占い師

 宿を求めてリゼットと別行動を取る。

 市場の反対端は楕円型をした集合住宅があるエリアだ。

 水路の段差には泡溜まりが出来ている。


 安宿はありそうだけども、女の子を泊められる治安じゃなさそうだなぁ。


 引き返そうとした時、路地から女の声がした。


「アンタ、だれかを探しているね?」


 声のした方を向くと、二十代くらいの女が占い師のテントから僕を見ている。

 彼女は桃色のケープで髪を、紫のフェイスベールで口元を隠している。

 褐色の肌が黄橙トパーズ色の瞳を際立たせているように思えた。


 きれいな人だな。

 思わず路地の女の前で足を止めてしまった。


「探しているのは宿だけど」


 女は食い気味で返した。


「いや旅の目的さね」


「探してるのは石碑だけど」


「いやいやお主ら、どこか遠くの所から参ったのだな」


 ぜんぜん人の話を聞かない人だな。


「この街に来る人はみんなそうじゃないのか」


「いやいやいや! お主! 聖職者なのに神への信仰心に欠けているようだな」


 お、ちょっとこれは的を得ている。

 言い返す言葉がないので無言でいると、女占い師は笑みをこぼした。


「ムフフ! わらわの言う通りだろう? だろう?」


 彼女は得意げに腕まで組んだ。

 なんかイラッとする。


「もしかしてさっき僕が移動教会してたの知ってる?」


 女占い師は目をそらした。

 ぴゅ~ふゅす~と下手くそな口笛を吹いた。


「あれはなぁ……」


 金が無いから仕方なく、と言おうとしたら、彼女はビシッと僕を指さした。


「金が無かったんだろう!? はいわらわの方が早かった!」


 ドヤられた。

 すんごい美人なのにアホだった。


「占いってそういうのじゃないだろ。ていうか、あなた本当に占い師?」


「あ~! アンタもそういうこと言うんだー! わらわはなー! 街一番の占い師だったんだぞー!」


 ベソをかいてしまった。


「そ、そうですか。じゃあ僕はこれで」


 面倒くさい空気を感じて早々に立ち去ろうとしたが、服の裾を思い切り引っ張られていて首が絞まった。


「うぇっ」


「はわぁ! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


 振り向くと、頭を下げた占い師が、上目遣いで僕を一瞥していた。

 目があった瞬間、ひぃぃん、と情けない声を漏らしながら頭を下げている。


「わかった。一つだけ占ってよ」


「い、良いんですかぁ?」


 なんでこっちが懇願される形になってるんだ。


「良いんです。で、占って欲しいのは、あなたが僕が人を探してると言ったことについて」


 占い師は細く長く息を吸った。

 夜風が急に止んだ。いやに重たい静寂が降りてきた。


「わらわには見えるのだ。お主の探し人が」


 人なんか探してないけど、面倒なのでここは乗っておく。


「へえ、どんな人?」


「家族」


 ……はぁ。

 まったく当たってないじゃないか。


「僕の家族は僕を捨てたよ」


 おかげで前世の記憶を取り戻したけれど。


「違う、本当の家族だ。それはお主と同じ歳の頃で、ああ……。妹だろう? だろう?」


 ……はぁ!?

 まったく当たってない。だってエイミはもう。


「て、適当なことを言うな!」


 こいつのどこが当たらない占い師なんだ。

 妙に当たっていやがる。

 占い師は滔々と言葉を綴った。


 食い入るように耳を傾ける。


 まさか、エイミが生きているなんてことがあるのか?


「本当だぞよ。だが、お主の探し人は見つからない」


「あ、ああ、そうだ。見つかるわけがない」


 ほっ……、焦った。


 エイミは死んだんだ。

 もうあの時間は戻らないんだ。


 それを求めるなんてことはあってはならない。

 死者への冒涜にほかならないからだ。


「何を安堵しておる。見つからないのは、お主に探す気が無いからだぞ」


 僕は頭が一瞬で熱くなったのを感じた。

 同時にみぞおちが変に冷たくも感じていた。

 気づいた時には拳を振り上げていた。


「お前! なんだ、その占いっ! でたらめ言いやがってッ!」


 バン! と占い師の机を叩いた。

 拳が手首からもげるんじゃないかって痛みがあった。


「エイミは死んだんだ! もう会えないんだ! 千年も前に死んだ人間を探したって見つかるわけ無いだろッ!?」


「ひぃぃんっ、わらわは占いの結果を言っただけだぞよっ」


 びくびくと占い師が震えて、その場に腰を抜かしていた。

 ケープがはだけて、華奢な割に豊かな乳が見え隠れしている。

 占い師は黃橙トパーズ色の瞳に涙を浮かべていた。


「ちょっと、ヨヴィ! 何してるのよ!」


 背後からリゼットの声がした。

 駆けつけた彼女が僕を羽交い締めにして、身動きを取れないようにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る