水源
「すいませんでしたっ!!」
僕は占い師に勢いよく深々と頭を下げた。
女占い師はひぃと小さく悲鳴を上げた。
しばらくして、はい、と返事がしたので頭を上げる。
「わらわの占いを聞くとみんなこうなるのだ……。やっぱり占いが当たってなかったのだろう? だろう!?」
占い師は僕に言い寄る。
あんまり治安の良くない場所の路地でそんな風にしていると、まるで花街の光景にさえ見えるのだが。
言い寄られる僕はマトモな顔色じゃないだろうな、きっと。
「いやぁ、それは……」
むしろ当たりすぎていたというか。
リゼットが間を取り持ってくれたおかげで、何とか大事にならなかった。
そうでなければ僕はこの女性を無理やりにでも黙らせようとした気がする。
「はいはい、あんたたち、占いの話は禁止よ」
僕と占い師の間でリゼットが手をスイスイと振った。
見えない壁で遮られた僕はほっと胸をなでおろす。
「占い師のお姉さん、ヨヴィが悪かったわね。何かお詫びできるものがあれば良いんだけれど」
「おっ、お詫びなんてそんな……。わらわの方こそ大外れな占いをして、お詫びしたいくらいなのだ」
占い師は、しゅーん、とする。
ただでさえ暗い路地が余計に暗くなった気がした。
「ところで、こんな所で占いなんて珍しいわね。市場からも、宿屋通りからも遠いし」
「じ、実はわらわの家、宿屋なのだ」
占い師の目線が向いた斜め上に、なるほど宿屋の看板があった。
「なら、わたしたちを泊めてくれるかしら? お金は……」
僕は懐から麻袋を取り出した。
「渡りに船とはこのことだ。だけど僕みたいな暴漢、泊めてくれないだろ」
「だっ、大丈夫です!」
けっこうな大声で占い師が返事した。
自分でもびっくりしたのか、アワアワしながら小走りする。
路地の扉をギィと開けた。
「ようこそっ、宿屋へ。今なら占いサービス無料……、って要らないだろう? だろう……」
ああ、そういうコンセプトの宿屋だったのか。
街一番から転落しつつもしたたかに生きる占い師の生活背景がなんだか透けて見えた。
◆
翌朝、僕は眠たい目をこじ開けた。
寝台を譲って背中が痛いし、昨日の占いが気になってよく眠れなかったのだ。
『――見つからないのは、お主に探す気が無いからだぞ』
どうも引っかかる占いだ。
僕は間違いなく石碑を探すために旅をしている。
それは間接的にエイミを探す旅だと言っても良いんじゃないのか?
僕の人生そのものだ。
「なんだか否定されたような気分だ」
「おはよう。何の話?」
リゼットがベッドの上から僕を見下ろしてきた。
朝だからか、コートを羽織ってない。
「ん?」
というかおい、その装備、内側をぜんぜん守れてねえだろうが!
「おぱ……、じゃなくて、おはようっ」
僕は勢いよく跳ね起きた結果、リゼットの頭へごちんと額をぶつける。
「いったーい! ゆっくり起きなさいよ、ばか!」
バシッと肩を叩かれた。
「ごめんて!」
ヒリヒリする肩をさすりながら、朝の支度を終える。
どうやらリゼットを待たせていたらしく、彼女はコートを羽織るだけでもう準備ができたようだ。
「今日はどうするの?」
「石碑を探す」
夜中にゴチャゴチャした気持ちはいつの間にか整理できた。
たぶんリゼットが居なかったら、僕はどこかで旅を断念していた気がする。
◆
この日、僕らは水路を辿った。
なだらかな坂を上って、時には民家の屋根に張り巡らされた階段も行く。
中には赤い花の根に侵食された家もあった。
「どんどん花が増えているな」
しかも根が異様に長く、水路の上流にある家はほとんど根に覆われていた。
根の量の割に花が少ない。
……いったい花はどこに咲いているんだろうか。
そんな疑問は水路の始端にたどり着いた時、明らかになった。
泉だ。
そこかしこから水が湧き出ている。
ちょうど足先の水面がぼこりと膨張し、
そこに浮いていた真っ赤な花が流される。
他にもいくつも花が浮いていて、穏やかな舞踏会にも思えた。
「ここが、水源か」
甘い香りがする。
この街全体に漂う香りはきっと花の蜜なのだろう。
辺り一帯は旧い街だったのが建物の様相で何となく見て取れる。
「ヨヴィ、水の底を見て。街が沈んでるわ」
景色に圧倒されていた僕とは裏腹に、リゼットはしっかり周囲を観察していた。
建物の上に佇み、
「深そうか?」
僕の位置からは水の中の様子までは見えなかった。
「それなりに。さすがに泳いで探すのは気が引けるわね」
「そうだね。この街の大切な水だろうから」
不衛生なことはすべきじゃない。
しかし、僕の直感はこの泉の底を探すべきだと告げている。
僕はリゼットのいる建物の上へよじ登った。
「要は水に触らなければ良いわけだ」
「は? どうするのよ」
僕は返事の代わりに右手を前に出す。
「我が体に自由な風を宿して集め」
風素を集めて自分の周りで勢いよく回転させる。
飛ぶことは出来ないが、少し浮くくらいのことはできる。
「
風素が僕の気配に興味を持って、賑やかすように周囲を舞った。
球状の壁が僕を包み込んでいる。
風の向こうでリゼットが呆れた顔をしていた。
「あんたが本当に賢者なのを忘れてたわ」
「じゃ、賢者ヨヴィは行ってくるよ」
「気をつけなさい。あんた、石碑に触ると様子がおかしくなるんだから」
「あいあい」
僕は相槌を打ちながら水中散歩へ出かけた。
音が変わる。
風の魔術で起きる水の唸り声、街人の雑踏の響き、水が湧く音。
仄暗い泉底は耳を澄ませなければ危険だ。
花の根がいくつもぶら下がって、触れれば
意外と繊細な魔術である。
「ん、あれは」
一筋の光が差す場所があった。
砕けた半球だ。きっと丸いフォルムの家の屋根にあたる部分。
僕はそこに白い岩がひっそりと潜んでいるのを見逃さなかった。
「
聖典にも残っていない場所。
おそらく街道からも離れた街だ。
そこへ来て、石碑を残し、だけど何の逸話も残さなかった。
それが意味することを、僕はどういうわけかくっきりと想像できている。
この街はきっと
僕は石碑に触れる。
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