魔石

 僕は両手を前に突き出した。


「岩を揺るがすうねりの土の力を右手に! 砕ける岩を洗い流す水の力を左手に!」


 大量の魔素が僕の言葉に呼応する。

 僕の体を巡る生命力が魔術の回路となって、周囲の魔素を吸い上げた。

 虹色の風が僕を包むように舞う。


大地を砕けアースクエイク! そして、大地を洗えアクアジェット!」


 左手を地面に付ける。

 土素はまず話を聞かないが、押しに弱い性格だから、ずっと魔素を大地に送り込む。

 すると、地面がぐにゃりと歪み、崖がゼリーみたいに震え始めた。


 ぐらり、ぐらりとと大きく揺れる。


「うわあ! 地震だ!」


 男たちは立っていられなくなってみんな尻もちをついた。

 そして、ビシビシと崖に亀裂が入った。


 次は右手を地面に付ける。

 洞窟は湿気があるから、潤素も問題なく確保できた。

 この魔素量に潤素は無邪気に喜ぶだろう。


 だから、僕はあまりに強い水流の反動を受けて、地面を後ろ向きに滑る。

 水流は亀裂めがけて進んで、亀裂の一番上まで駆け上った。


「逃げろ! がけ崩れだ!」


 亀裂が横に入り、そこから崖は一気に崩れる。

 土埃が舞うものの水流がそれを土に循環した。

 僕は両手を閉じて、魔素の流れを止める。


 これだけの魔素量ならば、魔術で天変地異を引き起こすのも容易い。

 だが、それだけ魔術の反動もあった。


「うっ……」


 立っていられないほどのめまいが起こる。

 全身から水が失われ喉の皮膚がへばり付いて息苦しい。

 だめだ、倒れる。


 目を閉じて背中の衝撃に身構えたが、いつまで立っても衝撃が来ない。

 恐る恐るまぶたを開けると、そこには男たちの心配そうな顔が並んでいた。


「大丈夫か、少年!」


「若者よ、いったいなにをしたんだ」


 ツルハシ男と老人が矢継ぎ早に問うてくる。

 僕は岩にゆっくりと下ろしてもらい、そこに腰掛けた上で男たちに返事をした。

 反動のめまいと渇きが止まらない状態で、穴の上から門番が声がする。


「おい! どうした! がけ崩れか!?」


 律儀にも門番は僕たちの居るところまで降りてきた。

 マスクをして魔素を吸わないようにしているらしく、特徴的な顎は見えない。

 ちょうど反動も収まってきたので種明かしといこう。


「僕は神官です。魔術を使って崖を切り崩しました。たぶん水流が魔石と岩を分けてくれたはずです」


 男たちはざわつく。

 ツルハシ男と老人を残して、みんなが崖だった場所に駆け込む。


「魔石だ! ああ、ここにも!」


「おい、こんなに魔石があるぞ! 嘘だろオイ!?」


 そんな声がいくつも聞こえてきた。

 門番は男たちと僕を二度見して、僕にひざまづいた。


「なんと……、本当に神官さまだと思わず、俺はなんてことを」


 他の男たちも僕の前にひざまづく。

 どうやらこの街は誰もが信心深いらしい。

 こうなれば僕も聖職者としての勤めを果たすべきだろう。


「誰にでも過ちはあります。それにあなたの罪は神官を信じなかったことではない」


 門番は口をイッとして、周囲の男たちを見渡した。


「あなたの罪はあなたが一番知っている。さあ、罪を神に捧げなさい」


 僕は両手のひらを出した。

 門番の男の大きな手が僕の指をつまんだ。

 ぶつぶつと祈り始める間、僕はこの奇妙な習慣に疑問を感じていた。


 捧げの礼は不思議なものだ。

 なぜならこれで彼の罪は赦されたことになるのだから。

 教義において人が人に罰を与えるのを禁じているのも関係しているのだろう。


 あの女神はよっぽど働き者なのだ。

 罪の応酬は神が行うそうだから。


 だが、あいつは僕の神じゃない。

 僕とエイミを引き離したあいつを僕は許せない。


 門番の男は、最後に震える声で「捧げます」と絞り出した。

 そして僕を怯えるように見つめて、「本当に申し訳ないことをした」と目を伏せる。


「気にしなくて良いです。身分を証明できなかった僕にも非があります。それよりも、街に入れるだけの金は用意しましたよ」


 僕は男たちが集めた魔石を指さした。

 門番はその魔石の山を見て、口をあんぐりと開ける。


「こ、こんなにっ!? 20人が採掘員が1年で掘り出す量だぞこれは……」


 おっと、少しやりすぎたか。

 魔素が多いから威力も上がりすぎたのだろう。


「ならちょうど良いですね。それは彼らのお金にしてください」


 男たちは一斉に「ええっ!?」と飛び上がった。

 ツルハシの男が僕を見つめる。


「そんな。良いのか? お前が、いや、神官さまが掘り出したものなのに」


「ええ、だって皆さんは『良い人』なのだから、当然です」


 僕は魔石を男たちにすべて渡した。

 門番が僕らを門の中まで案内する頃にはリゼットの意識も戻った。


「魔石の一つくらい貰っても良いのに」


「僕も本音はそう思うよ。でも、勇者エイミならこうする」


「……あんたってすごいのね」


 リゼットの横顔に翳が差したように見えた。

 でもすぐにため息を吐いて大げさに肩をすくめた。

 なんだ、気のせいか。


「やれやれ、だったらわたしもそうするわ」


 リゼットはコートの中に隠した魔石を老人に手渡した。

 まったく、抜け目のない奴だ。

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