5 紅茶を淹れながらする話

昔話

 レンガ敷きの街道を行くと、馬蹄がカンカンと乾いた音を鳴らす。

 街道は丘の間を縫うようにして延びていた。

 僕らの両脇にある丘はまばらに芝が生えているだけで、すっかり白っぽい土色が見えている。


「まったく何よこの天気。誰に許可を取って暑くしているのかしらね、ヨヴィ」


 僕をとなりで呼んだリゼットはコートで口まで覆って、下半身は健康的な白い素足を見せるすっ頓狂な格好だ。


「何を言うんだ、リゼット。誰の許可も要らない良い天気じゃないか」


 一方僕は神官の緑のマントを脱いで、涼しい服装。

 黒髪だから頭は熱いし、ブルーの瞳は生前より太陽をまぶしく感じる。

 リゼットが太陽を睨みながら、額をぬぐった。


「暑さで変な太鼓の音まで聞こえてきたわ」


「いや、それは僕も聞こえるな」


 僕らは音のする方へ馬を進めると、日除けの東屋があった。

 東屋は街道で旅する商人や僕みたいな神官が一時的に休むための場所だ。

 壁のない木組みで、上から見ると真四角の屋根が特徴的なそこに、一人のおばあさんがいた。


 おばあさんは片手にでんでん太鼓のような太鼓を持っていた。

 どうやら太鼓の音の招待はこれらしい。

 おばあさんは僕たちに気づくと太鼓を鳴らすのをやめた。


「こんにちは。おや、巡礼の神官さまかい?」


 おばあさんは愛想よく挨拶した。

 僕らは東屋の影に入る。ひんやりとして気持ちが良い。


「はい。大聖堂から巡礼の旅をしています。おばあさんはここで何を?」


 おばあさんはありがたそうに僕へ頭を垂れた。

 羽の付いたオシャレな帽子の羽が揺れる。


 格好もポンチョを羽織って小綺麗な感じだから、まったく職業が分からない。

 現代風に言うなら喫茶店のスタッフさんに近いかもしれない。

 顔をあげるとシワが刻まれた小柄なおばあさんだけど。


「あたしかい? あたしはここで紅茶を売ってるのさ」


「おっと本当に喫茶店みたいなところだったんだ」


 ちょうど良いところに喫茶店があるのも、そういう経営戦略なのだろう。

 実際、リゼットは喉が乾いていたし、僕も少し休憩したいと思っていたところだ。


「紅茶、飲むんで良いんだよね?」


「はい飲みます。リゼットも良いね?」


「もちろんよ」


 リゼットは東屋の木製の椅子に腰掛けた。

 座る時にびくっと背筋を震わせたのは、きっと椅子がひんやりしていたからだろう。

 っと、いけない。太ももをまじまじ見たらまたドヤされる。


「あたしの紅茶はみんな美味い美味いと言って飲むんだ」


「でしょうね」


 こんな荒れ地じゃあ誰だって喉が渇くからそうだろうな。


「それは丁寧に淹れるからだよ」


「……すいません」


 なぜか心を読まれたが、顔に出ていたのだろうか。

 おばあさんは石をカチッカチッと打って、炭に火を付けた。

 天井から長い鎖で吊るしたケトルの尻に炎の先端が来るよう、筒で風を送って火の調節をする。


「ふう。湯を沸かして、冷まして、紅茶に注いで、じっくり蒸らす。時間がかかるのさ、紅茶を淹れるのも」


 たしかに火を起こすのだって一苦労だ。

 火打ち石で火種から作るしかない。


「構いません。急ぐ旅でもないですから」


「いいえ、わたしはあんたほどヒマではないけど」


「でも紅茶は飲みたいんだろ?」


 リゼットは渋々とうなずいた。


「時間を置くのも大事さ。それまでちょっとした昔話でもしてあげようかね。聞きたいかい?」


 おばあさんの言葉はとても説得力があった。

 僕もエイミが居ないと知って一ヶ月も塞ぎ込んだが、あれで少しは自分の気持ちに向き合う余裕ができた。


「はい、ぜひ聞かせてください」


 僕の返事におばあさんは無言で首を縦に振った。

 木炭がコーンと鳴って、おばあさんが穏やかそうな抑揚付けて昔話を語りだす。


「むかし、この丘には豊かな水と美しい緑がありました。旅人たちがかならず立ち寄る丘でした。だから、いつしかそこは街となり、やがて国にとなりました」


 この荒れた丘の話のようだ。今は見る影もない。

 おばあさんは筒を口にあてがって息を吹きかける。

 小さな火花が虫のように舞った。


「しかし、その国にも悲劇が迫っていました。そう、魔王の大軍が攻めてきたのです」


 なるほど、たしかに昔話だ。

 もしかしたら聖典にもない勇者の伝説かもしれない。

 膝に肘を置いて耳を傾けると、おばあさんは声のトーンを下げて続ける。


「魔王軍の魔物たちはまず国の壁を壊しました。でも、国の人達は誰も戦いませんでした」


 同じトーンで話が続く。


「次に築き上げた家や収穫した麦を燃やしました。でも、国の人達は誰も戦いませんでした」


 なぜ戦わないんだ。

 勇者はそこに居なかったのか。


「最後に男を殺し、女と子供を捕まえました。でも、国の人達は誰も戦いませんでした」


 そんな。


「だから国は滅んだのです」


 ちょうどそこでケトルから湯気が出た。

 僕はもう紅茶を飲むという気分にはなれなかった。


「さて、もうすぐ紅茶が淹れるからね」


 おばあさんは普通の口調で僕らに声をかけた。

 あまりの落差に僕は跳ねるように立ち上がってケトルを指差す。


「いやいや! これ紅茶を淹れながらする話じゃないでしょう?」


「それじゃあお話はこれくらいでやめておこうかね」


 申し訳無さそうにするおばあさんを見て、僕はちょっと強く言い過ぎたと反省する。

 というか続きがありそうな言い方だ。


 ……気になる。


 リゼットの方を一瞥すると、彼女は綺麗な白い足を組んで、膝の上で人差し指をトントンと叩いている。

 苛ついた目を僕に向けた。


「なんで戦わなかったのよ」


「知らないよ。僕だって疑問なんだ。おばあさん、ごめんなさい。続きを聞かせてくれませんか?」


 僕は腰掛けて話を聞く態勢を取る。

 おばあさんはほっと胸に手を当てた。

 その手に手袋をしてケトルを焚き火から取り上げ、レンガの上に置く。


「それじゃあ冷ます間に続きを話そうかね」

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