大女優な姉さんとの顔合わせ

第17話 通報されるかもしれない女子大学生

 自転車をこいでいると桜さんが意外そうな声をあげた。


「千鶴さんって意外と体力ありますよね」

「まぁ高校のときは片道40分を毎日自転車で走ってたからね」

「もしかして、桜さんって足がムキムキですか?」


 なぜか目をキラキラさせている桜さん。乙女にムキムキはひどいよ、とは思うものの否定はできない。多分、同年代の女子よりかはムキムキだと思う。


「桜さんよりは引き締まってると思うよ」

「なっ。私がぷにぷにみたいな言い方しないでくださいよ!」

「ぷにぷに、可愛いと思うけどなぁ」

「……千鶴さんのばか。なんでも褒めればいいってものじゃないんですよ?」


 そう言いながらも、桜さんは嬉しそうに背中にすりすりと頬ずりしてきた。


 たわいもない話をしながら自転車で走っていたけれど、市街地に入って人が多くなると桜さんは自ずと口を閉ざしていた。私は桜さんに抱きしめられたまま、カフェの近くの自転車置き場に自転車を止めた。


 桜さんはとても緊張しているようで、歩き方がぎこちない。まぁ仕方ないよね。有名人だもんね。姉さんは。


 カフェは洋風のおしゃれな外装をしていた。扉を開くと鈴が鳴って、店員さんがやって来る。


「おひとりですか?」

「いえ、先に知り合いが来ているので……」

「そうですか。でしたら後でご注文を伺いに参りますね」


 にこやかな笑顔で店員さんは仕事に戻っていった。


 店内を歩いて姉さんを探すと、すぐに見つかった。まぁ帽子にサングラスにマスクだからね……。姉さんも私をすぐにみつけたみたいで、マスクをずらして笑顔で手招きしていた。


 近づくと立ち上がってぎゅっと抱きしめてくる。かと思うと、頬にキスをしてきた。


「なっ……」


 桜さんがおろおろしているのが視界の端で見えた。


「ちょ、ちょっと。千鶴さん。どういうことですか? まさか姉妹で……?」


 そんな的外れなことをつげられるけれど、首を横に振ることしかできない。なんといっても姉さんは女優として大成功して、誰からも賞賛を集めている。そんな特別幸せな人間なのだ。幸せであるがゆえに大して親しくもない妹にこんな態度を取れてしまうのだろう。


「いやー。久しぶりだね。愛してるよ。千鶴……!」


 なんて笑う姉さんに対抗するように、桜さんは私を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。肩越しにじーっと姉さんを睨みつけている。まるで「千鶴さんは私のものです!」とでも言いたげだ。


 姉さんはそんな桜さんに当然ながら気付かない。桜さんは不幸な人にしかみえないのだ。もう一度、姉さんが私の頬にキスをしようとしてくるものだから、私は軽く姉さんを振り払って向かいの席に着いた。桜さんもほっぺを膨らませながら私の隣に座った。


「それで? なにか用?」

「用がなきゃあっちゃダメなの?」


 姉さんは持ち前の演技力で目をうるうるさせている。いや、あるいは幸せ百パーセントな姉さんのことだから本心なのかもしれないけれど。


「舞台あるんでしょ? それなら練習しとかないと」

「大丈夫だよ。もう完璧だから」

「そう」


 姉さんは昔から色々なことをこなすのが得意だった。特に虐待してくる両親から解放されてからは、超人かと思う程に精力的に活動していて、高校時代は芸能活動と並行して生徒会長もやっていたほどだ。そして成績は常にトップクラスだった。


 まぁ要するに、幸せになるべくしてなった人なのだ。姉さんは。


 店員さんが私の注文を聞きにやって来た。私はオレンジジュースを頼む。コーヒーはあまり好きではないのだ。するとすぐにオレンジジュースがやって来た。それを飲んでいると、姉さんはサングラスを外した。そしてじーっと私をみつめてくる。


「どうしたの? 顔、赤いみたいだけど」

「な、なんでもないよ」


 桜さんがさっきから私に寄りかかってきて、所有権を主張するみたいにすりすりと頬ずりをしてきているのだ。


 普通なら恥ずかしすぎて見せられない光景だ。でも桜さんはほとんどの人には見えない。だから問題はない。でもやっぱり恥ずかしい。桜さんだって顔赤くしてるくせになんでやめてくれないの……?


 ますます顔に熱が集まってくるのを私は感じていた。


「本当に大丈夫? 顔真っ赤だけど」

「だ、大丈夫」

「そう?」


 姉さんは心配そうにしていた。だけどすぐにいつも通りの明るい表情になって、私の頭を撫でてきた。


「ま、千鶴もさ、そんな辛気臭い顔してないで、さっさと自分の人生を生きなよ。母さんも父さんももう私たちには干渉できないわけだから、好きに生きればいいんだよ」

「……好きに生きろって言われてもね」


 桜さんがすりすりするのをやめて、私をじっとみつめてくる。上目遣いでとっても可愛い。そのまま「私のことも好きにしていいんですよ?」なんてほっぺを赤らめながら誘惑してくる。今日の桜さんはすごく積極的だ。もしかして、姉さんに対抗意識を燃やしてる……?


「例えば恋人をつくるとか! 千鶴、美人なんだからいけるって!」


 姉さんはニコニコ笑っている。私の隣で桜さんは胸を張っていた。


「あー。恋人はもういるんだよね」

「えっ!? 凄いじゃん。何歳? 身長はどれくらい? 仕事は? 成績は? 見た目は?」


 姉さんは興味津々みたいで体を乗り出して、私をみつめてくる。桜さんはワクワクした様子で私をみつめていた。ありのままを言えと、そういうことなのだろう。


 でももしも桜さんのこと教えたら、私、姉さんに通報とかされちゃわない……? 豊岡さんは寛容だったから良いけれど、姉さんはどうなんだろう……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る