第10話

「邪馬台国」を国号とするのは、「倭」と全く同じであり、その「邪馬台国」も、「邪馬台国」の都があった場所は、「卑弥呼」の「邪馬台国」と同じ場所である可能性が高いのだ。

しかし、「邪馬台国」は、「倭」よりも古い時代にあった国のようである。

この「邪馬台国」は、「魏志倭人伝」に書かれている内容によれば、「倭国の女王」の治める国とされている。

また、この「邪馬台国」は、「魏志倭人伝」に書かれている内容によると、現在の北九州を中心とした地域を支配しているようであり、朝鮮半島の北部にも勢力を持っていたらしい。

「魏志倭人伝」には、倭の五王のことも書かれていて、「倭の王」は、「倭建命(ヤマトタケルノミコト)」であるということが記されている。

これは、日本書紀に記述されている「倭建」という人物と同一人物である。

この事から、この「倭」は、「倭」と「倭王朝」の両方をさす言葉であることが分かる。

「倭」と「倭王朝」は、「魏志倭人伝」には、「女王」が治めていたと書かれていることから、同一の存在と考えることが出来るのだ。

また、倭の「王」は「倭健」であり、倭の「女」は「倭迹迹日百襲媛」であると書かれてある。

「倭」は、中国からすると、周王朝から周王朝に変わった時のように突然のように現れた大国であるようにも思われる。

そして、周王朝と魏志倭人伝は繋がっていると思われる。

つまり、周王朝と魏志倭人伝とは繋がっている可能性は高いのだ。

そして、周王朝の最後の王が武王である。

三国志の豪傑の1人である

『呂布奉先』について語るとしよう。呂布は、三国時代の武将であり、三国志の中でも屈指の猛将として知られている人物である。

彼は、後漢末期に活躍した人物であり、元々は幽州(ユウシュウ)の出身で、「丁原(テイバラ)軍」に仕えていた。

しかし、ある時、董卓(トウタク)が丁原を殺して漢帝国を滅ぼしてしまったため、その後は、袁紹(エンショウ)の元に仕えることとなった。

その後、呂布は、袁紹軍の中で頭角を現していき、やがて、曹操(ソウソウ)が起こした「青州兵の乱」を鎮圧したことで、曹操からも一目置かれるようになる。

その後、呂布は、袁術(エンジュ)の元へ使者として赴くことになり、そこで客将として迎えられることになる。

その後、呂布は、曹操が徐州(ジョシュウ)の太守をしていた時に、曹操の客将として招かれ、そこで徐州を平定するための軍師として曹操軍に加わることになる。

曹操軍は、徐州を制圧することに成功して、徐州の太守に就任することになる。

その後、曹操は、徐州を安定させるために徐州牧に就任することになり、その補佐役として、徐州刺史の陳宮(チンキュウ)が抜擢されることになる。

曹操は、呂布を徐州の太守に任命したかったのだが、呂布自体が固辞したのである。

それは何故かと言うと、呂布は、元々が幽州の出身なので、徐州の風土に慣れていないということもあった。

しかし、それよりも何よりも、曹操が、自分より強い者を自分の部下にしたくなかったからである。

そのため、曹操は、自分が信頼している陳宮を推薦し、その推挙により、呂布は徐州の太守に就任した。

そして、その初仕事は、曹操軍の将軍の一人として、黄巾党と戦うことであった。

その戦いは、劉備が主導して行ったものであり、劉備の義勇軍と共に戦うことになる。

その戦いは、大勝利に終わったのだが、その功績で劉備が、劉備の義弟の関羽の養子の張飛の義兄弟となったので、呂布は劉備の軍門に降った。

劉備は、徐州の民が豊かになるような政策を行いそれに寄り添うように呂布は支えていった。

その結果、劉備は、益州で独立を果たし、劉備は劉備で、劉備の義父の陶謙(トウケン)が、孫策に攻め滅ぼされてしまったので、劉備は、劉備で、益州へ亡命した。その劉備を迎え入れるために、劉備の妻の呂姫が迎えに行ったのだが、それに反対したのは、呂布であった。

呂布としては、天下統一を目指しているのだから、敵方の人間を懐に入れるのは反対だったのだ。

そんな呂布に対して、劉備の奥方である呂姫が説得をした。

「私は、あの人の夢を叶えてあげたいのです。私達夫婦の夢を。」

と、呂姫は言ったそうだ。

しかし、それでも呂布は納得しなかった。

しかし、最終的には、劉備の人柄に惹かれたのか、呂布は渋々ながらも、承諾することになった。

そして、劉備と呂布は意気投合し、お互いに協力し合うようになった。

それからというもの、劉備は、益州では、劉璋ではなく、「天の御遣い」であるという噂の「北郷一刀」という男を中心に勢力を築いていく。

呂布も、徐州において、善政を行うようになり、徐州の民からの信頼を勝ち取っていった。

呂布は、その評判を聞きつけた曹操から使者が来る。

曹操からの誘いを受けて、呂布は、曹操の元に馳せ参じることになった。

曹操は、呂布の武勇を高く評価しており、呂布は、曹操の配下として名を馳せる結果となる。

そして、実は呂布は彼曹操からも実は恐れられている存在でもあったのだ。というのも、呂布は、曹操軍の武将の中でも最強と言われる程の実力の持ち主であり、また、呂布は、曹操軍を裏切ることは一度も無かったからである。

曹操は、呂布を恐れていると同時に、高く評価していた。

呂布が曹操に帰順してからしばらくして、曹操は呂布に「魏王」の位を与えようとしたが、呂布はそれを辞退した。

呂布は、あくまで呂布奉先個人として曹操を慕っているのであって軍のために行っていた訳では無いからである。

それでも曹操は呂布を高く評価する。「奉先よ。お前が私の元に来てからもう10年以上経つが、その間、一度も寝返りを打とうとしないな。」

と、曹操は言う。

「曹操殿。俺は、あなたの元で戦えて良かったと思っている。もし、仮に俺が、曹操殿の寝首を掻こうとしていたらどうする?」

と、呂布は尋ねる。

「その時は、私が殺される時だ。」

「何故?どうしてそう言い切れるのだ。」

「それは、私の方がお前より強いからだ。もしも、お前が本気で私を殺そうと思うなら、私も全力で相手をしなければならないだろう。だが、奉先。お前は、今まで一度たりとも、そのような素振りを見せたことはないではないか。」

「・・・。」

呂布は沈黙してしまう。

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