感じで、それが儚げだから私は好きだよ」
よしよしと桜さんの頭を撫でてあげた。すると桜さんは甘えるように頭を手のひらに押し付けてくる。猫みたいで可愛い。
そのままの姿勢で、桜さんは上目遣いでみつめてくる。
「千鶴さんは、今、幸せですか?」
桜さんだって分かってるはずなのに、どうしてそんなことを聞いてくるのだろう。桜さんを知覚できるってことは、私はまだ不幸のままなのだ。
私が言い淀んでいると、桜さんは切なげな笑みを浮かべた。
「本来、喜ぶべきことのはずなんです。好きな人と一緒にいられるって。でもその好きな人が幸せを感じていない。それはやっぱり悲しいです。例え幸せを感じた瞬間に離れ離れになってしまうのだとしても」
そして桜さんは私の腕を押しのけて、ぎゅっと私に抱き着いてきた。
私は笑って桜さんを抱きしめ返した。
「桜さんが幸せなら、私は満足だよ」
「……でも、私は」
桜さんはとても寂しそうに眉をひそめている。桜さんの気持ちは分かるけれど、私は桜さんに幸せになってもらいたいと思ってる。だから私のことなんて心配して欲しくないのだ。
「桜さん。キス、しよっか」
「……えっ?」
桜さんは顔を真っ赤にして、私をみつめている。
「ロリコンさん。だ、だめですよ。警察に捕まっちゃいますよ? それに……」
私は余計なことをつげる唇を、無言で塞いだ。
桜さんは目を見開いていたけれど、すぐに顔を真っ赤にしてとろんとした表情になる。私は死ぬまで幸せになんてなれなくていい。それでも桜さんには幸せになって欲しいと思う。
だから桜さん。
「私のことは気にしないで」
唇を離して、私は微笑んだ。
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