第52話 剣聖オーガ

 大船おおぶねさんからヘルプ要請がきた。

 駆け付けると、まだ戦闘前だった。

 どうしたんだろう。


「嫌な予感がビンビンするんでな。死んだら仇を討ってもらおうかと来て貰った」

「敵はオーガですね。剣を持っている奴は珍しいですけど、強敵ですか」

「分からねぇ。じゃ頼むわ。行って来る」


「勝利を信じてます」

「死なないで下さい」


 俺達の声援を受けて、大船おおぶねさんが部屋に踏み込む。

 座っていたオーガは立ち上がり、剣の柄に手を掛けた。

 構えからして居合だな。

 素人の俺にも分かった。

 決着は一瞬でつくだろう。


「【ストレングスアップ】、【シャープエッジ】」


 大船おおぶねさんも臨戦態勢だ。


「ガアッ」


 オーガが掛かって来いと言わんばかりに短く吠えた。

 そして腰を落として目をつぶる。


 感知系の能力があるんだろう。

 殺傷圏内に入ったら、ズバっと斬り込むのは分かっている。


 大船おおぶねさんがすり足でジリジリと近づく。

 俺は手に汗握って行く末を見守った。


「【スラッシュ】、しゃ!」


 大船おおぶねさんからオーガに斬り掛った。

 だが、まだ大船おおぶねさんの殺傷圏内じゃない。

 オーガの方がリーチが長いので、先に仕掛けた意味は分かるけど、無謀だ。


 大船おおぶねさんの剣からしぶきが飛んだ。

 剣に何か塗っていたらしい。

 オーガは目を開くと、しぶきを避けた。


 大船おおぶねさんが更に踏み込み、剣を返して薙ぎ払う。

 オーガが剣をきらめかせた。

 俺には光の筋のように見えた。

 大船おおぶねさんは飛び退き、着ているプロテクターが裂けた。


 血しぶきが上がらなかったから、傷は負っていないと思われる。


「【スラッシュ】」


 大船おおぶねさんは、オーガの剣に剣を叩きつけた。

 人間なら痺れて剣を落とすところだが、オーガは顔を少ししかめただけだった。

 オーガが剣を鞘に納めて、再び居合の構えをみせる。


 もうしぶきの奇襲は効かないだろう。

 俺の脳裏には斬られる大船おおぶねさんの映像が浮かんだ。


 普通の助太刀じゃたぶん駄目だ。

大船おおぶねさんの邪魔にしかならない。


「先輩、バナナの皮作戦はどうでしょう」

「ええとどういう」

「リフォームスキルで床の石をツルツルにするんです」

「なるほどな」


 俺はチャンスを窺った。

 大船おおぶねさんがすり足で、ジリジリとオーガに近づく。


 オーガが足に力を入れた気がした。

 今だ。


「【リフォーム】ツルツル」


 石の床が鏡と思うほどにツルツルになって、オーガはずっこけた。


「【スラッシュ】」


 隙を見逃す大船おおぶねさんではない。

 見事、オーガの腹を斬り裂いた。

 オーガから内臓と血があふれ出る。

 無事、仕留められたようだ。


 ふぅ、危なかった。


「助かったぜ」

「どういたしまして。お礼なら藤沢ふじさわに言って下さい。作戦を考えたのは彼女ですから」

「嬢ちゃん、ありがとな」


「ところで、あの液体はなんです?」

「あれか、あれは、ただの水だ」


「ハッタリだったんですか」

「まあな。だがオーガは避けただろう」

「ええ」


 仕事が終わったので、御嶽みたけ青年に会いに行った。


「生きる希望はないですが、会いに来てくれて嬉しいです」

「何となく、戦闘が終わった時に、今日も生き残れたと思ったら、なんとなく君のことが浮かんだ」

「どういう意味ですか」


「俺はこんなにも生きている充実感を味わっている。この10分の1でも君に充実感を感じてもらったらなと」

「そうですか。戦闘は少し興味があります」

「許可は出来ないぞ。戦闘系のスキルが無い限り」

「分かってますよ」


「ご家族の事故のことを聞いていいか」

「ええ。あれは1年前です。私は風邪を引いて熱を出しまして、家族旅行に置いていかれました。今でも後悔してます。一人で平気と聞かれた時に、病気で心細いから、行かないでと言えば良かったと」

「それは辛かったね」

「家族の霊と話して、お前のせいじゃないよと家族の霊は言ってくれたのですが、どうしても自分が許せません」


 たらればを言っても仕方ないとか、君のせいじゃないよと軽々しく言えない。


「自分を許すことを考えてみようよ。自分で罰しているのなら、過ちは許されるはずだ」

「でも許せないのです」

「君が生きていて良いという意味を探そうよ」

「考えてみます」

「俺も考えるからさ」


 自分が死んで欲しくないという人は何人もいる。

 御嶽みたけ青年にそういう人がたくさんできたら、状況は改善するのかな。

 そういう人を増やす方向で考えてみよう。

――――――――――――――――――――――――

俺の収支メモ

              支出       収入       収支

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

繰り越し               45,842万円

依頼金          100万円

上級ポーション3個             906万円

彫像10体                  10万円

カイザーウルフ60体          6,000万円

ドッペルオーク7体             350万円

シャーマンオーク7体            420万円

エンペラータランチュラ7体         616万円

メイズスパイダー7体            595万円

ドレス加工代        80万円

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

計            180万円 54,739万円 54,559万円


遺産(不動産)         0円

ダンジョン        -74億円

スタンピード積み立て金  100億円


 スパイダーシルクのドレスの加工はあくまでもサンプルとしてだ。

 モデルに藤沢を頼んだが他意はない。

 いいね、他意はない。

 奇麗になった彼女を見たいとかそんなことは考えてない。

 無いったら無い。

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