三日目

第16話 お出かけ

「桜さん。そろそろいこうか」

「はい」


 私は桜さんと手を繋いで外に出た。青空高く太陽が昇っていて、夏の訪れを知らせる蝉の鳴き声も聞こえてきた。からっとした暑さだから、私も桜さんも薄着だ。


「ちゃんと日焼け止めは塗った?」

「塗りました」

「ハンカチは持った?」

「持ちました」

「お財布も持った?」

「……もう、子ども扱いしないでください。ロリコンさん」


 ぷくっと頬を膨らませた表情はまごうことなき子供だったから、私はくすりと笑う。


「可愛いね。桜さんって」


 桜さんは目を細めて私をみつめてくる。


「当たり前じゃないですか。千鶴さんはもっと喜ぶべきです。私と付き合えてること」


 そういえば昨日、桜さんと付き合うことになったんだった。いまいち実感はわかないけれど、桜さん、さりげなく恋人つなぎしてるんだよね。私よりもちっさな手が可愛い。


「そうだねぇ……」


 私たちは手を繋いで自転車置き場に向かった。私が自転車にまたがると、桜さんは後ろに座って遠慮なしにぎゅっと腕を回してくる。桜さんの体は冷たくて、相変わらず平坦だ。


「……また妙なこと考えてませんか?」

「か、考えてないよ」

「……どうして私はちっさいんでしょうか」


 しょんぼりする桜さん。私は慌てて「小さいの好きだよ!」と微笑む。振り返ると、桜さんはじとーっとした目で私をみつめていた。


「昨日、豊岡さんの体に見惚れてたくせに……」

「ま、まぁ、あれは仕方ないでしょ……」


 男女関係なくよくちらちらみてるし……。豊岡さんの体には誰もが魅入られてしまうのだ。


 私はペダルをこいで走り出した。向かう先は桜さんのお母さんのお墓だ。そして夕方からは姉さんの舞台。


 うねった小道を走っていると、桜さんが問いかけてくる。


「豊岡さんとはどれくらいの付き合いなんですか?」

「大学に入ってからだから、二年くらいかなぁ。豊岡さんって歴史に詳しくてさ。成績もいいんだ。私が豊岡さんと話すようになったのも、豊岡さんが助けてくれたからでね」


 するとどうしてか桜さんはしょんぼりしてしまっている。


「そんな人なら、興味を持つのも当然ですよね」


 もしかして、豊岡さんに嫉妬してるのだろうか? まぁ確かに桜さんからすると豊岡さんは人生経験豊富でとても敵いそうにない相手にみえるのかもだけど……。


「大丈夫だよ。私はロリコンだから」


 豊岡さんのことは凄いとは思うけれど、別に恋愛感情を抱いてるわけじゃない。でも桜さんはぎゅっと私を抱きしめてくる。……まるでいつか離れていく人を引き留めようとするみたいに。


「私はいなくならないよ。桜さん」


 不幸な人にしか魔法少女はみえない。だからいつか私が桜さんを見ることができなくなるのを恐れているのだろう。でも私は幸せを感じることができないうえに、不幸への感覚が敏感だ。だから私が不幸な人でなくなることはあり得ないのだ。


 桜さんは無言で、私の背中にほっぺをすりすりしてきた。なんだかマーキングされてるみたいだ。桜さんは小柄だから、なおさら可愛らしい。


 私は微笑みながら、自転車を走らせた。しばらくすると、田畑の真ん中にお墓がみえてくる。たくさんのお墓が並んでいて、それがかつて生きていた人たちの跡なのだと考えると、寂しい気持ちになった。


 墓場の前で自転車を止める。それでも桜さんはぎゅっと私にしがみついたままだった。でもしばらく動かないでいると、意を決したように私から離れてほほ笑んだ。


「行きましょうか。千鶴さん」


 私たちは砂利を踏みしめて、桜さんのお母さんのお墓に向かった。誰かが供えたらしい榊が青々としている。コップの中には水も入っていた。桜さんは黙って手を合わせて、目を閉じた。私もそれに続く。


 どんな人かは知らないけれど、とっさに桜さんを車から庇える人なのだ。立派な人だったのだろうと思う。


 しばらく暗闇の中で祈っていると、桜さんの明るい声が聞こえてきた。


「さて、千鶴さん。街にぱーっと遊びに行きましょうか! 舞台までまだ時間がありますから」


 目を開くと、笑顔の桜さんがいた。健気な子だなと思う。雰囲気が暗くならないように気を遣ってくれているのだろう。私は笑顔で頷いて自転車のところまで戻った。そのとき、スマホが振動した。姉さんからメッセージが送られてきていた。


「千鶴。舞台があるから近くまで来てるんだけど、会いに来て! 近くのカフェで変装して待ってるから!」


 その下にはマスクとサングラスと帽子を着用した自撮り画像が添付されていた。いかにもって感じだ。これで隠しているつもりとは……。ある意味姉さんらしいけど。


 桜さんは私のスマホを覗き込んだかと思うと、心配そうに私を見上げてきた。


「この人誰ですか?」

「私の姉さん」

「……なんか雰囲気が有名な女優さんに似てるような」


 桜さんは画像を凝視して首をかしげていた。


「静香って知ってる? 私、その妹なんだ」

「えっ。えーーー!?」


 桜さんは目を見開いて驚いている。


「あ、あの大女優の妹さんなんですかっ!? 確かに言われてみれば似ているような……」


 目をキラキラさせる桜さん。私としては姉さんにはそんなに会いたくなんてないけれど、仕方ないか。桜さんは興味津々だ。


「今からその大女優さんに会いに行こうか」

「は、はいっ!」


 桜さんはとても嬉しそうにしている。私は作り笑いを浮かべて自転車にまたがった。

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