第13話

それでも、曹操は自分を育ててくれた親だと思っている。

曹操は、曹操と同じ様な境遇の子供達を引き取り、自分の家族とした。

それが、後に言うところの「荀家」である。

曹操は、その当時でも珍しい女性を妻に迎え、三人の男子に恵まれる。

長男の曹丕、次男の曹和、三男の曹彰である。

曹家は代々続く名門であったが、その当主は長男が継ぐ決まりになっていたため、次男である曹和が家督を継ぐ事になる。

曹和は聡明で人望もあり、当時の朝廷では「三公」の一人と言われていた。

曹操自身も三公に推されていたのだが、本人が固辞したため、三公は曹丕と曹彰の二人のみとなる。

だが、この二人の仲はあまり良くなかったようで、特に曹彰とは不仲であったとされている。

この二人は同じ母から生まれた兄弟なのだが、どうも折り合いが悪かったようだ。

この兄弟の確執については、様々な憶測が飛び交っているのだが、確かな事は分かっていない。

とにかく、この兄弟はお互いを嫌っていたようである。

一方、曹操は若い頃から多くの才覚を発揮し、袁紹との政争においては劣勢に立たされていた袁家の勢力を盛り返し、最終的には漢王朝の最高権力者の座にまで登りつめた。

曹操が権力を手にした時、すでに漢王朝は腐敗しきっており、各地では賊が跳梁跋扈していた。

そんな中、曹操は漢王朝を再興し、再び漢王朝に繁栄をもたらすために行動を始める。

漢王朝復興の為には、まずは乱世を終わらせる事が重要だと考えた曹操は、漢王朝に敵対する勢力を討伐していく。

曹操は各地の諸侯に呼びかけ、連合を結成させ、連合軍をもって賊徒を討ち滅ぼしていった。

その中で、呂布もまた、曹操軍の武将として参戦する事となる。

呂布は徐州の出身である事や、その武勇から曹操軍に迎え入れられた。

そして、呂布は瞬く間に出世を果たし、将軍の地位まで昇り詰めた。

それは、曹操のやり方である。

曹操は天下統一の野望を持っていた。

その為には、まずは中華の全土を掌握しなければならないと考えていたのだ。

呂布は、そうではないと思っていた。

呂布の目的は、あくまでも妻子を安全に暮らせる環境を作る事であり、それは大陸の統一や平和などではない。

だが、曹操は呂布の考えを理解出来なかった。

いや、曹操だけでなく、曹操の部下達も同じ考えであり、曹操軍の将士は皆、曹操の覇道を支える為の存在であり、その目的のために命をかける事を厭わないと言う。

また、陳宮も曹操に賛同していた。

曹操が言うには、このままでは漢王朝は滅び、戦乱の時代が再びやって来る。そうなれば、民が苦しむことになる。

曹操軍はその混乱を収める為に戦ってきたと言う。

呂布もその言葉に納得した。

確かに、今の世は乱れている。

それを収めようと努力している者は、ごく少数しかいない。

その少数の者達ですら、自らが生き残る事で精一杯と言うのが現状だ。

曹操はその少数を救うべきだと言っているのだと、呂布は思った。

しかし、曹操のやりかたはあまりにも性急すぎた。

曹操の配下は皆、その言葉を疑うことなく信じているようだったが、呂布は違った。

もし本当に曹操の言葉が正しいとしても、その理想を実現するには時間がかかりすぎる。

それまでに、何万という人間が犠牲になるだろう。

それを見過ごすことは出来ない。

それに、曹操が掲げている大義名分は、結局はただの自己満足にしか過ぎないのではないか? そんな疑問が浮かび上がってきた。

そこで、呂布は曹操に対し、自分の意見を言う事にした。

「殿のおっしゃる事は分かりますが、今はまだその時ではありません。天下平定の為の布石を打つにしても、それはもう少し先の話でしょう」

呂布は曹操に進言する。

「今は各地に散らばった賊を退治するべきです。それが終わらぬうちに漢王朝を立て直すなどと、そんな事は出来ません」

「貴様! 殿に向かってなんという口を!」

曹操の傍にいた側近が、怒りの形相で怒鳴る。

「よい。余の客人に対する態度としては無礼ではあるが、しかし言っている事は正しい。なるほど、たしかに賊の討伐が先決であろう」

「ならば……」

「しかし、賊を討伐するにも、その土地を守る者が必要だ。賊の中には、その土地の豪族が兵を貸し与えて賊となっている場合もある。そのような者達は討伐しても、いずれは戻ってくる。賊の根を絶つ事は出来ない。だから、その土地を治める必要があるのだ」

曹操は、呂布に説明する。

呂布は少しの間沈黙していたが納得したかのように頷き

「では、この俺に任せてもらえないか?」

と、申し出た。

これには曹操だけではなく、その場の側近達も驚いていた。

いくら勇猛な武将とは言え、一兵士である呂布に太守を任せるなど聞いたことがないからだ。

だが、呂布は本気だった。

呂布は徐州の太守を務めていた事がある。その頃は呂布もまだ若く経験も浅い若輩者であったのだが、それでも何とかやっていけたのは、徐州に住む人々の協力があったからである。

呂布が徐州で暮らしていた頃は、曹操が攻め込んでくる前だったので、徐州の民達は曹操の脅威に晒されていなかった。

そのおかげもあって、呂布は徐州の人々から慕われ、協力してもらう事が出来たのである。

だが、曹操が徐州に攻め込んできた時、徐州の民の多くは曹操に協力するか、曹操を恐れて逃げてしまった。それでも、呂布の元に残ってくれる人々もいた。

呂布は、その人々に報いるためにも、この徐州で出来る限りの事をするつもりだった。

呂布が太守となるなら、この場にいる曹操の部下達も反対はしない。

曹操は、呂布の提案を受け入れる。

こうして、呂布は徐州の太守となった。

その後、曹操は袁紹や袁術と戦い、勝利を重ねる事になる。

そして、ついに袁紹を破り、河北を手中に収めた。

袁紹を破った曹操は、そのまま南下して荊州を攻め取ろうとしたが、ここで呂布が反対した。

呂布は曹操に、このまま南下すると劉表の領地を通る事になり、そこに住む人々が巻き込まれてしまう恐れがある事を説明する。

呂布は曹操に、劉表と戦うのではなく、その領地を通って西進し、荊南と呼ばれる地域を平定してから北上し、袁紹を破って得た河北と合わせて曹操の領土とするべきだと提案した。

「……なるほど、それも道理であるな。では、そうしよう」

曹操はあっさり呂布の意見を受け入れた。

この時、呂布はすでに徐州の太守ではなく、曹操から独立して劉備と共に行動していた。

その為、曹操軍の武将であるはずの呂布が、主君である曹操に対して意見を述べる事が出来たのである。

曹操は、呂布を信頼していたのだ。

呂布は自分が徐州の太守であった頃に培った人脈を使って、曹操軍の諸将を説得する。

その結果、徐州は呂布が太守として治め、曹操軍は荊州へ向けて進軍を開始した。

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