第8話 幸せになりたい魔法少女

 私はお風呂をあがってリビングに向かった。すると桜さんはテレビをみていた。液晶画面には私の姉が映っていた。


 相変わらず姉さんは綺麗だ。私の焼けただれた体とは全然違う。炭酸水の清涼感溢れるCM、ジャンプしたときちらりと見える姉さんのお腹は真っ白でみているだけでもすべすべなのが伝わってくる。


「桜さん。お風呂入ってきたら? お湯、張りなおしてるから」

「ありがとうございます。千鶴さん」


 そう微笑んで、桜さんはお風呂に向かった。


 ぼうっとバラエティ番組をみていると、お風呂を上がったのか、私が普段着ている灰色のパジャマに着替えた桜さんがリビングにやって来た。桜さんは私よりも小柄だからぶかぶかだ。萌え袖からちょこんと飛び出した指先が可愛い。


「そんなにじーっとみて、もしかして変な妄想したりしてます……?」

「そ、そんなことないよ。ちょっと可愛すぎて悶えてたところ」


 私がそう告げると、桜さんはほんの一瞬微笑んでいた。


「やっぱりロリコンさんなんですね……」


 中学生の桜さんへの恋を理由に引き止めたからには否定はできず、私は「その通りでございます……」とぼそりとつぶやいた。桜さんは売り言葉に買い言葉とでも言わんばかりに「今晩は注意しないとですね」と私をじーっとみつめている。


 桜さんは私の隣のクッションに座った。豊岡さんと見に行くことを約束した舞台の原作の魔法少女のアニメを流そうとするけれど、桜さんがじっと画面に見入っているものだから、躊躇してしまう。


「今度そのアニメが原作の舞台、見に行くんですよね」

「桜さんも見に来れば? 見えないんだからいいんじゃないの?」

「そういうわけにはいきませんよ。他の人はお金払って見に行ってるのに」

「そっか」


 桜さんは真面目な人みたいだ。もしも私が視認されなくなったら自暴自棄になって、ただでビールを持ち出すくらいのことはしてしまいそうな気がする。


「魔法少女のアニメ、流さないんですか?」

「いいの?」

「いいですよ。そもそも千鶴さんの家じゃないですか」

「それならお言葉に甘えて」


 私はスマホを開いて、アニメをテレビに流す。


 そのアニメの中には複数の魔法少女が登場していた。


「そういえば、桜さんには魔法少女仲間とかいないの?」

「今のところはいませんね」

「だったらやっぱり私も魔法少女になってあげようか?」

「ならなくていいですよ」


 私は肩を落としながらビールを開けた。ぷしゅっと音が鳴ると、桜さんはジト目で私をみつめた。その視線に構わず、一度でビールを飲み干すと、すぐに心地よいほろ酔い気分になった。


「えへへ。やっぱりお酒最高だねぇ……」

「そんなにいいものですか?」


 テレビ画面の中では魔法少女が怪物と戦っていた。ウォージャンキーなタイプの魔法少女が画面狭しと大立ち回りを繰り広げている。


「お酒は欠かせないよ。悩み事とか忘れさせてくれるからね」

「……私も飲んでみようかな」

「だめだよぉ。お酒は二十歳からだから……」

「えっ。千鶴さん。二十歳超えてたんですね。意外です」


 桜さんは目をまん丸にしている。平気で法律破るアウトローだって思われてたってこと? 私そんなに悪人面してるかな……。


 机の上に置いてあった手鏡を取ってじーっとみつめていると「やっぱり千鶴さんって幼い感じの顔ですよね」と笑われた。


「もしかすると私と同じくらいにみえるかもしれません」

「えー?」


 流石にそれはないと思いたけどなぁ。お酒買いにいくたびに年齢確認求められるけどさぁ……。


「うえーん。桜さんに自尊心傷付けられたよぉ。慰めてぇ……」 


 泣き真似をしていると、桜さんはやれやれと私の頭を撫でてくれる。


「それでも人生の先輩ですか? 年下の私に慰めを求めるなんて。やっぱり千鶴さんはロリコンさんなんですね……」

「ずっと一人だったからねぇ。だから甘えん坊になるのも仕方ないんだよぉ……」


 私はすりすりと桜さんにすり寄った。桜さんは気の毒そうな顔をしていたけれど、すぐに柔らかい笑顔を浮かべて、よしよしとまた頭を撫でてくれる。


 画面の中では魔法少女の衣装がパワーアップを果たして、太刀打ちできなかった敵を蹴散らしている所だった。私は桜さんに寄りかかったまま問いかける。


「桜さんもパワーアップできないの?」

「まぁ一応方法はありますね」

「教えて。教えて!」


 期待のまなざしを向けると、桜さんは小声で「幸せになることです」とささやいた。私は桜さんをぎゅっと抱きしめて「幸せ?」と問いかけるけれど桜さんはほっぺを赤くして「……お酒臭いです」と私を遠ざけてしまう。


「神様は人類の幸せを願っていますから、それに従順なほどたくさんの力を与えてもらえて、魔法少女としての力も強くなるんです」

「なるほどー。だったらたくさん幸せにならないとだねぇ」

「……。まぁ善処はします」


 桜さんは目を細めてアニメをみていた。


 アニメの中では死者を蘇らせたい主人公の魔法少女が、涙を流しながら夜空を見上げていた。ずっと迷っていたのだ。なぜなら一度魔法少女になれば死ぬまで怪物と戦いつづけなければならないから。


 たった一度の願いの代償は、余りにも大きすぎるから。


 でも主人公は遂には、魔法少女になる決意をするのだ。


 たった一人の大切な人のために。


 桜さんもなにか大きな願いをかなえるために、魔法少女になったのだろうか?


 物語が終盤に差し掛かると、桜さんは私に寄りかかってきた。


「どうしたの?」

「……ロリコンさんへのご褒美です」

「ご褒美?」

「……私を一人ぼっちから救ってくれたので」


 桜さんはほんのりと顔を赤くしていた。


 桜さんは私に出会うまでずっと一人だったのだ。きっと寂しかったのだろう。苦しかったのだろう。少しくらいは私の手で幸せにできたらいいなぁ。そんなことを考えながら、私はよしよしと頭を撫でてあげた。


 それから微笑みながら桜さんと寄り添い合う。そして魔法少女のアニメを視聴する。その物語の終わりは完璧なハッピーエンドではなかったけれど、希望溢れる終わり方だった。


「私もこんな風になれたらいいんですけどね」

「大丈夫だよ。幸せになればいいだけなんだから」

「……そうですね」


 何か含みのある暗い表情で、桜さんはテレビを消した。

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