第12話 めらめらする魔法少女

「私のこと、みえるんですか?」

「……えっ?」


 豊岡さんは困惑していた。どう説明したものかと思う。正直に話すべきか、それとも誤魔化すべきか。迷っていると、桜さんは口を開いた。


「私は不幸な人にしか見えないんです、って言っても信じてもらえませんよね……」


 案の定、豊岡さんは首をかしげている。そして私に耳打ちして来たかと思うと「この子ってもしかして厨二病だったりする?」と問いかけてきた。私は苦笑いして首を横に振る。


「桜さんの言ってることは真実だよ」

「……えっ。でもそうだとしたら、なんで私にも見えてるのかなぁ? 私べつに不幸じゃないよ? やっぱり信じられないなぁ」

「うーん。どういうことでしょう」


 桜さんは目を細めて考え込んでいるようだった。


「それよりさ、千鶴ちゃん。前回の課題なんだけど、見せあいっこしない?」

「いいですよ。私もちょうど不安だったので」


 私たちは課題のノートを交換する。桜さんは不満そうに頬を膨らませていた。


「相変わらず千鶴ちゃんの字は綺麗だね。顔も字も綺麗でスタイルだっていいし、羨ましいよ」

「そんなことないですよ。豊岡さんこそ綺麗ですから」

「えー? そんなことないって……」


 肩を寄せ合って微笑み合っていると、ますます桜さんは険しい表情になっている。


「千鶴さんって、私のことが好きなんじゃないんですか?」

「えっ? 千鶴ちゃん、中学生の女の子が好きなの?」


 二人にじっと見つめられる。一方は不満、一方は不信。どちらをないがしろにするのもまずい気がして、私は言葉に詰まる。


「えっと、その。桜さんへの好きは妹的なそれで……」

「えー? 恋人になりたいって告白してくれましたよね?」

「やっぱり千鶴ちゃん、ロリコンなの!?」


 豊岡さんが体をのけぞらせて、私から距離を取っている。嘘をつくという選択肢もあったけれど、桜さんが私の家を出ていく可能性を考えれば、下手には動けない。


 私は肩を落として頷いた。

 

「……はい」


 桜さんはにやにやと私をみつめてくる。私の顔は茹でられた蟹みたいに赤くなっていることだろう。


「そ、それで桜さんは告白、受け入れたの!?」

「まだ返事はしてないです」

「そ、そっか」


 どうしてか豊岡さんはほっと息を吐いていた。


「人の趣味趣向に文句をつけるつもりはないけれど、そういうことをするつもりなら、ちゃんと成人するまで待ってあげるんだよ? 千鶴ちゃん?」

「……は、はい」


 私はがっくりと肩を落とす。唯一の友人は私をロリコンだと思い込んでしまった。いや、それでも桜さんが私の前からいなくなることを考えたら、まだましではあるのだけれど。うー、と唸っていると、突然桜さんが耳元でささやいてくる。


「私に告白してきた手前、浮気は絶対に許しませんからね……?」


 どうやら桜さんは、愛が重いタイプの女の子みたいだった。


 それから私たちは一緒に講義を回った。桜さんの座っている席に他の人が座ろうとしてくる、という事態が頻発していたから豊岡さんも信じざるを得ないみたいだった。


「本当にみえないんだね」

「はい。しばらくはずっと一人で過ごしてたんです。でも千鶴さんが助けてくれて」

「なるほど。もしも変なことされたらお姉さんにいうんだよ?」

「はい! ありがとうございます。頼もしいです! 豊岡お姉さん!」


 なんて会話を二人は食堂の机の向かいでしている。私はすっかり肩身の狭い思いをして、うどんをすすっていた。それにしても豊岡お姉さんって……。私と態度違いすぎでしょ……。私なんてロリコンさんだよ? 不満げにみつめていると、桜さんはわざとらしく豊岡さんと腕を組んでいた。


 私は頬を膨らませながらそれをじっとみつめる。


 しかし、どうして不幸な人にしかみえない桜さんを、豊岡さんは視認できているのだろう。


「豊岡さんって、何か悩み事とかあったりしますか?」


 周りに人がいないことを確認してからそう問いかける。今は昼過ぎだから、食堂に人は少ない。


「んー。別にないよ?」


 まぁ、仮に悩み事があったとしても、不幸になるような悩み事だもんね。話してくれるわけがないか。


「将来がちょっと不安なことくらいかなぁ。千鶴ちゃんこそ不安なことあったりしない? 千鶴ちゃんも桜ちゃんのことみえるんでしょ?」

「そんな話すような悩みはないですね」


 私は作り笑いを浮かべた。


「もしも何かあるなら話すんだよ? 何といっても私たちは友達なんだから」


 豊岡さんは私のところまでやって来たかと思うと、ぎゅーっと抱きしめた。相変わらず豊岡さんの体は桜さんと同じくらい冷たい。


 すると桜さんが不満そうな表情で私たちをみつめている。嫉妬の炎がめらめら宿っているような気がしたけれど、見て見ぬふりをした。


 それから私たちは食堂を出て、講義を受けた。大学に用事がなくなると、自転車置き場で豊岡さんとは別れる。帰りも桜さんと二人乗りで自転車をこいだ。


「豊岡さんと仲いいんですね」


 桜さんは寂しそうな声で告げた。だけどすぐに作った笑顔で取り繕う。


「でも私に告白したんですから、私だけをみていてくださいよねっ」

「忘れたの? 私がロリコンだってこと」

「そうでしたね。千鶴さんが私を見捨てるわけないですよね」

「うんうん。見捨てないよ」


 私たちは夕暮れの並木道を自転車で進んで行く。オレンジ色の空を見上げながら、背中に触れた桜さんの冷たさを感じる。どことなく寂しい気持ちになった私は、桜さんに問いかけた。


「……桜さんは今晩も戦うの? あの化け物と」

「そのつもりです。正直、勝てる気はしないですけどね。もっと幸せにならないと」


 私はなおさら桜さんのことが心配になった。本当に平気なのだろうか? あんな風に傷付いて、平気で自分の頭を吹き飛ばしたりして。


 やっぱり怖いのか、桜さんはぎゅっと私の体を抱きしめる。相変わらず桜さんの体は冷たくて、しかも震えているように感じた。


「怖いのなら戦わないで。傷つくのなら逃げて欲しいよ」

「大丈夫ですよ。魔法少女は死にませんから。だから心配はいりません」


 そうやって無理に笑う桜さんに、私は何も言えなかった。

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