第13話
黙ってしまった秋鹿に、「ねえ、秋鹿」ハルが云う。
「はい、」
秋鹿は最後の皿をハルに渡した。二人の息は最初から最後までぴったりだった。
ハルは丁寧に皿を拭いて、
「明日もお店を手伝ってくれると嬉しいわ」
「え……、」
「今日は本当に助かったわ。実を云うとね、一人でお店のことを全部やるのは、ちょっぴり大変なんです。それに、秋鹿が手伝ってくれるのなら、もっとお客さんにいろんな種類のケーキが出せると思うわ。そしたらお客さんも喜んでくれるし、私も嬉しいわ」
うちはケーキが売りですからねと、笑いながら食器を棚にしまっていく。
「僕……ケーキ作れます」
秋鹿は余計なことかもしれないと思いながら、おそるおそる云ってみた。するとハルは、
「まあ、本当? 素敵ね」
と、喜んで、
「嬉しいわ。一番得意なケーキはなあに?」
「……レモンタルト……」
ハルの反応にほっとして、思わず本当のことを云ってしまう。
「レモンタルト! この季節にふさわしいケーキですね。私はまだ作ったことがありません。ちょうどレモンもたくさんあることですし、明日、秋鹿にはレモンタルトを作ってもらいましょうか。
はいと、秋鹿は照れくさいような気持ちで頷いた。両の頬のてっぺんが、マシュマロ入りココアを飲んだみたいに、あたたかだった。
○ ○ ○ ○ ○
翌朝、朝食が済むと、秋鹿はハルと一緒にキッチンに立った。
「では、秋鹿にはレモンタルトを作ってもらいましょう。全部、一人で作れるの?」
「はい」
「そう、頼もしいわね。なら、私は他のケーキを作るわ」
ケーキを作るのは久しぶりだった。慣れないキッチンで上手くできるだろうかと心配だったが、体はきちんと感覚をおぼえていた。レシピも忘れることなく頭の中に入っている。
「本当に手つきが良いわね」と、ハルが褒めてくれる。「夏紀がケーキ作りを教えてくれたの?」
秋鹿は少しためらいながら答えた。「……いえ、」
ハルは頷いて、
「そうよね。あの子はあまり料理が好きではないみたいだったから。卵ひとつ割るのも面倒だって云う感じで」
ふふと、笑う。夏紀でなければ誰に教わったのだ、とは、
「夏紀と一緒にケーキを作ることは、私の密かな夢の一つだったけれど、今こうやって、秋鹿とケーキを作っているなんてね。不思議ですね。でも、とても嬉しいわ」
頬の丸みが大きくなる。ハルが喜んでくれるのなら、秋鹿は良かった。ただでさえ迷惑をかけているのだ、ここにいるかぎり、出来るだけハルの役に立とうと思った。
「おばあちゃんは、料理が大好きなんだね」
「ええ、昔っから。作ることも好きだし、食べることも大好き。何より人に食べさせるのが大好きなのね、私は。だからこうして、喫茶店を開いているのかもしれません」
レモンタルトが焼き上がると、ハルは歓声を上げた。
「まあ、なんて良い香り。綺麗に出来ましたね、秋鹿」
秋鹿も胸を撫でおろして、出来上がったケーキを見つめた。記憶にあるレモンタルトと変わりなかった。
別のケーキをオーブンに入れていると、
「おはよー、おはよー、ハル様ー、秋鹿ー、おはよー」
茶漬けと助六がやって来る。おはようと、秋鹿とハルも挨拶を返した。二頭ともハルに云われているのか、キッチンに入るのを遠慮して、鼻先だけ覗かせている。
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