第11話

「おうおう、お前もケーキを食べたいか、野の字」


 着物の男が、子どもの頭を撫でながら云う。


「食べたいか、ののじ──」


 子どもはにこにことして云う。


「ハル殿、すまんがこっちにもケーキをひとつお願いする」


「はい、チーズケーキでいいかしら」


 ハルが答える。


「それから俺にも珈琲コーヒーのお代わりを頼む」


「はい、お代わりね」


 髪の長い男も、軽く手を上げて、


「ハルさん、あたしやっぱり、ガトーショコラも食べたい」


「はい、ガトーショコラを追加ね」


 着物の男と、髪の長い男が、気安げに会話をする。


「お主、とやらは、どうしたのだ」


「だって、ハルさんのケーキおいしいんだもの。今日だけお休みよ」


「お主はいつでも休みじゃないか」


「失礼ねえ」


 髪の長い男はそっぽを向く。やはり女性のような態度だった。


 着物の男は抱きついてきた子どもに頷いて、


「うむ、アイスクリームも食べたいのだな。ハル殿、重ね重ねすまんがアイスクリームもひとつ頂こう」


「はい、アイスクリームね」


 俄然忙しくなったハルに、秋鹿は云った。


「て、手伝います。迷惑じゃなければ……」


 ハルは珈琲を淹れる手をとめて、秋鹿のいる方に顔を向けた。


「有難う。では、お願いするわ」


 秋鹿が皿を運んでいくと、客たちはその様子を興味深そうに見つめた。


「面白いわねえ。姿が見えないって、こう云うことなのね」


 髪の長い男が、感心したように云う。秋鹿はびくびくとしてテーブルに皿を置いた。アイスクリームに喜んで手を出した子どもと、うっかりふれ合ってしまう。子どもはびっくりしたように手を引っ込めた。


「なあに、俺たちはお前を怖がりはしないさ」


 着物の男が云った。まるで秋鹿の心を見透かしたように。


「怖がりはしないさあ」


 子どもが口を広げて笑う。


「そうそう。姿が見えないって云うのも、なかなか個性的で、良いと思うわよ、あたし」


 秋鹿の持ってきた珈琲を受け取りながら、長い髪の男が云った。個性的。と、云う言葉に、秋鹿は驚いてしまう。


「それに君、何だかいにおいがする」


 茶漬けたちと同じことを云う。「君はとっても特別な子だって気がするわ。だって姿が見えないものなんて、あたし、長いこと生きてて見たことないもの」


 珈琲を啜ると、「おいしい」と、微笑む。


 あの犬たちもそうだし、この人たちもそうだ。何だかハルのまわりには、おかしな人があつまるらしい。けれどもいっとうおかしいのは、この自分だ。秋鹿は思った。


「そうそう、この世はあやしなことだらけ。しかしいっとう判らんのは、己がことが一番判らん」


 着物の男が云う。どうもこの男には、秋鹿の考えていることが読めるようだ。


「いちばん判らあん」


 元気良く子どもがくり返し、はっはっと、男は笑う。


 ああ、そうかと、秋鹿は判った。ハルを振り向き、云った。


「おばあちゃん、この人たちも、『違う』んだね」


 ハルは大きく微笑んで、秋鹿の云いたいことを判ってくれる。

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