一日目

第6話 お掃除

「それにしてもビールの缶とカップ麺ばかりですね……」


 桜さんはゴミ袋に拾い集めながらぼやいた。私は唇を尖らせてつげる。


「桜さんも大人になれば分かるよ」

「なったとしても分からないでしょうし、私は大人にはなれませんよ」


 桜さんは切なげな表情で私をみつめていた。大人になれない? それはどういうことなのだろう。精神的に、ということなのだろうか? いや、それならもう既に桜さんは十分に大人だと思うけれど……。


 考えていると桜さんは突然、くすりと笑った。


「ロリコンさんの千鶴さんには朗報ですね。魔法少女は魔法少女になった時期の見た目から一切変化しなくなるんです」

「ということは、もしかして桜さんじゃなくて、桜大先輩だったりします……?」


 私は恐る恐る問いかける。もしも圧倒的な年上ならこれまでのやり取りで、結構失礼なことしてしまっているような気がする。私はがくがくと震えながら、桜大先輩をみつめた。


「私の年齢は七十七歳です」

「えっ」

「とか言ったらどうするつもりだったんですか? 私はぴちぴちの十五歳です」


 にやりと笑う桜さん。私はほっと安堵の息をはいた。


「ぴちぴちの十五歳で良かったよ……」

「……ロリコンさん的には、やっぱり精神年齢も重要なんでしょうか?」


 不安そうにする桜さん。どうやら私がロリコンだと本気で信じ込んでいるらしい。まぁ中学生への恋を理由に引き止めたわけだから、当然と言えば当然ではあるけれど。


「いや、別に気にしないよ。私が好きなのは桜さんだから」

「へぇー?」


 桜さんは首をかしげて、疑いの視線を私に向けてくる。ロリコンだと思われるのは別にいいけれど、それだけを理由に桜さんを助けようとするわけじゃないってことは知っておいて欲しい。

 

 たった一人で、あんな怪物と戦い続ける運命を桜さんに背負ってほしくないのだ。


「……どうすれば信じてくれるの? 私がただのロリコンじゃないってこと」


 肩をすくめて問いかけると、桜さんは微笑んだ。


「ただのロリコンじゃないってことは知ってますよ。だって殺されかけたのに、それでも私をそばに置いてくれるわけですから。千鶴さんは鋼の心を持ったロリコンさんです」


 鋼の心を持ったロリコンさん……。褒められてるのか、貶されてるのかよく分からないけれど、まぁただのロリコンさんよりはいいか……?


「そんなことより、さっさと掃除しましょう」


 せっせせっせとゴミを拾い集めていく桜さん。私がさぼるわけにもいかない。これまでの怠惰の証たちをゴミ袋に放り込んでいく。


「掃除が終わったら、二人で魔法少女のアニメ見ようね」


 そう告げると、どうしてか桜さんはじとーっとした目で蔑むような表情をしている。


「……なにか誤解してるみたいだけど、豊岡さんって友達がいてさ。その人とアニメが原作の舞台を見に行くことになって。だったら原作について知ってた方がいいかなって」

「なるほど。そういうことなら分かりました。私はてっきり、ロリロリした魔法少女たちを前にデレデレするのが目的なのかと……」


 どうやら桜さんは私に酷い偏見を持っているらしい。


「そんなわけないでしょ……」


 私はジト目で桜さんをみつめてから、掃除に戻った。桜さんは相変わらず魔法少女の服装で掃除をしているものだから、とてつもなくシュールだった。


「ねぇ、桜さん。服とか着替えないの?」


 すると桜さんは胸の前で腕を交差させて体を庇った。「ロリコンの変態さんですね」と非難の色を含む視線で私をみつめる。


「ち、違うんだけどなぁ。いや、だってシュールすぎるでしょ? 魔法少女の服装したままお掃除するとかさ……」

「む。それもそうですね。でもこの服装、便利なんですよ。汚れても勝手に綺麗になってくれるので」

「やっぱりそれを着るときって、ステッキをかざして変身とかしたりするものなの?」


 実は私は魔法少女の変身シーンに少しだけ憧れがある。というのも幼いころはずっと魔法少女のアニメばかりみていたのだ。時間が経ってもいいなって気持ちは消えない。幼いころの夢を忘れない、ピュアな大人なのだ。


「よく知ってるんですね」

「変身するところ、見せて欲しいなぁ、なんて……」

「嫌です。だってあれ、体のシルエットが浮き彫りになるじゃないですか。変態のロリコンさんの前で変身とか、あり得ないです」


 桜さんはジト目で私をみつめていた。私は肩を落としながらビールの缶を拾った。


「残念」

「……そういうのはもっと仲良くなってからです」


 ちょうど缶を落としてしまったせいで、声が聞こえなかった。


「何か言った?」

「……何も言ってません!」


 どうしてか桜さんはぷんぷんと怒って何も話してくれなくなってしまった。


 私は首をかしげてから、かがんでビールの缶を拾い上げた。

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