第14話 桜さんの過去

「私のこと、嫌いになった?」

「なりませんよ。本当に良かったです。豊岡さんの自殺が未遂で終わって」


 ほっと息を吐いていると豊岡さんはつげた。


「未遂じゃないよ? 私、一度死んだの」


 えっ? 理解が追い付かずにいると、桜さんは暗い表情でつげた。


「……魔法少女になれるのは、自殺した人だけなんです。魔法少女というのは神様の「幸せであれ」という義務を最後まで果たせないどころか、自ら諦めた。そんな人たちに対する刑罰みたいなものなんだと思います」


 ということは、桜さんも自殺を……?


「化け物を倒せば願いをかなえてもらえるというのは、流石幸せを義務付けた神様といったところでしょうか。義務を放棄した私にも幸せになれるチャンスを与えてくれているんでしょう」

「桜さん。なんで、自殺なんかしたの?」


 問いかけると、桜さんは橋の欄干に寄りかかって、谷底の暗闇をみつめた。


「……それは、お母さんが私を車から庇って死んでしまったからです。罪悪感に耐えられなかったんですよ。お母さんの命が私なんかのために失われてしまったんですから。だから、ここから飛び降りて自殺しました」


 なにも言葉がでなかった。


 桜さんはずっと明るく振る舞っていた。でも絶望して自殺するほど苦しんでたんだ。そしてきっと今も。勝てないと分かっているのに傷だらけになってでも化け物に挑むのは、できるだけ早くお母さんを甦らせるため。


 罪悪感のせいなのだ。


 魔法少女である桜さんは不幸な人にしか見えない。もしもたった一度しか叶えられない願いをお母さんを蘇らせるために使えば、一生ほとんどの人から認識されないままになってしまう。そのことを理解しているはずなのに。


 中学生なのに、自己犠牲の覚悟をしているのが、あまりにも痛々しくて。


 私は無言で桜さんを抱きしめた。桜さんは最初、戸惑っているみたいだったけれど「本当に千鶴さんは優しいんですね」と笑ってくれた。


「今日も危なかったんだよ。桜さん。化け物にぼこぼこに攻撃されてて。もしも私が偶然ここを通りがからなければどうなってたことか」


 豊岡さんが眉をひそめながら告げると、桜さんは「大丈夫ですよ」と笑う。


「どうせ、魔法少女は死にませんから」


 でも豊岡さんは真剣な表情で「それでもやめた方がいい」とつげていた。


「だって痛いでしょ? 魔法少女になったからって、痛みまで減るわけじゃないんだよ? 腕がちぎれたら死んだほうがましなくらい痛むし、喉を引き裂かれたら呼吸も出来なくなって、命がなくなるまで化け物に弄ばれるだけ」


 私は桜さんをみつめた。ずっと痛みはそれほどではないのかと思っていた。あまりに桜さんが堂々と戦っているから。だけど、もしも豊岡さんの話が真実なら。


「だめだよ。桜さん。戦わないで!」


 私はなおさら桜さんを力強く抱きしめた。桜さんはうつむいて、肩を落としている。


「それでも私は戦わないとなんですよ。お母さんを甦らせるために」

「私と一緒に幸せになってから、強くなってからでも遅くはないでしょ!?」

「……それまで戦うなというんですか? お母さんは私のために命を投げ出した。痛かったでしょう。苦しかったでしょう。……なのに私には楽な手段を取れと? そんなの、無理です」

「ただの自傷行為と変わらないよ!」


 すると桜さんは自嘲的に笑った。


「それでいいじゃないですか。私が満足してるんですから」

「桜さんが傷つくなんて、私は嫌だよ。私が苦しむだけならいい。でも大切な人が苦しむのを見るのは、嫌なんだよ! お願い。戦わないで。幸せになるまで、戦わないでっ……」

 

 ぼろぼろと涙が零れ落ちていく。桜さんはそんな私をじっとみつめていた。表情は曇っていて、とても辛そうだ。本質的に桜さんは優しい人なのだろう。


「……だったら、私と一緒にお母さんのお墓に参ってくれますか? ずっといけてないんです。本当に私なんかが参ってもいいのか、分からなくて」

「いく。いくよ! 今からでも行こう。すぐに行こう」


 私が必死で桜さんを抱きしめると、桜さんは笑った。


「……流石にこんな夜中じゃなくていいですよ。予定が空いている日にでも」

「だったら明日行こう?」


 桜さんは頷いてぽろぽろと涙をこぼした。私はそんな桜さんを抱きしめながら、頭を撫でた。すると豊岡さんが私たちをそっと抱きしめてくれる。


「……桜ちゃん。幸せになるんだよ」

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