第11話 大学にいく魔法少女
「大学行ってくるけど、桜さんも来る?」
「いいんですか? だったら行きます」
桜さんは寝室に向かったかと思うと、外行きの服に着替えてきた。
「大学、興味あるの?」
私が問いかけると桜さんは頷いた。
「奨学金貰って大学にいって、お母さんを楽させてあげられたらな、とはずっと思ってました。魔法少女になってしまったからにはまともに生きることはもう不可能なんですけどね」
「……元に戻る方法とかはないの?」
桜さんは眉をひそめてほほ笑む。
「ないですね。願えば元には戻れるかもしれませんが、叶えられる願い事は一つだけなので」
桜さんは魔法少女として生きる覚悟をするほどに、大きな願いがあるのだろう。一体どんな願いなんだろう、と思ったけれど桜さんは切なげな表情をしている。質問できるような雰囲気ではなかった。
私たちは玄関から外に出て、アパートの自転車置き場に向かった。
「桜さんって二人乗りしたことある?」
「いえ。私こう見えても秩序を重んじる人なので」
「でも憧れたことはあるでしょ?」
「それはもう。好きな人と二人乗りしたら幸せなんだろうなとは思いますよ」
「だったら私と一緒に二人乗りしようよ」
桜さんはやれやれと首を横に振っている。
「別に私、千鶴さんのことそこまで好きじゃないですよ?」
「えっ」
悲しいピアノの旋律が脳内で流れた。私は眉をひそめて桜さんをみつめる。桜さんはほおを緩めて私の頭を撫でた。
「ちょっとは好きですけどね」
「ちょっとかぁ……」
「私の心は高いですよ?」
「……頑張ります」
私は自転車の鍵を回して、アパートの前の開けた場所まで出した。そこで自転車にまたがると、桜さんは後ろに座って、私のお腹に手を回した。でも体がくっつかないように距離を取っている。
「ロリコンさんのことですから、胸の感触を楽しもうとか思ってたのかもですけど、残念でしたね」
「いや、そんなこと考えてないけど」
桜さん、見た感じほとんど胸ないしね……。
そんな私の失礼な考えを読んだのか、ぽかぽかと桜さんが背中を叩いてくる。
「ちょっと私より胸が大きいからって、ひどいこと考えてませんか?」
「考えてないよ。ほら、早くつかまって。大学まで行くよ!」
「きゃっ!」
私がペダルをこぐと桜さんは慌てて、私に抱き着いてくる。体が密着していて、桜さんの冷たさがはっきりと伝わってきた。もう夏だから、保冷剤みたいで心地いい。
名前も知らない雑草が道路わきで茂っている。その横を私たちは通り抜けた。人気のない曲がりくねった小道を抜けると、車通りのそれなりな並木道に出てくる。
「なんかいいですね。人の漕いでる自転車で移動するって楽で」
「風情の欠片もないこといわないでよ……。ドキドキするとかないの?」
「残念ながら、今のところは」
「えー」
しばらく自転車で走っていると人通りが多くなってきた。私は自転車から降りて、徒歩で自転車置き場に向かう。大学のキャンパスは広大だから一苦労だ。
「たくさんいますね!」と桜さんは興奮した様子であたりを見渡している。ぴょんぴょん飛び跳ねそうな勢いだけれど、誰も桜さんには視線を向けない。
自転車を置いて講義を受けに向かう道中、桜さんが問いかけてくる。
「千鶴さんって文系ですか? 理系ですか?」
「文系だよ。理系はちょっと頭が追い付きそうにないから断念したんだ」
「私は中学に通ってた頃、テスト一位ばかりでしたよ!」
えっへん、とでも言わんばかりに胸を張る桜さん。私は微笑みながら「すごいね」と頭を撫でてあげる。すると周りを歩いている人たちは私に怪訝な目を向けてきた。
すると桜さんは申し訳なさそうにしている。
「私のことは無視してもらって構いませんからね。全然寂しくなんてないので」
「……うん」
でも桜さんの表情は寂しそうだ。それでも私にはパントマイム女と呼ばれるだけの胆力はないから、桜さんを見て見ぬふりをするしかない。そうしていると、次第に桜さんは何も話さなくなっていった。
教室にはいると、友達の豊岡さんが声をかけてきた。
「おはよう。千鶴ちゃん」
「おはようございます。豊岡さん」
「あれ、その子は?」
「えっ?」
豊岡さんの視線の先には、桜さんがいた。
なぜ不幸な人にしか見えない桜さんを、幸せなはずの豊岡さんが視認できるのだろう? 面識がないはずの桜さんも目を見開いて、豊岡さんをみつめていた。
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