第15話

「何だか匂いで秋鹿が判るようになっちゃった。また会えて嬉しいわ、秋鹿」


 麗ら彦はテーブル席に着くと、鞄の中からマニキュアの瓶をごろごろと取り出しはじめた。


 この人は本当に、男の人なのか女の人なのか、一体どちらなんだろうと、秋鹿は思った。綺麗な顔つきだけれども、背も高いし手も大きい。声もどう聞いても男の声だ。しかし髪の毛はつやつやとして長いし、こうやって爪にマニキュアもする。


 それにしても正体はオロチだとう云うこの人が、蛇革の鞄を使っているとは。


 水を運んできたハルに、麗ら彦はたずねる。


「ねえ、ハルさん。どの色が良いと思う?」


「まあ、デートでもあるの、」


「やだ、別にそう云うんじゃないのよ」


 そう云いながら、麗ら彦はうきうきとしているように見えた。


 ハルは「そうねえ……」と、テーブルに並べられた小瓶を眺めて、


「この色なんてどうかしら。あなたの今日の服装にぴったり」


「さすがハルさん、あたしもこれが良いかなって思ってたの。あ、珈琲コーヒーとケーキをちょうだい。今日はどんなケーキがあるの?」


「今日はレモンタルトと、木苺のムースと、チョコレートケーキがあるわ」


 麗ら彦はマニキュアの瓶を振りながら迷い、


「じゃあ、木苺のムースにするわ。お願いね、ハルさん」


「はい」


 ハルがカウンターに戻ると、麗ら彦はマニキュアを塗りはじめた。そこへ、清明行者と野遊丸がやって来る。この二人はいつも一緒らしい。まるで親子みたいだなと、秋鹿は思った。


「おや、今日も秋鹿はいるようだな」


「いるようだなあ」


 清明行者の言葉を、野遊丸がくり返す。


「い、いらっしゃいませ」


 秋鹿はたどたどしく挨拶をした。


「おっと、心を読んだ訳ではないぞ。麗ら彦の云うとおり、お前の匂いは判りやすいなあ」


「はあ……、」


 そんなに変な匂いでもするのだろうかと、秋鹿は自分の袖口に鼻をつけてみた。アイスクリームを作る時に入れた、バニラエッセンスの香りがした。


「ふむ、今日は何にするかな」


 清明行者はテーブル席に座ると、メニュー表を持ち上げて見た。


「俺はアイス珈琲にしようか」


 野遊丸が清明行者の顔を覗き込む。清明行者も野遊丸を見返して、


「それからアイスクリームにしようか」


 野遊丸はくり返さない。うむ、と、清明行者は頷いて、


「やはりケーキにしようか」


「ケーキにしようかあ」


 野遊丸は嬉しそうにくり返した。


「今日はどんなケーキがあるのかな、」


「レモンタルトと、木苺のムースと、チョコレートケーキがあるわ」


 ハルが答える。


「ふむ、じゃあ、レモンタルトにしようかな」


 清明行者は野遊丸の顔を見ながら云う。しかし野遊丸は黙ったままだ。


「では、木苺のむうすにしようか」


「……」


 やはり野遊丸は黙っている。


「ならばチョコレートケーキにするかな」


「チョコレートケーキにするかなあ」


 ようやく野遊丸は答えた。またもレモンタルトが選ばれず、秋鹿はちょっぴりがっかりした。

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