第12話

「そうさ、この人の姿は隠れ蓑。我々は、だ」

 着物の男が云い、髪の長い男が妖艶に笑みをかべる。

「……し、」

「妖怪。もののけ。化けもの。まあ、好きに呼ぶがいいさ」

 妖怪、と、云われても、全然怖くはなかった。人の姿をしているからだろうか。いいや、そうじゃない。この人たちが秋鹿のことを怖がらなかったから、拒まなかったから、秋鹿もこの人たちのことを怖がらない。

「あたしたち、昔っからハルさんと友達なの。あたしはオロチのうらら彦。よろしくね、秋鹿。うららって、呼んでね」

 髪の長い男が名のる。オロチとは、おおきな蛇のことだろう。

 続いて着物の男が、

「俺はサトリの清明行者せいめいぎょうじゃ。たんに清明せいめいと呼べば良い。こっちはヤマビコの野遊丸のあそびまる。俺は人の心の声が聞こえるが、野遊丸は俺の声をまねるだけだ。お前が不安になるのなら、お前の心はもう読まぬようにしよう。すまなかったな」

「すまなかったなあ」

 アイスクリームで口のまわりをべたべたにして、子どもが云う。サトリとは何か知らないが、ヤマビコはのことかしらと、秋鹿は考えた。

「それにしてもハルさん、今日のケーキも最高よ。チーズケーキも、ガトーショコラも、どちらもおいしいわあ。本当、ここに来ると、体型のことなんかどうでも良くなっちゃう」

 頬に手を当てて、麗ら彦はうっとりとする。

「おお、俺にも一口くれるか、野の字。──うん、これはうまいなあ」

「うまいなあ」

 清明行者と野遊丸は嬉しそうにケーキを分け合った。

 彼らの正体を、秋鹿は判らない。けれども今こうして、おそれなく見る彼らの姿は、珈琲コーヒーやケーキのおいしいものに、しあわせそうに笑っている。そのよろこびは、秋鹿が持っているものとおんなじだ。

 秋鹿には、ハルが秋鹿をすぐに受け入れてくれた理由が判った。こんな不思議なひとたちに囲まれて暮らしている人なのだ。

「おばあちゃんも、妖怪なの、」

 秋鹿の問いに、ハルは、ふふとおかしそうに笑って、

「いいえ、私は正真正銘の人間よ。あなたがそうであるようにね、秋鹿」

 賑々しかった客たちが去っていくと、店の内は一気に静かになった。秋鹿は助六と茶漬けが戻ってこないことに気が附いた。あの二頭も、あやかしの仲間なのだろう。ハルの飼い犬ではないと云っていたから、外にねぐらがあるのだろう。

 店を閉めると、ハルと秋鹿は並んで食器を片附けた。秋鹿が洗い、ハルが拭いていく。

「今日は手伝ってくれてどうもありがとう、秋鹿。くたびれたでしょう、」

「ううん……」

 秋鹿は頸を振った。今日一日で、さまざまな出来事があった。たくさん驚いたし、混乱した。けれども、今、全身をくるむ疲れは、不思議と快かった。

 もし迷惑でなければ、明日もハルを手伝いたいと、思った。

「このお店に来るお客さんは、みんなあやかしばかりなの。人間は来ないの、」

「来るわよ。でも、ほとんどは私の友達のあやかしね」

「そう……」

 人間が来るのなら、秋鹿は店に出ない方が良いだろう。ハルの迷惑になるのは厭だった。

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