金策

 市場を歩きながら教会を探したが、見当たらなかった。

 巡礼者は教会に宿泊する。

 これだけ栄えた街だというのに教会というか勇者の話も出てこない。

 市場の端にある岩に座って、僕とリゼットは星空を仰いだ。


「寝泊まりできる場所が無いのは困ったな」


「別にわたしは宿で良いんだけど」


「金はあるのかよ。路銀は少ないんだ」


「さっき迷いなく使ったくせに」


「うっ」


 痛い所を突かれた。

 やれやれとリゼットは肩をすくめ、コートから伸びる白い足を組む。


「貧乏よね、わたしたち」


「貧乏じゃないよ。これは清貧の旅なんだ」


「あっそ。いつもみたいにありがたい話とやらで稼ぎなさいよ」


 これまでは神官として教えを説くなどして路銀を恵まれてきた。

 だが、教会のない街で果たして神の教えなど誰が望もうか。


「無理だよ。たぶんこの街は宗教自体が根付いてない」


 僕は市場を指さす。

 三角の小さなテントがいくつも並んでいて、扇情的な格好をした女たちが踊ったり、歌ったりしている。

 リゼットが腕を組んだ。


「占いがどうしたの?」


「うちの宗教は占いを禁じてるんだ。なのに市場で占い師が幅を利かせてる」


 さっき歩いてみた感じだと、街の至る所に占い師がいるらしい。

 それどころか、占いを目当てにはるばるやってきた旅人もいるほどだ。


「そのようね。一番人気は恋占いだって。やってみたら?」


「あのなぁ、一応、聖職者なんだよ僕」


 宗教は占いに頼らない。

 迷える人々は教会を訪ねる。

 だから神父は神の教えと戒律に基づいて信徒を正しき道へと導くのだ。


「良いじゃない。今は神官でも賢者でもなく、ただのヨヴィになってみたら?」


「ただの、ヨヴィ?」


 リゼットがまたおかしなことを言い出す。


「そう。あんたはわたしを案内する旅人なの」


 僕は勇者エイミの石碑を探す巡礼者で、そのために神官になった。

 また、リゼットを魔王領に案内するという任務もある。

 もしも2つ目の目的だけで旅をしていたら?


「……ただのヨヴィは存在しない」


 たらればを考えている余裕なんか僕にはない。


「僕は勇者エイミの生きた証をすべて知らなきゃならないんだ」


 リゼットが長い溜息を吐いた。

 それから立ち上がって、市場の明かりが最も当たる所でくるりと一回転する。


「さあ、困ってる人はいないかしら? 現代に蘇ったこの勇者リゼット様が解決してあげるわ!」


 目出しの街人たちは誰も振り向かない。

 だが、旅人らしき装いの人はリゼットの戯言に興味を持ったようだった。

 もちろん自称勇者の言葉を本気にする人はだれも居ない。


 それどころか何か野次を飛ばされたらしく、


「ちょっと! ほんとうにわたしが勇者なんだってばー!」


 リゼットは顔を真っ赤にして腕を振り上げていた。

 やれやれ。

 今にも旅人に襲いかかりそうなリゼットの首根っこを僕は押さえた。


「なにがしたいんだ、リゼット」


「なにって、人助けして今日の宿代にするのよ。あんたも手伝いなさい」


 背に腹は代えられない。

 僕らは市場が静まる頃までとにかく金稼ぎに奔走した。

 中でも、占いで良くない結果の出た旅人に声をかけ、懺悔を聞く移動教会はかなりの利益を出した。



 ◆



「やっと集まったな、お金!」


 市場の入り口に戻ってきた僕は麻袋をジャラジャラと鳴らす。

 隣でリゼットが頭を抱えて呻いていた。


「うぇっぷ……、人の愚痴を聞くのがこんなにつらいなんて……」


「だからシスターなんか止めとけって言ったじゃん」


 リゼットは僕に対抗意識を燃やして、自称シスターを名乗って懺悔室を開いたのだ。

 彼女はこの見た目だから、話を聞いて貰いたいおじさん方相手に大盛況。

 いつもの無愛想な態度を隠したぶりっ子がかなり堪えたようだ。


「だってシスターってちょっと可愛くして、話だけ聞いてればラクして稼げる仕事じゃないの?」


「違うよ。全シスターに謝れ」


「うう……、ごめんなさい、世界中のシスターさん……」


 こいつが謝るなんて珍しい。

 本当にメンタルをやられたんだなぁ。


「よし、宿に泊まろう。寝台は譲ってやる」


 僕はリゼットの丸い頭に手をぽんとして立ち上がった。

 稼いだ金は一部屋分だ。

 麻袋を官衣に仕舞って宿がありそうな通りへ行くため市場を進む。

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