第30話葛藤

 アタシだって分かっている。真冬を助けて豊和が怪我した時にどれだけ心配した事か。あの時も愛美からメールで連絡が来た時、アタシは心配で心配でいてもたっても要られずに教室を飛び出した。あんな思いは2度としたくない。


 光莉の言う事は正しいと思う。悪意は至る所に転がっている。不安の種は取り除くべき。アタシは苛立ったままに屋敷を飛び出してこうして日が暮れていく街中を1人ある場所に向かって歩いている。


「何…してるんだろ…アタシ…」


 独り言を呟きながら歩いていると少しだけ古びた五階建てのビル。昔は何かの会社として使われていたと思うけど今は使われていない。ビルの側面には屋上迄続く非常用と思われる階段。ロープが張られていて立ち入り禁止の文字が看板に書かれている。アタシは何かあるとここの屋上に来る設定になっていたけどゲームでは話だけ出てくる場所。ロープをくぐり抜け屋上へ。


 屋上へと辿り着いたアタシはフェンス越しに遠くにある山の背に姿を隠そうしている夕陽を見ながら物思いにふける。


「あの時も丁度こんな感じの夕陽だった…なぁ…」





******


 ゲームの中のアタシはモデルの仕事に精を出し恋に仕事に頑張るツンデレキャラという位置付け。でも自我が芽生えてからはモデルなんて嫌気が差した。アタシが雑誌に載る度にクラスの男子は色めき立ちイヤらしい視線を向けて来るのが分かる。アタシを舐め回す様な如何わしい視線…。ホント気色悪い。何故自我を持ったのか分からない。アタシ以外も自我を持っていた。だからといって何か変わる訳でも無かった。


 またアタシが攻略キャラに選ばれた。吐き気がする。何でアタシが好きでも無い奴らと恋愛しないといけないのよ!ゲームが始まると時刻は夕暮れ。アタシはここの屋上から階段を下りた所で主人公と出会う事になっている。嫌々ながらもシナリオの為にフェンスを掴む手を離した時…


「こんな場所なんてあったんだ?」


「…ハッ!?」

(はぁ─!何よコイツ!アタシが言う事では無いけど何で立ち入り禁止の場所に入って来た訳ぇ?というより入って来れない筈よね)


「立ち入り禁止の場所で美少女が1人、人気ひとけも無いのでここには来ない方が良い思いますよ?」


「フン!アンタに言われる筋合いは無いわよ!というよりアンタが怪しいじゃない!アンタがアタシを襲うつもりなんでしょ!そうなんでしょう!」

(シナリオは?もしかして…コイツが今度の主人公な訳?)


「襲うつもりなら声掛けないでしょう?不安なら時計周りで俺が貴女が立っている場所へ。貴女はここまで来たならさっさと階段を下りて行けば良いでしょう?我ながら良い提案でしょ?」


「…フン。もういいわ、どうなっても構わない。襲いたいなら襲えば良いわ。どうせ汚れているんだからどうでも良い…だからこっちに来れば?」


 投げやり気味に言ったけど内心はビクビクしてたのを覚えてる…。主人公には、ゲームにはどうせ抗えないと思っていた。そんな心配要らなかったんだけどね。アイツはアタシから少し離れた所からフェンス越しに同じ景色を見てた。


「…ここは落ち着きますね」


「アンタも分かる?ここの良さ?」


「はい、そりゃあ街中なのに自然の景色が見えるんですから」


「そう…」


「…答えたく無かったら答えなくて構いませんので質問しても?」


「ふん、言ってみなさい」


「何を悩んでたんですか?」


「………今してる仕事の事よ」


「何の仕事かお聞きしても?」


「はぁーっ!アンタ、もしかして…私を知らないわけぇ?」

(アンタがアタシを攻略に選んだんでしょ?)


「えっと…えっ…聞いたけど知らない俺がもしかして悪い感じですかね?」


「ふん、白々しいのよ、アンタは!これでも私有名な筈でしょ?キャラ説明にも書いてたん筈よ?」


「キャラ?説明?…あ~…本当にすいません。俺記憶が無いので…」


「はっ?」


「いや、だから記憶が無いんですよ!さっき気が付いた時にはここに繋がる階段の途中にいたもんですから」


「…アンタふざけてんの?」

(コイツ、私をからかってるの?)


「いやいや、あっ、でも名前は分かりますよ!豊和。俺は豊和といいます。苗字…は…分かりませんねぇ…」


「色々突っ込みたいところだけれど…ふん、もういいわ。アタシは美麗。高校生二年生でモデルの仕事をしているわ」


これがアイツとアタシの出逢いだった。









 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る