4-2

 シンプルに考えよう。新堂は一旦全てを忘れ去った気持ちで、もう一度事実だけを整理した。

 いそい川は増水している。

 いそい川と用水路の接続部にはゴミが詰まっている。

 更に下流の交差点部分でもゴミが詰まっていた。そこに死体が混ざっていた。

 詰まっていたゴミと資料棟の脇にあったゴミの関連だが、これを同一のものと考えるのは推測であって事実ではない。だとすれば、ゴミの出所は不明のままだ。

 これらの事実から考えられるのは、何らかの理由でゴミが用水路やいそい川に入り込み、時を同じくして亡くなった二人が上流のどこかで用水路に落ちたという事だ。ようするに、二人の死はただの事故。詰まっていたゴミとの関連はない。

 本当か? 単純化して考えたつもりで、帰って物凄く不自然な考えになっている気がする。ゴミと死体が無関連というのはまだ納得のできる事だが、そもそものゴミの出所が謎過ぎる。

 ゴミの量と種類からして、自然に流れ込んだとはどうしても思えない。常日頃からガンジス川のようにゴミが流れているのならともかく、いそい川は普段は水はないし、ゴミが流れるような川ではない。

 かと言って人為的なものとも考えにくい。いや、人為的としか考えられないが、しかしそこまでする理由が分からない。そして死体と無関連だとすれば、その方がかえって理由が分からなくなる。たまたま水路に誰かが落ちた。おるいは殺され遺体が捨てられた。たまたま時を同じくして愉快犯がゴミを捨てた、などと、いくらなんでもそんな偶然があるだろうか。

 いろいろな考えが巡るが、ぐちゃぐちゃとした思考の中で、新堂は片岡の言葉を思い出して自嘲気味に笑った。

「これじゃ確かに少年探偵倶楽部だな。素人がいくら考えたって、休むに似たり、か」

 新堂は髪の毛をかき上げ、乱暴にかき回した。ぼさぼさになった毛を荒っぽく撫でつけながら、溜息をついた。

「戻ろう。とりあえずここにもゴミが詰まっているから、津幡さんに報告だな。総務課が撤去なりなんなりしてくれるだろう」

 それが自分にできる現実的な対処だ。思い悩むことはやめ、新堂は資料棟に戻っていった。


 資料棟のゼミ室に新堂が戻ると、ちょうどよく津幡が戻っていた。外の風は冷たいほどだったが、津幡はワイシャツの袖をまくって暑そうにしていた。

「津幡さん、ちょうど良かった。今いそい川の――」

「そんな事より大変なんだよ! どうしよう……」

 いつになく挙動不審な様子で、目を泳がせながら津幡が言う。変なのはいつもの事だが、これは輪をかけて様子がおかしかった。朝比奈と片岡も困惑した様子で、どこか助けを求めるような視線で新堂を見ていた。

「ビーバーを乗せたトラックが海に落ちたって……今さっき連絡があったんだよ……」

 この世の終わりのような表情で津幡が言う。ビーバーというと昨日の剥製の事だろうが、海に落ちたとはどういう事だろうか。何を言ってるか新堂にはさっぱりわからなかった。

「昨日のビーバーが海に落ちたんですか? 何でまた?」

「違う。新しいビーバーだ。奥さんと子供のビーバー……セットで買ったんだ……」

「奥さんと子供……の剥製?」

「そうだ」

 となると昨日のは旦那のビーバー、雄という事か。雄と雌のつがいはまだ分かるが、子供と一緒というのはちょっと悪趣味にも思えた。

「落ちた落ちたって……拾えばいいんじゃないですか? クレーンで引き上げるとか」

「それが落ちた崖の高さがね、なんと三〇〇メートルはあったそうなんだ。親不知は知ってるだろ? 急峻な地形で有名な所だが、そこなんだよ! トラックはぐしゃぐしゃ……当然荷物も散乱している。今頃は冬の日本海の荒波で跡形もないだろう……」

「三〇〇メートル……? それは確かに……跡形もないかも知れないですね。運転手は?」

「まだ見つかってないらしい。ひどい話さ」

 トラックが三〇〇メートルの高さから海に落ちた? なかなか聞いた事のない、確かにひどい話だった。

「ああ、ビーバー……家族そろって飾ろうと思ってたのに……」

 新堂は運転手の事を言ったつもりだったが、津幡はビーバーの事を言っていたらしい。意識の祖語に少しうんざりしながら、新堂は聞き返す。

「並べるつもりだったんですか? ……いや、そんな事はどうでも良くて!」

 新堂が思い出して大声で言う。津幡のせいで危うく忘れそうになる所だったが、いそい川と用水路の接続部分にもゴミが詰まっていることを言おうとしていたのだ。

「えっ、どうでも良くないよ! 二〇万出したんだよ、二〇万! ビーバーは家族そろって初めて完成する! 私が注文して、それからビーバーの家族を見つけ出して作った特注品なんだよ! 世界に一組だけだ!」

「えっ? そんなもん注文したんですか……わざわざビーバーの家族を……犠牲にして? トンチキな河童論文のために?」

 新堂の口からつい本音が飛び出した。津幡はそれを聞き、顔を赤くして大きな声で反論する。

「トンチキとはなんだ! 今まで誰も発想さえしなかった、できなかった斬新な仮説だ! 新たな世界を開く挑戦を、君はトンチキと笑うのか!」

「だってトンチキなんだから……いや、それはどうでもいいんです。また話が逸れちゃった。いそい川の水位上昇、あれもゴミの詰まりが原因でした」

「何? いそい川って……そこの川の事か?」

「はい。構内を縦断しているあの川です。川の水位がいつもより高いのが気になって見に行ったんです。あの川は北側の大通りの方に伸びて用水路と繋がっていますけど、その接続部分でゴミが詰まっています。流木とか、色んなプラスチックのゴミとか、多分交差点の所と同じような状況のようです」

「何だって。そうか……うちの敷地の中だから……総務課の仕事だな」

「ええ。幸い水が溢れているようなことはないので対策を急ぐ必要はなさそうですが、重機でゴミをさらうとか、そういう対処が必要だと思います」

「ふむ、分かった。それは総務課にも伝えておこう。しかしゴミの詰まりね……どこから流れ込んだんだろう?」

 首をかしげる津幡に、新堂が答える。

「分かりません。ただ、ここの入り口脇にあったゴミが……どうも姿を消してるっぽいんです」

「入り口脇って……ああ、あのゴミの山か」

「俺の記憶に間違いがなければ、少なくとも自転車が一台消えています。それに液晶テレビも二台」

 新堂の言葉に、津幡が視線を鋭くする。

「自転車……? 交差点の所に詰まっていたな……」

「そうなんですよね? ただ不思議なのは、いそい川の状況から考えて、とても流されていったとは――」

「おい、新堂! また蒸し返す気か!」

 片岡が不機嫌そうに言う。新堂はためらいながら、言葉を続ける。

「いや、別にそういうわけじゃないが……でもとにかく、いそい川と用水路の接続部にはゴミが詰まっていました。それだけです」

 新堂が言うと、片岡は不満そうに視線を逸らした。津幡は新堂の言葉を反芻するように、ぶつぶつと呟いていた。

「ゴミの詰まり……まるで流れをせき止めるように……?」

 その津幡の様子に、苛ついた様子で片岡が言う。

「津幡さんまでやめてくださいよ、探偵ごっこみたいな真似は。人が二人死んでるんだ……素人の俺達が茶々をいれていい話じゃないでしょ」

「うん、そりゃそうなんだが……新堂君が気にしているように、奇妙な話だ。誰かがゴミを捨てた……捨てたというより、むしろ流れをせき止めることが目的だったのか? まるで……そう、ビーバーのダムのように」

 津幡の言葉に、片岡が舌打ちをした。朝比奈も非難するような視線を津幡に向ける。新堂は二人の言葉を代弁するように津幡に言った。

「いや、俺が言いだした事ですけど……いくらなんでもビーバーの話とまぜっかえさないでくださいよ。片岡じゃないけど、人が死んでる……この話はやめましょう。とにかく、ゴミが詰まってたのを総務課に連絡だけお願いします」

「あ、ああ。分かった。そうだな……ビーバーの話は……ちょっと口が滑ったな。すまない……」

 津端が決まりが悪い様子で言うと、そのまま踵を返してゼミ室を出ていった。

 少し険悪な雰囲気がゼミ室に残った。新堂は自分の席に座りながら、ちらりと片岡を見る。不機嫌そうな横顔だった。

 だがそれにしても……新堂は胸の中で呟いた。津幡が言ったビーバーのダム……たちの悪い冗談のように聞こえたが、流れをせき止めるという事では、確かに似たようなものかも知れない。

 ビーバーは木の枝などを使ってダムを作る。時には木をかじり倒して材料にすることもある。学習資料棟のゴミは、近くにあったちょうどいい材料だった……そう言う事なのかもしれない。だがその考えを、新堂は頭から追い出した。ビーバーがダムを作った? あまりにもナンセンスな話だった。

 美羽埼大学は都会のど真ん中……とは言えないが、それなりに人口も多い地域にある。田んぼはあるが、手付かずの自然が残っているわけではなく、あくまでも管理された自然があるだけに過ぎない。それに日本の、それも積雪のある雪国の気候ではビーバーは生きていけない。何をどう考えても、ビーバーなんかがいるわけがない。

 そんなことより問題なのは、その詰まっていたゴミの中で二人の水死体が見つかったという事だ。ゴミを詰まらせて流れをせき止める事と何か関係があるのか……。

 新堂は手で目元を押さえもみ込んだ。これ以上考えても堂々巡りになるだけだ。素人がちょっかいを出すことではない。気もそぞろだったが、新堂は作成したレポートの内容をもう一度読み返すことにした。

 ただの事故だ。考えすぎなだけだ。自分にそう言い聞かせ、新堂はレポート用紙の文字を目でなぞった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る