罪悪感

 僕らは採掘場を右手に見ながら、崖沿いの道を行く。

 崩れた崖に応急処置として掛けられたような足場は馬の重量にギッギッと音を立てた。

 巨大な縦穴の壁を沿うようにして、緩やかな坂を上っていく。


 すると、石門が目の前に現れた。

 門番が居た所とは違って石造りではなくレンガ造りになっている。

 あちらが砂漠の民の門だとすれば、こちらは草原の民の門と言えるだろう。


 であれば、この門の先には街道につながる道があるはずだ。

 勇者エイミが残した石碑はこの街にもあるかもしれない。

 僕に追随した門番が「神官さま」と声かける。


「税関です。本来ならここで金や物品、魔石を渡すのですが」


 門番はちらりと僕たちの後ろを一瞥した。

 馬の後ろへ労働者の男たちがたどり着き、息を切らしてその場に座り込んでいる。

 門番は僕を見て、やれやれと頭を振った。


「神官さまがお金になるものをみんな彼らに与えてしまうなんて考えもしなかったな」


「やっぱりまずかったかな」


「いいえ、私が話をつけてきます」


 門番は真剣な顔をして税関に乗り込んだ。

 中から身なりの良い中年が出てきて、僕とリゼットを遠目に睨みつける。

 文句のような怒鳴り声がして、門番はその場でひざまづいて中年に頭を垂れた。


 やりすぎだ。

 中年の男もそう思ったようで、門番を立ち上がらせて、僕の方へ駆けてきた。


「あなたは本当に神官さまなのですか?」


 中年ながら背丈のある彼は僕を上から眺めて、首を傾げた。


「大聖堂で最年少の神官です。信じられないかもですけど」


「ああ! それは噂で耳にしております。あなたが賢者ヨヴィ様だったのですね!」


 中年の男は僕から距離を取って、礼儀正しく膝を付いた。

 まさか僕の名前が広まっているとは思わなかったし、ここまでの扱いは初めてだ。


「あの、堅苦しくしなくて大丈夫です!」


「お気遣いありがとうございます、賢者さま。ところで、隣の方はもしや新しい勇者さまなのでしょうか?」


 中年はリゼットの方へ目をやった。

 いや、こいつが勇者なわけはないのだが。

 リゼットは不敵な笑みを浮かべて胸を張った。


「あら、やっとわたしの名前が広まったようね。そうよ、わたしが勇者よ」


 中年と門番はその場で深々と頭を下げた。

 ただの自称勇者だぞ、なぜ信じるのか。

 いや、信心深い彼らにとって賢者の僕と同行する者の言葉は本当になるということか。


「リゼット、そこまで計算してたの?」


「なんのこと?」


 ううん、偶然だ。

 リゼットにそういうずる賢いことはできない。

 僕はため息を吐いて、今後は言葉に気をつけようと戒めるのだった。



 ◆



 関税を賢者権限で通り抜けた僕らは、洞窟の街にやってきた。

 横穴を掘った家が集合住宅のように並んでいる。

 ガス燈がいくつも灯って、通りには露天が連なる常夜の街だ。


「要らないって言ったのにけっこう貰ってしまったね」


「お金はあればあるほど良いのよ! それに、あんたが貰ってくれなかったら、あの人たちの方が辛いじゃない」


「……そういう見方もあるか」


 感謝の気持ちを形にしたいってことだ。

 ならば素直に受け取っておこう。

 僕は銅貨が入った小袋をジャラジャラ鳴らす。


「よし、リゼット。これは旅の資金だ。買い物に行こう」


「もちろん! ほら、早く行くわよヨヴィ!」


 リゼットがさっさと立ち上がって、もう露天の綺羅びやかな灯りの中へ飛び込んでいった。



 ◆



「お前はもう相棒じゃない!」


 露天の前で声を荒げる男がいた。

 二人組の男は二人ともリュックを背負った旅人の装いだ。

 観光者気分で露店街を歩いていたから、自然と彼らの方へ耳を傾けてしまい、話の内容が飛び込んでくる。


「お前は案内人の家族を見殺しにしたようなものだぞ!」


「落ち着け、あんな四差路で案内人が居るのは不自然だろう。それに病気の妹の話までして」


「それは俺も疑った。でも、嘘をついているとは感じなかった」


「ああ。でも、疑っていかなきゃ旅は続けられない」


「その通りだ。でも、こんな気分になるなら疑うんじゃなかった」


 どうやら彼らも案内人に遭遇したらしい。

 門番の言っていた手口は本当だったようだ。

 あの二人は僕が案内人を信じなかった場合の未来かもしれない。


「おい、そこのオメーら! 俺たちの話を聞いていただろう?」


 通り抜けようとした時、二人組の一人に呼び止められた。

 実際、盗み聞きしていたのだが、あまりに大声で話す二人も悪い。


「あまりに大きな声だったので、つい」


 正直に答えた。

 怒鳴った方の男が僕に近づいて圧を掛けてきたが、もう一人の中性的な男が割って入る。


「きみたちも案内人に会ったのかい?」


 声色も男にしては高いような気がする。


「はい」


「じゃあ案内を受けたかい?」


「ええ。でも、荷物を預けたら、すべて盗まれてしまいました」


 怒鳴っていた方の男が「はぁ!?」と叫んだ。

 周囲の客や露天商たちの視線を集める。

 中性的な男が高笑いした。


「くっくっ、やはりボクの読み通りだったね。ボクたちは騙されずに済んだらしい」


「くそっ、お前が居なかったら俺もこいつらみたいに騙されてたってことかよ! ……ったく、さすがだぜ相棒!」


 バシッと背中を叩いて彼らは笑いあった。

 どうやら仲違いを救ったらしい。


「オメーらよぉ、ご愁傷さまだったな!」


 怒鳴った男はガハハと笑った。

 二人の男は僕たちに「あばよ」と手を振って、露天の奥へと消える。

 残された僕は腑に落ちない気分だった。


「完全に馬鹿にされてたわね」


「リゼットもそう思うか」


「そうでしょ」


「でも、信じなければ僕らは困っている人を見捨てた罪悪感を持っていたところだ」


「そんなこと考えても仕方ないわ。現にわたしたちは騙されて無一文だもの」


「その通りだけど、僕はリゼットと言い争いにならなくて良かったとホッとしてるよ」


 こんなことでリゼットと仲違いしたくなかった。

 リゼットは、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 反論が無いってことは彼女も同じ思いなのだ。

 だったら僕はこれで良かったと納得し、露天の通りへ歩みを進める。

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