善行

 勇者の石碑を探すために厩へ馬を預けて街外れまでやってきた僕らは洞窟住居群へ着いた。

 洞窟の壁に沿うようにしてジグザグの階段が並ぶ。

 入り口や窓の高さも大きさもみんな不揃いだ。


 低い位置の部屋は空き家が多く、ほとんどの人は高所の部屋に住んでいるようだ。

 まあ、このあたりはガス燈がほとんど無い。

 きつい生活臭もする。


「こんなところに石碑なんてないわよ」


 リゼットが鼻を押さえながら不満を漏らす。

 僕が乞食をしていた頃、寝床にしていた小屋がこんな臭いだった。

 それに、住居群の最奥はもはや暗闇の中だ。


「そうだね。別の所を探そうか」


 僕が振り向いた時、住居の出入り口から出てきた何者かにぶつかった。

 バランスを崩して尻もちをつく。


「痛っ……」


 僕にぶつかった主は僕に謝罪の意味を込めて手刀を切った。


「おっとっと、すまんの」


 どこかで聞いたような口ぶりだ。

 それに。


「あっ」


 何か口走って、そそくさと街の方へ去ろうとする。

 もちろんシラフになったリゼットが見逃さない。

 彼の腕をすかさず掴み取る。


「待ちなさいよ、あんたもしかして」


「わ、わしは何も知らん! 離せ!」


 振り向いた男の顔がガス燈の灯りに照らされた。

 四十代くらいで色黒の男は、黄色味がかった瞳で、鼻が丸くて背が低い。

 ボロな身なりで黄色い目立つ角帽子を被っている。


「ああ! あんたはあの時の案内人!!」


 リゼットが僕の驚きを代弁した。

 逃げようとする案内人の男をリゼットは迷いなく地面に組み伏せる。

 男の懐からジャラッと変な音がした。


「返しなさい、わたしたちの荷物」


「すまんなぁ、ほとんど売っちまったよ」


「はぁ!?」


「まあ、まったく金にならなかったが……、うぐっ」


 リゼットがさらに強く縛り上げた。


「嘘おっしゃい。じゃあ、懐に隠したそれは何?」


 男は押し黙った。

 リゼットは僕に目配せする。

 僕はしゃがんで男の服の上から音のした何かに触れた。


「離してくれ! そいつは妹を治すために必要なんじゃっ」


 まるで僕が追い剥ぎをしているような言い方だ。


「あんたね、今更そんな嘘が通用するとでも思ってるの?」


「嘘じゃない! わしは妹のためなら何でもするっ!」


 彼は腕を震わして逃げようと必死だった。

 その度にリゼットが押さえつけて、ジャラジャラと音が鳴る。

 各住宅の出入り口から何人かの人影が姿を見せ、僕たちの様子を遠巻きに眺めているようだ。


「ヨヴィ、早くしなさい。こいつの隠してるのは金よ。それも大量の金。あまり大勢が見てる前で取り上げるものではないわ」


 住宅群の治安を考えればその通りだ。

 どう見ても僕らは追い剥ぎだから、追い剥ぎから盗もうとする輩に目をつけられる。

 悪の敵はまた別の悪だ。


「リゼット、彼を解放してやってくれ」


「どうしてよ。悪いのはこいつなのに!」


 僕は男の目を見た。

 睨みつけるように視線が返ってくる。


「あなたは妹を治すために医者を呼ぼうとしている。そうですよね」


「そうじゃ! それの何が悪いんじゃ!」


「ええ、ですよね。人を騙し、生きるための資金を奪ったとしても、妹の命には換えられない」


 眼と鼻の先でリゼットが僕を睨みつけた。

 それから、顔をこわばらせ、僕らの背後の方へ目をやった。

 僕は押し黙る男に話を続ける。


「僕はあなたの気持ちが分かります。でも、あまり人を侮らない方が良い」


「どういうことじゃッ――」


 背後から二人分の足音が聞こえた。

 深く土を踏む重量感とこすれる金属音からして武装した男が二人だ。

 リゼットが僕を一瞥し、空いた手でローブのボタンに手をやる。

 臨戦態勢、一歩手前。


「なあ、相棒。俺たち道に迷ってねぇか?」


「さっきボクを信じて良かったと言ったの忘れた?」


「それとこれとは……ってオメーは」


 露天商の通りで会った二人組だ。

 ガラの悪い男と中性的な男。

 リゼットも僕も見覚えのある二人だった。


「また会いましたね」


「よう、騙された間抜けなオメーらか。こんなところで何をって、こいつは!」


 そういえばこの人も案内人には見覚えがあるのか。


「案内人を騙る盗人です。今しがた僕らが捕まえました」


 ガラの悪い男は、ほほう、と唸った。

 隣に居た中性的な男がしゃがんで案内人の顔を確かめる。


「間違いないね。ボクらを騙そうとした小悪党だ。ねえ、きみ、こいつにどんな制裁を?」


 おいおい、制裁って……。

 きれいな顔して物騒なことを言う奴だな。


「人が人を裁くのは戒律で禁じられてますので」


「へえ、さっき噂で聞いたよ。きみが賢者さまかい?」


 僕は首肯した。


「なら、ボクらに譲ってくれないか?」


「譲るって言われても……」


 犯罪者を引き渡すなら、この街の自警団だ。

 なぜ被害を受けてもいない彼らに渡さなければならないのか。


「神の赦しなどと言って罪を見逃す。そんなのあってはならないことだ」


 中性的な男の声色が重かった。

 今まで黙っていたガラの悪い男が腰に手を掛ける。

 見えないが、そこには業物が仕舞ってあるのだろう。


「神官と女ァ! その手を離せ。俺らは旅をしながら、善行をしてるんでな」


「善行ですか。第三者が私刑を下すのを神は禁じています」


「ンなこた分かってるよ。俺は次の勇者になるんだ」


 意外な単語に僕は硬直した。

 それはリゼットも同じみたいだ。


「勇者を名乗る奴が居るらしいじゃねえか。なら俺も勇者に立候補だ」


 こんなやつが勇者エイミを名乗るだと。

 ズクズクと痛みを伴う血液が沸騰しながら体を駆け巡った。

 僕はへらへらと笑う男の顔面にめがけて、右手を突き出して詠唱の――


「ヨヴィ!」


 僕はリゼットに突き飛ばされ、両腕を押さえつけられる。


「離せ! そいつは勇者エイミの名前を汚そうと」


 パシン。

 頬を打たれた。


「あんた、今なにをしようとしたか分かってるの!?」


 リゼットが悲しそうな顔をしていた。

 目をそらすと、案内人の男が息も絶え絶えになって突っ伏している。

 もしかしたら案内人は未来の僕の姿なのだ。


「ごめん。僕が悪かった」


 僕は解放される。

 心がまとまらないまま周囲を確かめる。

 ガラの悪い男が案内人の男を担ぎ上げた所だった。

 彼は上体を起こした僕に気づいて静かな視線を送ってくる。


「譲ってもらうぞ」


 僕らは二人組の善行を止めることができなかった。

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