第13話

 分かったことは二つ。彼女の名前は「今苗いまなえモモ」。学年は三年生。

 改めて二人で歩いていると、釣り合わない組み合わせなのか、すれ違う人たちの人目を惹いた。彼らに自分たちはどう見られているのだろうか。良くて姉と弟。だがつばめの気分としては、女王様とその犬だ。

「で? どうして玲香の話を聞きたいの」

「それはですね……」

 つばめとモモは本館を出た後、美術棟に向かって歩いていた。理由は簡単だ。モモが美術部員で、部室につくまでの道のりなら話を聞いてくれると言ったのだ。「詳しくは言えないんですけど」と断って、つばめは続けた。

「玲香さんと昔付き合ってた人が、いま、大変なことに巻き込まれているんです。だから、事情を知っていそうな玲香さんから話を聞きたくて」

「大変なことお?」

 モモが怪訝そうな目を向ける。つばめは頷く。

「モモさんは、仮屋さんとお知り合いですか?」

「知り合いっちゃ知り合いだけど、連絡先も知らないし、話すこともないよ」

「そ、そうなんですか。まあ、そんなもんですよね。ここ、人数多いし……」

「んー、てか、あたしが玲香に嫌われてるから?」

「え?」

 モモはひとつ、大きなあくびをした。

「あたし、二年前のミスコンで準グランプリだったんだよね」

「そうなんですか⁉」

 そこまで聞いて、つばめはやっと、『Café IRORI』での、店員から聞いた話を思い出した。彼が言っていた、「おれはモモちゃん派だった」というのは、彼女のことだったのだ。

「……って、自分で立候補したわけじゃないよ! 候補者が少なかったから、運営に頼まれて、しぶしぶ出たの。その時のグランプリが玲香だったってわけ。ね、これだけでなんだか複雑そうでしょ?」

 モモがニヤッと笑った。

「なんで嫌われてるのかは、よくわかんないんだけどね。接戦だったみたいだから、それが面白くなかったのかも。あたしが出なかったら、ダントツだったみたいだし」

 簡潔に、ただ淡々と事実を述べる、そんなモモの話し方には嫌味がなかった。そのさっぱりした口調に、つばめは密かに安心する。つばめが頷いたのを見て、モモが続けた。

「申し訳ないけど、あたしが話せるのはそのくらいかな。だって、マジで接点ないからさ。知らないもん、玲香のことなんて」

「そ、そうですか……。わかりました。ありがとうございます」

 ちょうど、美術棟の前にたどり着いた。つばめがお辞儀をするとモモは片手をあげ、「それじゃ頑張ってね」と背を向けかけた。

「あ」

 スカートをくるりと翻らせ、モモが振り返る。

「? どうかしました?」

「そう言えば、さっき話してた元カレって、カフェで働いてたやつ?」

「ええ? いや、どうだろう……」

 つばめは口ごもった。佐久間がカフェで働いてたという話は聞いていない。

「確か同じカフェで働いてた同僚と付き合ってたはずだよ。その彼氏がロビー活動、頑張ってたからさ。印象に残ってるんだ」

「カフェって……『Café IRORI』ですか?」

「ああ、それそれ! ていうかそこに行って、玲香に会う方が早いんじゃない」

 だが残念ながら、玲香は一年前にバイトを辞めている。それより、大事な情報がいま、モモから発せられたのを、つばめは聞き逃さなかった。

「同僚の彼氏……」

 佐久間ではない。では佐久間以外に、付き合っていた人物がいたということだ――そこまで考えたあたりで、ふと、例の店員との会話がよみがえった。あの時話した店員のうち、一人が仮屋玲香と親し気な様子だったのを思い出す。

(名前は……たしか、花村さん)

 几帳面そうな顔だった。あの時は情報を得られなかったが、もう一度、話を聞いてみる価値はありそうだ。そう結論付けて、つばめはモモにもう一度礼をした。モモが美術棟に消えて行くのを見守ってから、つばめはスマホを取りだして、陣にメッセージを送る。

『今日、ミスコンの運営の人と話してきたよ。分かったこといっぱいあるから、時間あったら話したい』

 そう打ち込んでから、つばめは元来た道をもどり、一番近いバス停へ向かった。D棟まで、歩いて帰る気力はなかった。ぼうっとバスを待っている間に、陣から返事が来る。

『了解。バイトが終わったらすぐに行く』

 続いて、シンプルで無機質な文字列が続く。

『お疲れさま』

 それを見た瞬間、ようやく、張り詰めていた糸が緩んだ気がした。

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