第7話

「迷惑……でしょう、」


「いいえ、ちっとも。あなたがどんな姿だろうと、その姿が見えなかろうと、何も迷惑ではないのよ」


 でも、と、云いかける秋鹿に、ハルはやさしく首を振って、


「あのね、秋鹿。あなたのおばあちゃんはね、こう云うことには、慣れっこなんですよ」


 そう云って、ふふと、笑う。


「こう云うことって……、」


「ねえ、秋鹿。あなたは何も心配することはないのよ。大丈夫。あなたはただここで、おいしいものを食べて、好きなことをして、のんびりしていたら、良いのですよ。あとは万事、大丈夫です」


 ハルは頼もしく云った。


 またこの若く見える女性が、自分の祖母だ、と、云う実感は湧かない。でも、この人がやさしい、親切な人だと云うことは、確かだと思う。ともかくも夏休みの間はここにいて、この人と一緒に生活をしなければならないのだ。


「あの、」


「はい。なあに、秋鹿」


 秋鹿はハルに向かって頭を下げた。「これからどうぞよろしくお願いします」


「はい。こちらこそ」


 見えずとも判ったのか、ハルも秋鹿にお辞儀を返した。



 ○    ○    ○   ○   ○



 何かあたたかなものの気配がする。瞼を開けて、ぼんやりとした視界でとらえたのは、二頭の犬だった。秋鹿の部屋の中を、嗅ぎ回っている。


「わあ、」と、秋鹿は飛び起きた。二頭はぴたりと立ち止まり、あちこちに首を向ける。この犬たちにも秋鹿の姿は見えないようだった。


 戸を開けて、ハルが顔を見せる。


「まあ、だめよ、勝手に人の部屋に入っては」


 そうだ、扉は寝る前にきちんと閉めたはずだった。それなのに、どうやってこの犬たちは部屋の中に入ってきたのだろう。窓は開け放しにしていたが、ここは二階である。


「秋鹿、起きましたか、」


 ハルは布団を見下ろして、おはようと挨拶をする。身を屈めて、足元に寄ってきた犬たちの頭を撫でた。


「驚かせてごめんなさいね。どうもこの子たち、昔からいたずらっ子で」


「はあ……」


 犬は一頭は真っ黒で、姿形は甲斐犬に似ており、もう一頭は白いポメラニアンのようだった。夏なのにふわふわとした毛なみをしている。どちらもまだ子どもらしい。


「この家の犬……ですか、」


「いいえ、この子たちは……」


「なんと無礼な! 我々はただの犬ではござらん!」


 秋鹿は呆気に取られた。しゃべったのは目の前の黒い犬であった。はっきりと、人間の言葉で、喋ったのである。

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