第5話 ロリコンさん
震える声で問いかけると桜さんは、やれやれと肩をすくめた。
「言ったじゃないですか。魔法少女は寿命以外では死なないんですよ。一時的に行動不能になることはありますけどね。あと、私が行動不能になればあの化け物も消えてくれるんです」
桜さんはさっき自分の頭を消滅させていた。あんな状態からでも蘇れるの? 苦しくないの? 痛くないの? いろんな気持ちが湧き上がって来るけれど、今は。
「良かった。良かったよぉ……」
私は桜さんに抱き着いた。相変わらず、桜さんは冷たい体をしている。
「……なんでこんなに悲しんでくれるんですか? ただの他人なのに」
「桜さんこそ、ただの他人なのに私を助けてくれたでしょ?」
「……それは、そうですが」
桜さんはどこか居心地悪そうにしていた。
「大丈夫だよ。全然怖くなかったから」
「……その割には、今も体が震えてますけど」
私の体は生まれたての小鹿のように震えている。慌てて桜さんから飛びのいた。
「き、気のせいだよ。あはは……」
「今さら誤魔化せるとでも?」
私はしゅんと肩を落とした。このままだと桜さんは私から離れて、また一人になってしまう。一人であんな怪物と戦い続けることになってしまう。なんの支えもなしに、孤独なまま傷ついて欲しくなんてない。
「さ、桜さん。そんなことより、私と一緒にアニメでも見ない?」
「遠慮しておきます」
「魔法少女のアニメなんだよ! もしかしたら何かの参考になるかも……」
「ならないと思いますけど……。所詮アニメはアニメですよ」
なかなかに頑固な人だ。でもその頑固さはきっと優しさから来ているのだろう。
「だ、だったら他のアニメでもいいから。そうだ。桜さん、他の人に認識されないのなら、これまでご飯とかどうして来たの? お風呂とかもそうだよ。そういうの使わせてあげるから、だからどうか……」
「……そんなに私を引き留めて、どうしたいんですか? またあんな危険な目に会いたいんですか?」
桜さんは真剣な目つきで私をみつめてくる。私はあわあわと慌てながら、桜さんをまたぎゅっと抱きしめた。適当な言い訳が思い浮かばない。それでも今を逃せば絶対に後悔する。どうにかして引き止めなければ……。
そうして焦りに焦った私の口から飛び出したのは、自分でも理解しがたい言葉だった。
「さ、桜さんのことが好きなの! 好きになったの!」
「えっ!?」
桜さんは顔を真っ赤にしてあたふたしている。私も顔が熱くなるのを感じていた。
「助けてくれてかっこよかったからっ。だからっ、一緒にいてくれないかなっ?」
私は精一杯の上目遣いで桜さんをみつめた。すると桜さんは耳の先まで赤くしながら、私に問いかける。
「わ、私っ、まだ中学生ですよっ?」
「中学生でもいいよ!」
「お姉さん、ロリコンさんなんですか……?」
桜さんはジト目で私をみつめてくる。
「ロリコンさん……。う、うん。私ロリコンなの!」
もうこの際、桜さんを引き留められるのならなんでもいい。私は尊厳を犠牲に、桜さんに猛烈なアタックを仕掛ける。
「ロリコンさんだったら、私が大人になったら嫌いになっちゃうんじゃないですか……?」
「桜さんは別だよ。私、桜さんならずっと好きでいられる自信あるの!」
桜さんは難しい顔で私をみつめていた。
「んー。アリといえばアリですが。確かにお姉さんは綺麗な顔してますから……」
「お姉さんじゃなくて、千鶴って呼んで」
「……千鶴さん。名前も綺麗なんですね……」
お? 割と好感触だ。無理があるかと思ったけれど、この調子なら……。
そう思った矢先、冷たい声が聞こえてきた。
「でもだめです」
「えっ」
「千鶴さん、えっちなことしてきそうな雰囲気があるので」
「な、なんで。そんなことしないよ」
「……本当ですか?」
桜さんは首をかしげて、目を細めた。
「だって昨日だって、お酒を飲んだ時ちゅーをせがんできたじゃないですか。そんな千鶴さんと一緒に過ごせば、寝ているときとか超危険じゃないですかっ!」
桜さんはもじもじしていた。どうやら私は桜さんからすると、貞操の危機を感じるくらいには危険人物らしい。んー。お酒飲んでるとはいえ初対面の中学生にちゅーを求めるのは確かにやばいよね……。
「……でも、夜、外で一人で眠るのも怖いんですよね」
「えっ。そんな生活してるの?」
「はい。もう半年くらいでしょうか」
こんなに可愛い桜さんが外で眠るのは危険すぎる。
「だったらなおさら私の家で過ごしなよ。流石にその方が安全でしょ?」
「……このゴミ屋敷でですか?」
ビールの空き缶やカップ麺の容器などが散乱する風景を、桜さんは見渡した。
「これはそのうち掃除するからっ」
「……そのうち?」
桜さんはぎろりと私を睨みつけてくる。
「そのうちそのうちって言ってるから、こんな大惨事になったんじゃないですか?」
「……うっ」
図星をつかれた私。桜さんは小さくため息をついた。
「……人を助けようとする割には、自分のことがなってない人なんですから。私がこの場所に住むからには、全部清潔にしてもらいますからね。さ、一緒に掃除しましょう?」
「えっ」
「……あなたと一緒に暮らしてあげるって言ってるんです。こんな部屋、見てられませんよ」
私は安堵のあまり桜さんに抱き着いた。
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