案内人

 坂を上った先で、街が見えてくる。

 洞窟内の壁をくり抜いて、住処としているようだ。

 壁の一番下は七色の光が満ちており、異様な魔素量が見て取れる。


「すごい魔素の濃度だな。魔石もありそうだ」


「さすが神官さま、お目が高い。この街は魔石採掘を生業としとるんじゃ」


 生業か。

 人体に影響が出るレベルの魔素があるにも関わらず採掘業は危険と言って良い。

 視線を街に戻すと、街の奥に大門が見えた。


「この街は関所があるんですか?」


「ええ、あるとも。関所を通るにはかなりの金が必要なんじゃよ」


 案内人は気が重そうに答えた。


「なにか困っていることがあるなら相談に乗りますよ」


 お金については力になれないだろうが、神官として話を聞くくらいならできる。

 僕の問いかけに男はパッと顔を上げた。


「良いのかい? わしみたいなしがない案内人の悩みなど聞いてもらって」


「構いません。敬虔な信徒の話を聞くのも僕の仕事ですから」


 男は感謝を述べて、ゆっくりと口を開いた。


「わしには病に伏せる妹がおってな。都から医者を呼ぼうにも、あの関所があるかぎり金が足りんのじゃ」


 医者の通行にも金を取るわけか。

 どうやらかなり悪どい関所のようだ。

 それに僕は彼が妹のために苦労しているのを他人事には思えなかった。


「神官さま、妹の病を治すことはできないかね?」


「……病を治すことは難しいです」


 生命力を分け与える魔術があるが、あくまで治癒力を高めるものだ。

 それに魔素に満ちたこの場所で治癒は必要とされない。

 病は原因を取り除かなければ治せない、それが治せる病ならば。


「やはり、やはりか。神官さまでも難しいか、そうか」


 男は肩を落としたが、そうか、と言った頃から歩き方が早くなった。

 なにか心のなかで決めたのが口から溢れたようにも見える。

 男は僕らと距離を取って、手を振った。


「この坂を上ったら街じゃぞ」


 男の後ろには坂と呼ぶには急で、崖と言うにはギリギリ登れそうな斜面があった。

 しかもゴロゴロとした岩が積み重なった斜面だ。


「うーむ、荷物を載せた馬を上らせるのは無理じゃな。よっし、荷物はわしが運ぼう。神官さまたちは馬を連れなされ」


 荷物はかなりの量だ。

 水、乾物、瓶詰めの食料、防寒着、寝袋、簡易テントなど、僕とリゼットのを合わせれば人ひとりの体重くらいはある。


「なにもそこまでしていただかなくても」


「なに、わしの体力をみくびっておるのか?」


 腕まくりしてみせた男に、僕は合わせる。

 年齢を感じさせたくないのだろう。


「わかりました。では荷物をお願いします」


 リゼットは酩酊して静かになっているが、事情を話したら首肯した。

 僕は自分とリゼットの荷物をまとめて男に手渡した。


「その格好だと上るのに苦労しないかい?」


 彼の指摘した通り、僕の神官服はたしかに動きづらい。

 裾を引っ掛けて滑落はしたくなかった。

 男が差し出す手に僕は脱いだ上着を預ける。


「ありがとうございます」


 気の利く人だと関心した。

 それから男は岩と岩を軽快に渡り、あっという間に斜面を上った。


「すごいな。さあ、馬たちも身軽になったことだし、頑張って上ってくれよ」


 僕は馬が転ばない足場を見つけながら、岩の合間を抜けるようにして斜面を上った。

 男の上った時間の倍の時間をかけて斜面を上りきったのは、リゼットの馬も引いてやる必要があったからだ。


「ふう、お前たちが賢くて勇敢な馬で助かったよ」


 僕は馬を撫でてやる。

 黒々とした瞳は遠くを見ているが、悪い気はしていないようだ。

 そんな馬の視線の方へ振り返ると、そこに案内人の男は居なかった。


「はぁ?」



 ◆



 僕たちは道なりに進み、街の入口に差し掛かる。

 岩と岩の間に石を組んだ壁が横たわり、合間に頑丈そうな門があった。

 門の横に備え付けられた通用門から肩幅の広い男が出てくる。


「ここは砂漠門だ。お前たち、砂漠の民か?」


 男はすらすらと問いかける。

 どうやら決まりきった文句を尋ねているようだ。


「いいえ、僕は大聖堂から来た巡礼神官です。彼女は僕の同行人になります」


 男は眉をひそめ、顎を上げた。

 彼はかなりの背丈で、僕は見上げる形になってしまい、もはや顎しか見えない。


「神官がそのような格好なわけあるか。それに、馬か。そうか、ふん」


 鼻で笑われた。

 男は腕を組んで、ニヤニヤした顔で僕を見下ろす。


「お前たち、案内人に出会ったな?」


「え、ええ」


「騙されたんだよ。あいつは案内人なんかじゃない。ここいらを根城にする盗賊さ」


「ええ!?」


 まさか。

 信じられない。


「あいつと四差路で会ったろ? それが奴の手口さ。道案内の看板を外して旅人を迷わせて案内人様のご登場」


 門番の言うとおりだった。

 僕は愕然としてよろめいたところをリゼットに支えられる。


「ごめん、なに? あんた騙されたの?」


 高台に来て魔素が薄まったからリゼットの意識も戻ったようだ。

 だが、状況は把握できてないらしい。


「リゼットも騙されたんだよ……」


「はぁ!?」


 門番はくっくっと笑っている。


「旅慣れしていれば道の具合で進む方向なんて分かるのにな」


 そのバカにしたような言い方にリゼットがキッと睨んだ。

 門番は、オー怖い怖い、とおどけてみせる。


「あんな奴を信じるなんて馬鹿のすることよ。わたしがしっかりしていれば……。ほら、早く探して、耳揃えて返してもらうわよ!」


 リゼットが僕にそう発破をかけるが、僕はいまいち気が乗らなかった。


「いや、いいよ。彼は妹を助けるためにそうしてたんだろうし」


「バカね、それも嘘に決まってるじゃない」


「そうかなぁ」


 僕は彼の信心深いところは本当だと思った。

 だからって神官から盗みを働くのは愚かではあるけれど。

 門番が僕とリゼットの間に割って入る。


「旅人ども、入街金は出せるか? 金が無い奴は下層に行く決まりだ」


 僕とリゼットの腕を掴んだ。

 かなりの力で引き離せない。


「僕は巡礼神官です。この街の司祭か神父に話を通してください!」


「貧乏人はすぐ嘘をつく。そんな身なりで何が神官だ! さっさと下層に行くんだな!」


 僕らは突き飛ばされた。

 眼の前には街の底にある七色の魔素が充満した下層がある。

 どうやらあそこで働いて金を稼げというわけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る