下層

 洞窟の下層には十人くらいの男たちが働かされていた。

 中には腰を曲げた老人もいる。

 老人は重たそうに石を運んでいて、僕の目の前で転んだ。


「ご老人、大丈夫ですか?」


 駆け寄って様子を確かめると、老人は額を打って血を流していた。

 岩の破片で深く切ったようで、滴るほどの血液を流している。

 だが、老人は血を拭って立ち上がろうとする。


「動かないでください。頭を打ったんですよ」


 老人は、老人らしくなく、へらへらと笑っていた。

 まるで酔っ払いのような呂律の回らない口調で答える。


「なあに、こんなものはなぁ! すぐ治るんだよ。それよりも、今はぁ、仕事だ仕事ぉ!」


 老人は立ち上がって額を服の袖で拭いた。

 もう傷が塞がり始めている。

 間違いないこれは。


「ヨヴィ、わたし、なんか眠くなってきたかも……」


 魔素酔いだ。

 リゼットが僕の肩により掛かる。


 穴の上から「さぁ、働け! 魔石を掘れ! そうすれば街に入れてやるぞ!」と声がした。

 反響しているが、これはさっきの門番の声だ。

 なるほど、あの門番はここで金のない奴を働かせて上前をはねているのか。


「リゼットは魔素に弱いから、じっとしてて」


「はーい」


 物分りが良い子どもみたいになって、ちょうど良い高さの岩にぺたんと座った。


 僕は崖を見上げ、本来の採掘現場を見つける。

 崖の中間から横穴を掘っているらしい。

 深掘りすると魔素溜まりになって産業として続かないわけか。


「僕が魔術を扱えなかったら、まともな判断も出来なかっただろうな」


 ここで働かされている人は魔素酔いで、門番の言うがままだ。

 だけど、どうしてこんなに地下送りにされる旅人がいるのだろうか。


「ご老人はなぜここに?」


 石運びする手を止めて、老人は答えた。

 途切れ途切れの返事でうまく聞き取れない部分もある。

 だが、明確に分かったのは案内人に荷物を盗まれたということ。


「若いあんたもあいつに金をくれてやったのかい?」


「ええ」


「そうかそうか、お前は良い若者だなぁ。さあ一緒に働こう!」


 僕は老人に腕を引っ張られて、他の採掘者がいる崖際に来た。

 男たちは僕よりも年上だが、ちょうど働き盛りに見える。

 ツルハシで岩を砕いた男が僕に気づく。


「よう、新入りか?」


 気さくな話し方だったので、僕は反射的に首肯する。

 老人はツルハシの男に僕を突き出した。


「そうだそうだ、この若者はあいつに金をくれてやった良い若者だぞ!」


 ツルハシの男は嬉しそうに笑顔を見せた。


「そうだったのか! ハハッ、早く言ってくれよ少年!」


 男は岩から降りてきて、僕の肩に手を置いた。

 門番と同じくらいガタイの良い男で、タンクトップに筋肉の影を浮かび上がらせるほどのマッチョだ。

 肩をバシバシと叩かれる。痛い。


「おいみんな来てくれ! 良い新入りが入ったぞ!」


 他の男達もやってくる。

 こんどはツルハシの男が「あいつに金をくれてやった少年だ」と他の労働者に話した。

 それを聞くと、男たちは笑顔になった。


「あの、どうして金をくれてやったことを褒めるんですか?」


「聞かなかったのか? あいつは妹を助けるために金を貯めてるらしいんだ」


「知ってます。でも」


 僕はリゼットを一瞥し、男たちに視線を戻した。


「荷物を盗んだ男なんですよ。妹の助けたいと言ったのも嘘だとは思わなかったんですか?」


 男たちは顔を見合わせた。

 一瞬だけ神妙な面持ちをした彼らだったが、すぐさま笑顔に戻る。

 ツルハシの男が僕の肩を強く叩いた。


「そんなこと考えてどうするんだ! 俺たちはみんな、あいつを信じて良かったと思ってる!」


 言い方はハキハキとしていて、とても魔素酔いで判断が鈍っているからだとは感じなかった。

 彼らは自分が良いことをしたと思って、ここで魔石を掘っている。


 さっきまでの僕も、盗まれたはしたけど、取り返してやろうなんて思っちゃいなかった。

 ただ、リゼットをここに長居させるわけにはいかない。


「わかりました。僕も採掘します。ただ、少し離れていてください」


 男たちは首を傾げながらも崖際から距離を取った。

 ここを抜けるには魔石が必要だって言うのなら、良いじゃないか掘り出してやる。


「おい少年、なにをするつもりだ」


「見ててください」

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