7 占う街
涸れ川
黒っぽい砂丘の合間をクリーム色をした細い砂地が蛇行する。涸れ川だ。
かつて水が流れていた痕跡の上に僕は馬を停め、その場に降りた。
カシカシと地面の表皮が割れる。
クリーム色の砂を撫でると、かすかな凹凸が指先に感じ取れた。
「水源は北だ。リゼット、もう少しの辛抱だぞ」
「ん……」
馬上から弱々しい声が聞こえてきた。
心なしか萎れた金髪が揺れたが、頭は分厚いコートに隠れてよく見えない。
そうでもしないと残り少ない体内の水分を失いそうなほどカンカン照りだった。
馬の尻に下げた水筒を睨みつける。
銀の水筒の表面に映ったブルーの瞳が僕に睨み返してきた。
そいつを指で弾いてやると、コーン、とからっぽな音が鳴った。
◆
ざくざく、ざくざく。
馬蹄が一定のリズムを刻んでいた。
項垂れながら僕はその音を頼りに意識を繋ぎ止める。
ざくざく、ざくざく。
リゼットが脱水状態になり、涸れ川を見つけ、すでに半日は歩いた。
いつの間にか日が暮れている。
僕たちは街道を外れ、道を見失い、砂漠を彷徨っていた。
途方もない時間と景色が僕の気力を奪った。
立ち止まれば死が背中から襲ってくる直感に突き動かされ、ただただ馬を進めている。
じゃり、じゃり。
だが、馬の足音が変わったのが契機だった。
砂を踏む心許ない振動が、土を踏む確かな感触に変わった。
間違いない、涸れ川の末にたどり着いたのだ。
「リゼット、水だ!」
僕は起き上がって、後ろを振り向いた。
月明かりで照らされたリゼットはぐったりとして返事がない。
馬を飛び降り、リゼットの小さな手を握る。
「冷たい……。まだ死なないでよ!」
地面に膝をついて、足元の砂を掘り起こす。
さらさらとした砂が次第に手にくっついて、やがて湿った砂になる。
水だ!
砂が吸った水を取り出すのは至難の業。
でも僕には魔術がある。
「我が手に大地の恵みを集めて宿し、
潤素は慈悲深いから、僕が祈る間もなく水筒に水を貯めてくれた。
その水をリゼットに渡し、それから自分も喉を潤し、僕らはかろうじて命をつないだ。
「助かったわ、ヨヴィ。まだ頭痛いけど……」
「僕なんか今痛くなってきたところだ。ところで向こうに街の明かりが見えるのは幻覚かな?」
目をやった先に暖色の光があった。
クリーム色の涸れ川をたどった先にあるようだ。
「わかった。これが俗に言う蜃気楼じゃないかしら」
「蜃気楼って夜にも出るの?」
「……出ないわね」
僕らは二人とも頭がぼーっとしていた。
あまり考えもなしに、馬を歩かせて街へと向かう。
◆
その街はえらく栄えていた。
街の至る所に明かりがあり、水路が張り巡らされている。
水路の脇は土を固めて作った丸いフォルムの家々が並び、どの家も真っ赤で大きな花を入り口に飾っていた。
「こんな砂漠に、こんなに人が居るとはねぇ」
隣を歩くリゼットのつぶやきにうなずく。
行き交う人々は全身を幾何学模様が編まれた鮮やかな布で覆って、目元を出す程度の装いだ。
僕らの横を荷物でいっぱいの
「ん、なんか良い匂いがする。これってもしかして」
「ちょっとヨヴィ、どこいくのよ」
僕は匂いにつられ、なだらかな坂を滑るようにして進む。
屋台が並ぶ市場に出た。
その一軒を覗き込むと大きな鍋の上で色とりどりの木の実が踊っていた。
「ヨヴィ、急にどうしたのよ」
「カレーだよ、カレー! すごく良い匂いだろ?」
首をかしげるリゼットを尻目に僕は小銅貨を店主の前に置いた。
ヒゲの店主は人さし指を出したので、僕は人さし指と中指を出し返す。
店主はちらりとリゼットを一瞥してニッと白い歯を見せた。
ものの数秒で串焼きの木の実が出てきた。
一本をリゼットに渡すと、彼女は喉を鳴らしてすぐさま口に放り込んだ。
「っ!? おいしい……」
スパイスの香ばしさが鼻孔をくすぐり、食べる前から口をうずうずさせる。
びわに似た濃い橙の実をかじる。
一瞬、青臭い風味がしたが、複雑な辛さと苦味の中で、木の実の野生感が旨味に昇華した。
「僕、生きてて良かったなぁ」
あの砂漠で死にかけたから、こんなに美味いのかもしれない。
僕たちは店主に挨拶して屋台を後にした。
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