彼女を離す方法

三鹿ショート

彼女を離す方法

 その二人は、愛し合っていた。

 此処が学校であり、二人が教師と生徒という関係性であることも問題だろうが、私が最も危惧していたのは、その教師の配偶者である。

 教師の配偶者のことは私も知っており、嫉妬深い性格ゆえに、この事実が明らかになってしまえば、配偶者である教師か、浮気相手である彼女のどちらかの生命に危機が訪れることになるだろう。

 双方ともに親しい私にとって、どちらかを失うことは避けたかった。

 そのためには、二人の関係に終止符を打つ必要がある。

 私は、それぞれを説得することにした。

 教師については、配偶者のことを持ち出すと、即座に関係を終わらせることを決定したが、彼女については、事がすんなりと解決することはなかった。

 それどころか、

「襲われると分かっているのならば、先に襲ってしまえばいいのではないのでしょうか」

 好戦的な言葉を発したため、私は彼女を止めた。

 どうやら彼女の教師に対する愛情は本物であるらしい。

 だが、あっさりと身を退いた教師にしてみれば、つまみ食い程度の愛情だろう。

 それを知ったら知ったで、教師にとって、敵が一人増えることになる。

 誰もが不幸になることが無い解決方法は存在するのだろうかと、私は頭を悩ませた。

 そこで、ふと、そもそも何故あの二人が関係を持ったのかが気になった。

 それを彼女に問うたところ、

「街中で性質の悪い連中に絡まれていたところを、助けてくれたのです。それ以来、私は先生の虜になってしまいました」

 顔を赤らめながら、そう語った。

 話によれば、彼女に絡んできた人間たちは、確かに積極的な交流を避けたくなるような連中だった。

 しかし、そのような連中からよく彼女を救うことができたものである。

 腕力に物を言わせ、気に入った相手と強制的に関係を持つような人間たちを相手に、あの教師が一人で解決することができたとは思えなかった。

 もしかすると、何か裏があるのではないか。

 そう考え、私は連中が日常的に集まっているという場所へと向かった。


***


 筋骨隆々の男性たちが集まっている部屋の中央に存在している椅子に腰をかけていることから、眼前の男性がこの集団の首領なのだろう。

 露出した肌は傷だらけで、どれほどの争いに身を投じてきたのか、想像もつかない。

「ここは、きみのような人間が来る場所ではないが、それでも来たということは、よほどの用があるのだろう。話してみるといい」

 首領は平然とした態度で声をかけてきたが、私は目のやり場に困っていた。

 何故なら、首領の上には一糸まとわぬ女性が跨がっていたからだ。

 獣のような声をあげ、激しい上下運動を繰り返している女性に対して、何事も無いように珈琲を飲んでいる首領の姿が、なんとも不気味だった。

 その空気に当てられたのか、他の男性たちも、自身が連れてきたと思しき女性たちと交わっており、確かに来るべきではなかったのかもしれないと思ったが、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 私は、首領に彼女のことを尋ねた。

 最初は名前に心当たりが無いような態度を見せていたが、例の教師が救ったことを付け加えたところ、思い出したらしい。

 そして、突如として大声で笑った後、首領は私に真実を語った。

 首領は、例の教師に依頼され、彼女に手を出したらしい。

 首領と教師は学生時代からの付き合いで、進む道は異なったが、今でも交流を続けているようだ。

 そんな中、首領は教師から、

「物にしたい生徒が存在するため、協力してほしい」

 頭を下げてきた友人の頼みを断ることもできず、首領は了承することにした。

 その結果、教師は彼女を入手することができたというわけだ。

 例の教師がこの連中から彼女を救い出すことができた理由に納得したものの、私は首領の態度に違和感を覚えた。

 そのような事実を話してしまって平気なのか、ということだ。

 頼みを断ることができない友人想いであるにも関わらず、その友人の秘密をあっさりと伝えてしまって良いものなのだろうか。

 私がその疑問を伝えると、首領は忌々しそうに、

「独身ならばともかく、配偶者を持つ身でありながらそのような行為に及ぶということを許すことはできないのだ」

 いわく、首領の家庭はそのようなことが原因で崩壊したらしい。

 私にしてみればどうでも良いことだが、事情を明かしてくれたため、同情する素振りを見せておいた。


***


 後日、私は彼女に事情を伝えた。

 当初は信じようとしなかったが、例の教師もまたその事実を認めたため、彼女は唖然とした様子を見せた。

 激昂して、教師を一発でも殴るのかと構えていたが、彼女は一頻り教師を罵倒した後、その場を去った。

 これから彼女はどのように行動するのだろうか。

 然るべき機関に訴えるのか、教師との距離を広げたまま学生時代を終えるのか。

 いずれにせよ、事後処理として、私が動く必要があるだろう。

 私がそれを伝えると、教師は感謝の言葉を口にした。

 何か望みはあるかと問われたため、私は答えた。

「では、私との関係を復活してもらいましょうか」

 その言葉に、教師は見るからに嫌そうな表情を浮かべた。

「私たちが関係を終わらせた理由を、忘れたわけではないでしょう」

 呆れた様子を見せる教師に、私は首肯を返した。

「あなたの肉体が、それほど魅力的なのです」

「だからといって、毎日のように求められると、身体が持ちません」

「あなたも楽しんでいたでしょう。それに、私はあなたの配偶者が関係に気付くような失態はしていなかったではありませんか。対して、彼女は今にも周囲に関係を話してしまいそうな状態でした。私が手を打たなければ、どのような未来が待ち構えていたことか」

「それは、確かにその通りですが」

 文句を並べる教師の手に、私は自らのそれを絡ませながら、

「彼女を選んだ理由は、私に似ていたからでしょう。それは、私を忘れられなかったからに他ならない。あのような回りくどい真似をせずとも、あなたが望むのならば、私は即座に関係を修復しましたよ」

 図星を指されたのか、教師の顔が赤くなっていく。

 その反応に愛おしさを覚えると、私はその頬に自身の唇を押しつけた。

 相手は驚いたような様子を見せるが、抵抗する素振りは無い。

 私は教師に向かって笑みを浮かべながら、

「関係が戻った記念として、明日は外出をしましょう。安心してください、私とあなたが並んで歩いていれば、仲の良い母親と娘にしか見えませんから」

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