11-1 鎮めの法

 津幡がビーバーを仕留めに大学に向かいしばらく時間が経っていた。二人はダイニングの椅子で陰鬱な時間を過ごしていた。

 一時間経って何の連絡もなければ警察に連絡する。もしそうなった時には、既に津幡もこの世の人ではないという事だ。新堂が時計を確認すると十五分ほどが経っていた。恐らくまだ大学まで移動中で、もう少しといった辺りだろう。

「ねえ、新堂君……」

「ん? 何だ」

 朝比奈の言葉に時計から視線を上げる。朝比奈はどこか迷うような視線を見せながら、新堂に言う。

「何か私達にもできることはないかしら? このまま待っているだけなんて……あたし、耐えられない……!」

「気持ちはわかるけど……出来る事なんて無いよ。津幡さんみたいに銃がある訳じゃないんだ。包丁とかそんなんじゃあのビーバーと戦うのは無理だよ」

「ええ、分かるわ。でも……本当にビーバーだけをやっつければそれで解決するのかしら?」

 朝比奈の言葉の意味を考え、新堂は聞き返す。

「つまり……いそい様を何とかしないと駄目って事か? 朝比奈が言いたいのはそういう事?」

「ええ……」

「それは……さっき津幡さんも言っていただろう。まずはビーバーを倒してからだって」

 新堂の言葉に、食い下がるように朝比奈が言う。

「ビーバーといそい様……その二つの怪異が交わってしまったのなら、倒すのも一緒じゃなきゃ駄目なんじゃないの? どっちか片方だけ何とかしても解決にはならない」

「そんなこと言ったって……いそい様をどうする気だ? 今から大昔に埋められた手足を探し出すつもりか? そんなの不可能だよ!」

「ええ、それは分かってる。でも、昔は鎮める事が出来たんでしょ、違う方法で? それと同じことをやればいそい様を鎮める事が出来るはず……!」

「違う方法か……そうだな。確かに、塚を建ててそれで怪異は収まったんだ。同じ方法で鎮めることは、理屈では可能って事だな。でもその前に、一体何故いそい様が目覚めたのか……その理由を探らなければいけない」

「津幡さんが言っていた……土砂崩れか何かで塚が崩れたんじゃないかって。それは考えられることじゃない?」

「そうだな。他には……山に入った人がいたずらで塚を壊したとか、工事で撤去したとか。でも、それを調べに行くつもりか? 今から?」

 今はもう夜だ。何もなくても雨が降った後の山は滑りやすく危険だ。そして今はビーバーという化け物までうろついているのだ。容易に立ち入れる場所ではない。せめて土地勘があればよかったが、新堂も朝比奈も、塚があるという首無し山に入ったことは一度もなかった。

「……塚が壊れていると仮定して、それで私たちにできることは何かないのかしら? 鎮めるための儀式とか……」

「神職でもない俺達が真似事をやって効果があるかは疑問だが……ああ、昔のレポートでもあればな。何か書いてあったかもしれないのに」

 新堂たちがレポートを書いたのは二年前。記憶だけに頼って対策を立てるのは無理があった。

「レポート……そうよ、レポート!」

 朝比奈が何かに気付いた顔で椅子を揺らし立ち上がる。

「出したレポートは津幡さんが保管しているはず……昔言っていたわ! 全部大事に、家の書斎に保管しているって!」

「家の書斎……つまり、ここにあるってことか?!」

 新堂も立ち上がり思考を巡らせる。当時の資料があるのなら、忘れてしまっている何か重要なことを思い出せるかもしれない。いそい様を鎮める手掛かりがそこにあるかも知れなかった。

「よし……じゃあ、津幡さんには悪いけど、書斎を見せてもらおう」

「ええ、どこかしら。鍵がかかってないといいけど」

 二人はダイニングを出て廊下を歩いていく。隣には風呂場があり、突き当りにはトイレ。一階にはないようだった。

 続けて二階を探索する。一番手前の部屋は津幡の部屋らしく、脱いだ服や飲みかけのペットボトルが残っていた。その隣の部屋のドアを開けると、壁一面に整然と本棚が並んでいるのが見えた。奥の壁に向かって机があり、何冊かの本が積まれて置かれていた。

「ここか?」

「きっとここよね? レポートはどこかしら?」

 照明のスイッチを入れ、本棚を探していく。すると一番下の段に紙の箱が押し込んであるのが見えた。

「何だこれ?」

 新堂が箱を取り出して中を見ると、中にはレポートの束が入っていた。これは古い……五年くらい前の学年のもののようだった。

「年ごとに分かれてるのか。どれだ、二年前……」

 箱を次々と取り出して中を確認する。そして朝比奈が二年前の自分たちのレポートを発見した。

「いそい様伝承における地域間の差異……これよ! 懐かしい。みんなで徹夜したっけ」

「そうだったな。片岡も……」

 記憶の中で片岡が笑っていた。だが、もう片岡はいない。ビーバーに奪われてしまったのだ。失ったものの大きさを、新堂は今更ながらに知った。

「感傷に浸ってる場合じゃないな……何かないか。いそい様を鎮める方法」

「これって……」

 朝比奈が驚いた様子で資料の束を開いていく。それもいそい様に関連するもののようだが、新堂の記憶にはないものだった。書いてある文字も自分達の字ではない。

「ひょっとして津幡さんの字……かしら?」

「そうかも知れない。そう言えばさっき言ってたな。気になって自分でも調べてみたって……これだ! さっき言っていた、首をもぐ話!」

 新堂たちが調べた限りでは、いそい様は手足を切り落とされて埋められている。しかし津幡の資料では、さらに首も切り落とされている。そしてその後起きた水難事故でも、手足だけでなく首をもがれた死体が見つかったという。同じ伝承でも地域によって差があることは多い。そして今回の事例では、どうやら津幡の調べた内容の方が正しいもののようだった。

「手足を首を切り落とされた胴体だけが首無し山に埋められた。そして塚が建てられた。塚を建てただけで鎮める事が出来たのか? 何か他にやったことはないのか?」

 新堂は自分たちのレポートと津幡のレポートに目を通していく。鎮めるための儀式……何か調べたような記憶があった。それが分かれば、今目覚めてしまったいそい様を再び鎮められるかもしれない。そうすればビーバーの怪異も止められるかもしれない。

「これ……これじゃない……? 片岡君の調べたやつ。鎮めの儀式について書いてある!」

「何だって? なんて書いてあるんだ……?!」

 片岡のレポートを床に広げ、新堂と朝比奈は食い入るように文字を読んでいく。

「塚を建て、失った手足を捧げる。儀式では手足に見立てたごぼうを祈りと共に捧げた……ごぼうだって?」

 人を捧げる風習が、人形や農作物を捧げる風習として残っていることはある。いそい様に関しても同じようなことをやっていたらしい。

「ごぼうを……どうやって捧げたんだ? 生なのか?」

「そこまでは書いてない。でも多分、生のままじゃない? 煮たごぼうなんて手足の代わりにならないわ」

「捧げ物は儀式の後に人が食べる場合がある。それを考えれば煮物とかでもおかしくはないけど……くそ、これ以上の事は分からない」

「でも、ごぼうを捧げればいいってことでしょ? それなら何とかなるんじゃない? 人を捧げろっていうんじゃないんだから」

「確かにな……でも、肝心の塚はどこなんだ? どこかに位置図はないか? 場所が分からないんじゃ捧げようもない……!」

「そう、そうよね……私たち、結局一度も首無し山に行ったことないもんね。こんな事ならもっとまじめにやっておくんだった……」

 後悔は先に立たない。新堂たちは二年前の自分たちの不真面目さを恨みながら、レポートの束の中に情報がないか調べる。

「あった……けど……?」

 朝比奈の声に新堂も資料を見る。見ると、それには塚の位置が記されているようだった。


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