第6話

「まず秋鹿には皮剥きを頼みましょう」


 ハルは秋鹿に指示を出しながら、手際良く調理を進めていく。


「次に鍋にお湯を沸かして、スパゲティを茹でてね」


 さほど広いキッチンではないが、一緒に作業をしていても、ハルが秋鹿にぶつかることはなかった。宙に浮く野菜や調理器具で秋鹿の位置を把握しているのだろうが、それにしても勘が良い。不意に腕を伸ばして何かを取るときでも、かすりもしない。本当は秋鹿のことが見えているのではないかと、思うくらいだった。


「よく慣れた手つきですね。家でも手伝うことがあるの?」


「……はい」


「それはずいぶん夏紀は助かっているでしょうね」


 このところ家で食事を作るのは、秋鹿の仕事となっていた。夏紀は元々あまり家のことをするのは得意ではないから、小学生の頃から秋鹿が代わりに家事をすることが多かった。


 忙しい母親の力になりたくてはじめた家事だけれども、何年経っても至らないことばかりで、本当に役に立っているのだろうかと、時々、判らなくなる。いらないことをして怒られるたびに、彼女の邪魔ばかりする自分をいやになる。今回だって、どれほど夏紀に迷惑をかけただろう。今日の夕飯は、どうしただろう。


 料理が出来上がると、二人は店のテーブルで食べた。


「本当は二階にも食べるところがあるけれど、運んでいるうちに冷めてしまうのがもったいなくて、いつもここで食べちゃうの」


 と、ハルは笑った。


 ハルの作ったナポリタンはとてもおいしかった。角切りのトマトが入っていて、甘みの中に、ほど良い酸味がある。


「おいしいですか、秋鹿」


 たずねられ、「はい」と素直に答えた。ハルは目をほそめて、


「ええ、私も、我ながらおいしいものが出来たと思うわ」


 ハルはお喋りではなかった。けれども二人静かに食べていても、全然気まずくはなかった。ハルが心からおいしそうに、しあわせそうにしているからだろうか。きっと、一人で食べていてもこうなのだろうと思うほど、彼女の態度は自然だった。


 あんまり母さんとは似ていないな。秋鹿は思った。しかしこの人だって会ったこともなかった孫の面倒をいきなり押しつけられて、内心迷惑だろう。しかもその孫は、普通ではないのだ。


「……あの、」


「なあに、秋鹿」


 ハルは箸を止めて顔を上げた。


「どうして何もかないんですか、」


「何を訊いてほしいの、」


 おだやかに云い、水を口に含む。


「……僕が見えなくなった訳……とか」


「訳があるのですか、」


「……」


 秋鹿は答えに詰まった。ハルは微笑みを浮かべながら、秋鹿の言葉をじっと待つ。

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